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第51話:流し込め!

 蒼が日本で暮らしていた、平和な子供時代。

 両親が蒼に教えてくれた事は、人に優しくするためのコツだった。


「細かく観察するんだ。何を欲しているか、何をされたら嫌か。そこに話を持っていくために、どんな手順を踏めば辿り着けるか」

「難しいよぉ」

「人間はね、頭脳を持っている。一歩一歩考えながら進めば、どんな場所にだって辿り着けるんだよ」

「あきなめなければ!」

「そう、諦めなければね」


 その教育のせいか、蒼は相手が何をしたいか・されたくないかを常に考える様になっていた。


「お父さん、肩たたきしてあげる!」

「お、丁度肩が凝っていたんだよ。ありがとう蒼」

「えへへ」


「お母さん、はいお皿」

「おー、丁度今お皿が必要だったのよ。偉いわ~蒼ちゃん」

「えへへー」


 考えが当たる様になると、もう少し先を読む用になる。そしてそれも悉く的中する。


「蒼ちゃんは何でも分かって凄いねー」

「蒼は、超能力者みたいだな」


 両親のそれは勿論、冗談であり過大表現である。しかし純粋な蒼は、言われるがままに自分を超能力者なのかもしれないと思い始める。

 外れないのだ。考えている近未来を、外した事が無い。最初は、異能では無く偶然だったのかもしれない。しかし愛され続け、自分の思い込みを疑わない子供ならではの無邪気さが、それを異能にしてしまった。


 そして蒼は覚醒した。


「蒼……な、何をやってるんだ!?」

「何って、ワンワンとじゃれてるだけだよ?」

「いや、それは……」


 異様な光景であった。蒼は犬と遊んでいた。だが、犬はその場から一歩も動かずにいる様に見える。

 そうではなかった。動けないのだ。動こうとする先に、必ず蒼が先回りをするため。

 完封であった。蒼の素早さもあるが、人間が動物の動きに先んじるなど有り得ない。

 蒼の家は猫も飼っていたが、一事が万事である。もはや完全に、未来が見えていた。


 その異能が、蒼の日常の数々の危機を回避させ、両親との平和な暮らしをサポートして来た。

 そう、あの時までは……。


 ***


「うわあっ!?」


 蒼は突然しゃがみこむと、地面の土を隆起させトーマスに浴びせ掛ける。

 土魔法第七式の為に溜めた神通力を小出しにして、何度も第壱式を放つ。


「何のダメージにもならんぞ!」


 フルフェイスの隙間から響くトーマスの声に捉われず、蒼はなおも放つ。


「もう防御するまでもない。ただの砂遊びじゃないか、終わりにするぞ!」


 そう言いながら歩き出そうとしたその時。


 ――ジャリッ。


 どこからか、砂と金属が擦れる音が聴こえる。その音の近さから、自分の体内だと気づく。

 肘。膝。足首。手首。関節部分から、砂の紛れる音がする。そして、ある一定以上関節が伸ばせず、ある一定以上関節が曲げられなくなっている。


 ――まさか、関節部を狙って土を!?


「上手くいった様ですねェ」

「お、お前!」

「これでスピードは封じましたよ」


 まずは組立の第一段階をクリアした蒼。

 トーマスはむき出しの関節部に入り込んだ砂や泥を掻き出したいが、いかんせんブラックサンダーは指先の器用さに欠ける。関節部を伸縮させて、少しずつ取り除くしかない。


 その間に蒼は詠唱を始め、連発で消費した魔力を回復させる。

 そしてトーマスに向き直ると、再び第壱式を放つ。しかし今度は明確に角度がある。


「ぶべっ」


 狙いは、フルフェイスヘルメットの口部、鼻部、眼部だ。呼吸および会話への影響を気にして、分かり易く空間を空けているブラックサンダーの設計。その穴を突く。

 即ち、窒息狙いである。


「ぺっ、ぺっ!」

「土の恐ろしさを思い知るがいいです!」


 間髪入れずに第壱式を繰り出す蒼。強力な魔法は一切放っていない。基礎の魔法を工夫して繰り出しているだけだ。

 恐ろしいのはお前の発想だよ、と観客は心の中で突っ込む。


 トーマスは焦った。ヘルメットの底部は胴体との間を仕切っており、砂を流し込めば当然溜まっていく。

 流石に窒息まではいかないとは思うものの、頸動脈が圧迫されるかもしれない。要するに、どうなるか良く分からない攻撃を受けている。そこに恐怖していた。


「くっそ、コマンド0xF0、頭部オープン!」


 選択肢の無くなったトーマスがフルフェイスを解除し、顔面を曝け出す。

 蒼の真の狙いはここにあった。

 視界と呼吸がクリアになったトーマスの目の前に現れたものは、腰を落とし、両手を重ねて『如何にも』な体勢を作っていた蒼だった。


 ――土魔法第拾弐式……。


「うおおおお!? コマンド0x07、クロスガード!」

土轟どごう!」


 マシンガンの様な砂粒の群が、トーマスに襲い掛かった。

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