第54話:命だけは……
「痛ッッたい、痛ッッッッたぁぁぁぁい!」
通路を歩く勝者、織原蒼。
死闘を制し準決勝一番乗りを果たした彼女だが、左腕のダメージは結構なものだった。
腕と肩のヒビ。骨折こそしていないものの、それに準じる重症だ。これでは奇声の一つも発したくなるというもの。
麻痺させてくれていた試合の緊張が解けてしまえば、痛覚銀行から取り立てが来る。蒼の痛みとの戦いはここから始まるのだ。
「ちきしょう、この金は渡さないぞ!」
「何をブツブツ言ってるんですか、とうとう頭がイカれたんですか?」
「学ざあああん、腕がいだいよぉぉぉ!」
「はいはい、ナイスファイトでしたよ、っと」
抱き着いて来る蒼をかわす学。その眼には緊張は無かった。
蒼は学の纏っている雰囲気から、神通力を感じ取る。
「準備万端って感じですねぇ」
「まあそうですね」
「せいぜい怪我して来て下さいね。私よりも酷い怪我を。じゃないとフェアじゃないでしょ?」
「無傷で勝ち上がりますから、棄権の用意をしておいて下さい」
「お、カッチョイイこと言いますね」
「事実、そうなりますよ」
捨て台詞を残して学は試合場へ向かう。ウォーミングアップをたっぷりと済ませた体は、いい塩梅に熱を帯びている。
その長身から広がる背中が、小さくなっていくのを見届けた蒼は、ボソリと呟く。
「ごめんね学さん。こっちにも都合があるんだ」
またしても左腕に痛みが奔る。
「痛ッたぁぁい!! 医務室、医務室!」
***
蒼の試合をじっくり観戦したショウは、ゆっくりと伸びをすると、ようやく控室へ戻る素振りを見せた。
「さて、俺もそろそろ行くかな」
「……」
「では魔女、また後ほど」
「待って、ショウ」
リリィが呼び止める。何かを言おうとするが、一旦思い留まり、やっぱり口に出す。
「あたしはさぁ」
「何だ?」
「あんたが勝つと思ってるよ」
「へぇ、今世最強の魔女がお墨付きをくれるとは。心強いな」
「だから、だからさ」
ショウの顔を見上げながら、意を決して頭に浮かんだその言葉を、リリィはストレートにぶつけた。
「命だけは、助けてあげてくれないかな」
「何だと……」
「あんたは、十分強いじゃない。この大会で見ても優勝は、皆あんたか私か、魔王だと思ってる。あんたがさ、見た者全てを殺して来た事は知ってるよ。だけどあの子を」
「駄目だ」
「ッ……」
ハッキリと断られた。リリィの捨て犬の様な瞳を、ショウの鋭い眼光が睨みつける。
「次ヤツに会った時、俺が勝てるとどうして言い切れる」
「あんたは強いよ! 私が認める、あんたはこの世界で」
「俺は弱い!」
周りの観客が耳鳴りを起こすほどの声量で、ショウは叫んだ。リリィの足がすくむ。
「俺は弱いから、今までの相手を全て殺して来た。ここで俺が彼を見逃したら、『俺が見逃さなかった奴ら』に対する言い訳を……お前が考えてくれるのか?」
「ショウ……」
「怒鳴って悪かったな。では、俺は行くよ」
立ち去っていくショウの背中を眺めつづけるリリィ。ふぅ、と息を吐くと脱力感に襲われた。
「ホント何やってんだろ、私……」
***
試合場に正座している法龍院学を、観客のざわめきが包んでいる。
「遂に来たな……ショウの処刑、第二弾か」
「死刑執行ってやつだな。あの兄ちゃんも相当な使い手の様だが、素手だからな……」
「魔法も使えないんじゃ、勝負は決まったな」
聴こえてくる観客の下馬評を意に介さず、学は薄目を空けて会場を密かに見渡す。
俯いているリリィがいる。添え木を充てて貰った蒼もいる。姿は見えないが恐らくクライドも。そして、ひと際目立つ巨人の姿もあった。
――リリィも、ダヴールも、ショウが勝つと思っているな。
今朝リリィはどちらが勝つか分からないと言った。だが昨晩夜通しで会話した学には分かっていた。リリィは、昨日の一試合だけでショウの強さを認めている。
――見てろ。その相手をこの法龍院学が仕留める。
「うおお、来たァ!」
観客が沸き立つ声を聴いて、学は東側を振り返る。伝説の竜騎士、ショウ・デュマペイルのお出ましだ。
「待たせてしまったな」
「いえ。瞑想がしたい気分だったので、丁度良かったくらいですよ」
戦闘神トーレスが、学の右手が僅かに光っている事に気づく。
――何か、仕掛ける気だな……いいだろう、やってみせい!
「俺は、君に勝てれば優勝だと思っているよ」
「それは光栄です」
「いい試合をしよう。ホウリュウイン君」
二人は元の位置へ戻っていく。レフェリーが前屈で構え、開始の秒読みを告げる。
「二回戦第二試合、竜騎士ショウ・デュマペイルVS体術家ホウリュウイン・マナブ! レディィィィ」
学は半身を取る。左手を前拳とし、右腕から先を背後に隠した。
全ては、苦労して積み上げたアドバンテージで、あの竜騎士から先手を取るため……!
「ゴォォォーーッ!」




