第5話:ゆるゆるの掟
「あーもう! またお尻触られた!」
バトルロイヤルも佳境。蒼は確実に敵対者の数を減らしていた。
だが流石に体力は消耗してしまうため、捕まえられて「攻撃」される事もしばしば起こる。
それが痴漢目的なら可愛いものなのだが、本物の強者からの打撃、魔法も含まれるからシャレにならない。事実、蒼の腹部には結構な数の打撲、火傷が出来ていた。
「ううキツイ。マーガリン、痛いよぉ……」
近くを走り回っている愛犬に弱音を吐くほどに、ダメージは残っていた。
それでも蒼は諦めない。苦しいのが自分だけではないと信じて。
「絶対、私が勝ち抜けるんだ! うおおー!」
生き残りは、ラスト100人を切っていた。
***
『Nブロック、ショウ・デュマペイル選手! 本戦進出です!』
まだまだ続く予選会。1ブロック当たり300人を16ブロック、本戦進出は各一人のみという過酷なサバイバル。
Nブロックを勝ち抜いたその男の名に、勇者と魔女は反応した。
「『無翼乃飛竜』ショウか。あいつも来ていたのか」
「私が魔王討伐に誘った時は来なかったくせにね」
「基本的に一人が好きなんだよ、彼は」
好意的な解釈を見せる勇者ルネサンス。しかし魔女の見解は勇者とは違った。
――恐らく、戦闘データを私達にすら取らせたくないんだ。実際、私もあいつの戦いを見た事はない……。
ショウの戦いを見た者は一人も生還できないという。魔法と腕っぷしが物を言うこの時代にあって、戦いを見られたことが「ある」か「ない」かは天と地ほど差がある。情報戦なのだ。
だからこそ、ショウは見た者全てを消して来た。そのために彼は「伝説の傭兵」と呼ばれている。伝え聞くしかない存在だから。
――そのショウが、トーナメントに出て来た。観客に全てを曝け出さざるを得ない表舞台に……。
つまりショウはそれほど『神の座』が欲しいのだ。恐らくなりふり構わない戦い方をする。下手をしたら観客すら消しにかかるかもしれない。魔女リリィは想像し、身震いした。
『Bブロック、マルクス・マルカーノ選手! 本戦出場!』
『Jブロック、チョー・ヒリュウ選手! 予選通過!』
ほぼ同時にテントから出て来たのは身の丈の2倍ほどありそうな大剣を引き摺る大男と、大槍を担いだ歴戦の勇士だった。
「おう、マルカーノのおっさん! 久しぶりじゃねぇか」
「槍使いか。腕は上げているのだろうな?」
「あったりめぇよ。あんたと当たりたいもんだな」
「ふっ、若僧が。返り討ちじゃ」
共に魔法に頼らない、純粋な戦闘タイプであった。共にフリーの傭兵として活動してきた英雄である。
剣士・マルカーノは大剣で巨木を薙ぎ倒すパフォーマンスで有名であり、魔女リリィ達と並んで優勝候補の一人。チョーは退却戦の囮を一人でやってのける通称「一人殿」として名を馳せている。
『Iブロック、トーマス・フルスロットル選手! 本戦出場決定!』
聞いたことのない名前に、傭兵二人が首を傾げる。その二人の間を、テントから出て来た鉄の塊が通り過ぎていった。鉄の塊には人が入っていた。
「ってちょっと待て待て待て!」
「ええ? なんですかぁ?」
チョーがすかさずツッコミを入れる。トーマスは『鉄の塊』に包まれた体を旋回させて振り向くと、すっとぼけた回答を飛ばす。
「それはなしだろナシ! 全身武器じゃねぇかそれ!」
「しかし武器の持ち込みは一つだけなら有りと聞きましたよ? 実際、反則にはなりませんでしたが?」
鼻で笑って立ち去ろうとするトーマス。だが素早いチョーに回り込んで通せんぼされる。
「両腕と両足! それに胴体! 武器五つもあるじゃねーか! どこが一つだよ!」
「やれやれ……背中を見てくださいよ。これだから学の無い人は」
「背中ぁ……げっ!」
五つのパーツは、背骨部のパーツで一繋がりになっていた。
「いわゆるワンピースという服ですね」
「二度とそのセリフ吐くな!」
「僕はこれ使ってやっとあなたがた怪物と対等なんですよ。ご勘弁を」
そのまま鉄塊ごと走り去ってしまった。係員に呼び止められて反則負けになる前に帰ったのかもしれない。
「色んな奴がおるのぉ。流石は史上最大規模のトーナメントじゃ」
「あれはイロモノの類だろ……」
『Hブロック、アリシア・イーブルス選手、本戦進出!』
『Eブロック、ダヴール・アウエルシュテット選手! 本戦出場!』
その瞬間、二人の背筋が凍った。振り返ると禿げ散らかした大男と、なんと130cmほどの少女が並んでゆっくりと歩いて来るではないか。その光景の珍妙さに体が凍ったのではない。その二人の放つオーラが『今まで感じた誰よりも』異質で、恐ろしく感じたのだ。まるで実際に冷気を発しているかの様に、冷たい。
「今のは……」
「あの儚い少女、一体何者!?」
「いやそれよりもあのハゲの方がヤバくなかったか!? あれ人間か!?」
振り返ると、既に二人は姿を消していた。そして間髪入れずに次のアナウンスが流れた。
「Lブロック、ジャンク・ボブチャンチン選手、本戦進出!」
空に向かって、背中のバックパックから噴射する炎で飛んでいくジャンク選手を、チョーとマルカーノは目で追っていった。
「飛んだな」
「ああ、飛んだな……って待て待て待て!それはなしだろナシ!」
チョーのツッコミを無視して、ジャンクはそのまま帰宅してしまった。