第66話:お前が代わりに死ねばいい
「ふぅ~」
魔人と暗殺者の試合が終わり三十分が経過した。
控室では、神通力の補給を終えたリリィが一息ついている。
「調子は、良さそうね」
「レイムル……来てたんだ?」
一回戦で魔人に敗北した魔剣士・レイムルがリリィに声をかける。
正直とっくに故郷へ帰ったと思っていたリリィは、少しほっとする。そのブヨついた瞼からは、勇者の死にショックを受け、泣き腫らした事は想像に難くないが……。
「あんた一人にしておけないでしょ。仲間なんだから」
「仲間、ね……まあそういう事にしておくわ」
杖を取り、徐に振り抜いたかと思うと、杖術の動きを体になじませる様に型を始めるリリィ。
「なーに照れてんのよ。ずっと一緒に戦って来たから、仲間じゃない」
「照れてなんかない! 集中してんだから話しかけるなバカ!」
その微笑ましいやり取りの最中、一人の女性が控室に飛び込んで来た。
「リリィ・リモンド! 見つけたわよ!」
「あなたは……お、王女様! なぜこんな所に……あっ」
レイムルの目の前を素通りして、彼女――某国の王女はリリィに詰め寄る。
「国を留守になさっていて宜しいので? 政治が混乱致しましょう」
「そんな事はどうでもいいわ。何故、夫を助けなかったの」
「仰る意味が。勇者殿は正当な戦いで……」
「恍けるな魔女め! 助けを求められたのに、見殺しにしたと聞いたわよ!」
「うっ……」
王女こそは、一回戦で消滅した勇者ルネサンスの妻であった。
二年前、魔王討伐が成功した際に晴れて結ばれた二人。今では子供もいる。
だがその幸せは、昨日輝きと共に散った。
「お止め下さい王女様。見殺しにしたのは私も同じで」
「あなたは気絶してたんだからいいのよ! この魔女はピンピンしてたのに黙殺したって言うじゃない!」
「この大会は、助太刀は即失格で……」
「失格がどうしたのよ!? 世界を救った英雄が、目の前に死にかけてるのにあなた達がどうして見捨てるの!? 勇者のために命を捨てるのがお前達の仕事ではないのですか!!」
「……」
リリィはわざとらしく溜め息を吐くと、開き直った口調で喋り始める。
「王女様の仰る通り。私は勇者を見殺しにしましたとも。あいつのために失格になるのは真っ平御免だからね」
「リリィ! 止めなさい!」
「一応止めたんですよ? あんた一人に敵う相手じゃないから、棄権しろってね。それをあのバカは正義ぶって意地張って、それであんな最期を」
控室に乾いた音が鳴り響いた。
叩かれた頬を押さえながら、王女に目線を向けるリリィ。その眼には殺気さえ漂っていた。
「お前が……お前が死ねば良かったんだ! なぜ世界中から忌み嫌われるお前の様な魔女でなく、万民から愛されるルネサンス様が……」
抑えていた蓋が外れたか。大粒の涙を溢し始めた王女は顔を手で覆いながら、魔女に吐き捨てる。
「一生、許さない……! 魔王に殺されればいいんだわ。あなたと魔王ならどちらが勝っても、世界に良い事など一つもないんだから」
「……」
王女は走り去ってしまった。レイムルはリリィを気遣い、声をかける。
「何で、自分から悪者になるのよ。あんたはいつも」
「……本音を言っただけよ。見殺しにしたのは間違いないもの」
「王女様の憎しみを、あなたが引き受ける必要なんて……」
リリィはレイムルの手を払うと、通路へ足を向ける。
「リリィ、待って!」
「ありがとうレイムル。でも、やっぱり私は独りだわ」
結局、一人で通路に向かう魔女の姿は、彼女の人生の象徴の様であった。
レイムルの哀れみの目を置き去りにして。
「あんたにも、夢があるんでしょ……? 独りじゃ、叶えられないわよ」
***
魔王アスカリオは、宙から闘技場へ降りて来た。
その登場にも観衆は驚いたが、度肝を抜かれたのはその悍ましい姿を見た時だった。
「ひぃぃぃ!!」
「左半身が……ない!?」
「ほ、ほとんど骨だけだ……」
魔族は神経が骨の中にも通っているため、筋肉が消失しても問題なく動けてしまう。
人間とは一線を画す怪物なのだ。とりわけ魔王アスカリオに関しては、骨だけになってもその強さは全快時と遜色ない。
魔王は一直線に戦闘神の元へと向かい、跪く。
「ご苦労、アスカリオ。一回戦は楽しませて貰ったぞ」
「醜態をお見せしました」
「醜態を晒すほどの拮抗戦こそ美しいのだ。余はそれをこそ望む」
「それは相手次第でございます」
「ともかく、貴様の命を繋ぎ止めた甲斐があったというモノだ。励め」
「はっ」
魔王は中央に移動すると、禍々しいフォルムの剣を地面に刺し、魔女を待ち構えるのだった。
***
魔女が通路を進むと、壁際に長身の男が突っ立っている。
治療を終えた直後だからか。耳と頬に大量の包帯を巻いているため、人相を認識するのにいつもより時間がかかった。
「ミイラ男の知り合いはいないんだけど?」
「軽口が叩けるんなら、気負いは無さそうですね」
「気負い? 何に対して?」
学は昨晩から、魔女リリィに後悔の念がある事を見抜いていた。
勇者ルネサンスに対する後悔だ。
「控室で何か?」
「私が何者か、思い出させて貰った所よ」
「そうですか。まぁ何にせよ、ここで勝って貰わなければ僕も困りますから。応援しますよ」
「ま、ここで勝たないとあんたから貰った情報がムダになるからね。『元を取らなきゃ』の精神で勝ってくるわよ」
学の前を一歩、通り過ぎたところでリリィが止まる。
「ホー君さぁ」
「何ですか?」
「長い間、ずっと独りだったでしょ。寂しいとか思った事ないの?」
学はしばらく目を瞑って唸った後、言語化する。
「そりゃありますよ。寂しくて泣き出したい時もあれば、逆に独りで良かったと思う時もあります」
「どっちが多いのよ」
「う~ん半々ぐらいかな。よく分かりません。ただ一つだけ、正解と言える事があります」
「それは?」
学は闘技場に目線を向けながら告げる。
「戦う時は、誰であろうと独りです」
「……だね」
リリィはその言葉の中に欲しかったモノを見出したのか。
暗かった声にほんの少し、張りが出て来た。
「やっぱりあんたとは気が合うよ。ホー君」
「はい」
「またね!」
リリィは吹っ切れた表情で、闘技場から通路に飛び込んで来る眩い光へ、飛び込んでいった。
「そう、戦う時は……」
学は遠い記憶へ思いを馳せ、歯を軋ませた。




