第4話:魔王の影
「おっとと!」
振り下ろされたナイフは空を切った。紺はバックステップで距離を取り、土魔法の準備を始める。
「土神様、何度も申し訳ございません。私に神通力を下さい」
だが、今度は魔法が発動しない。
――あれ? 来ないよ、不味いよ?
『魔法の発動条件が揃わない』事に蒼は内心焦った。だが相手の狼狽えている様子をみて、余裕を取り戻す。
「う、嘘だ! 今の斬撃を躱すなんて!」
「すみません、『見えてる』んです」
「な、何が!?」
「え~と、あなたの動きが?」
「嘘を付け! 君は体術が得意なタイプじゃないだろう!」
「え~と、じゃああなたの心が?」
「茶化すな!」
――よし来た!
会話で時間を稼ぎ、『足りなかった発動条件』をその手に掴んだ蒼は、一気に攻勢に出る。
「あっ、上!」
「えっ」
蒼が指さしたものだから、相手は思わず上を見てしまった。その隙を逃さず、蒼は足元の地面を爆ぜさせる。
「ぐっ!」
「もういっちょ!」
題して『地獄の高い高い』。宙に打ち上げられてしまっては、空でも飛べない限り体をコントロールできない。ダメージを蓄積された相手は、三度目の攻撃で気を失った。
「勝つには勝ったけど……やばいよ~。思ったより土魔法の神通力のレスポンスが遅い!」
強敵を倒しても、まだまだバトルロイヤルは続く。蒼は持久戦を覚悟した。
***
一方、テントの外では予選突破のアナウンスが鳴り響いていた。
誰よりも早く本戦進出を決めたのは、意外にも女性であった。
『Aブロック、リリィ・リモンド選手! 本戦進出です!』
「あー肩凝ったわぁ」
観戦に来ていた野次馬がざわつく。全身を覆う黒いローブに青長髪。彼女は誰もが知っているビッグネームである。
「『魔女』リリィ! あいつも参加してたのか!?」
「テントが黒焦げになってる……Aグループの参加者、全員死んだんじゃねーのか……」
「本戦は血の雨が降るぞ……!」
観客席では、25歳のうら若き乙女に向けた言葉とは思えない畏怖を込めた台詞が飛び交っている。鬱陶しがったリリィが拳骨を突き上げて叫ぶ。
「おらおら、見世物じゃないよ! さっさと散りな雑魚ども!」
「ひぃぃ!」
彼女の数々の伝説を聞けば、怯える気持ちも分かろうと言うもの。
曰く、悪魔軍一個師団を一時間で粉砕。
曰く、魔獣狩りギネス記録保持者。
曰く、魔王討伐のMVP。
もはや優勝は彼女以外には考えられない、というのが観客の総意になりかけた。
が、ビッグネームは彼女だけではない。
『Fグループ、ルネサンス・ダイナス選手! 本戦出場決定です!』
「おや、リリィに先を越されたか」
「ちっ、あんたも来てたのかい」
その男の姿を見ただけで大歓声が起こる。魔王討伐物語の主人公、すなわち「勇者」とはこの男。
「勇者、ルネサンスだぁぁぁ!!」
「勇者様~!」
「伝記読みました!握手して下さい!」
リリィに対する畏怖の感情とは対照的な、市民からの憧憬。それがルネサンスの勇者たる資質を物語っていた。
「こんなとこ来なくても、印税で一生暮らせるくせに……」
「優勝はどうでもいいのさ。お前も聞いているだろう。『奴』が復活した事を」
「そりゃ知ってるけど、それがこの大会とどういう……」
その時、リリィは信じられないアナウンスを聞いた。
『Gブロック、アスカリオ選手、本戦進出!』
「アスカリオですって!?」
忘れもしない、二年前に倒した宿敵の名だった。そしてテントから出て来た2mを超える巨躯は、紛れもなく魔王その人であった。
「ほう、久しいな。勇者に魔女よ」
しゃがれながらも雄弁な滑舌。観客はもはや三人に近づく事すらできない。それもそのはず、世界を混沌の闇に陥れた張本人が今ここに立っているのだ。やろうと思えば、今ここで殺戮ショーを始められるのだ……。
「アスカリオぉ! 確かにトドメを刺したはず!」
「戦闘神様のご温情でな。どうにか命を取り留めたのだ……そう邪険にするな。私はここに闘争を愉しみに来ているのだ」
「ぬけぬけと! 貴様はもう一度俺が倒す!」
「勇者ルネサンス……私ももう一度貴様と戦いたいものだ」
魔王は歩みを止めず、そのまま帰路に着く。威風堂々、魔王の復活の凱歌が聴こえる様だった。
「この大会に勝って、アイツが神になりでもしたら……今度こそこの世は終わりね」
ギャラリーに震えを悟られぬ様、ローブを深く被るリリィ。そっと肩に手をやるルネサンス。
「セクハラよ」
「大丈夫だ。俺がやる」
勇者から伝わる武者震いを、魔女は感じ取っていた。