第48話:変身
容赦なく降り注ぐ空爆に、地面が割れる。
強大な力と力、国家と国家のぶつかり合い。この誰も得をしないはずの戦争が何故起きたか。
国家間の戦争には利益を求めて動く筈の人間の思惑がある。故にどこかにストッパーが有る筈なのに、際の際まで続くこの消耗戦は解せなかった。世界は破壊され尽くし、そして……。
「父ちゃん……母……ちゃん」
毎朝。法龍院学は恐ろしい夢を見る。爆炎と血の赤に染まる夢……。
「……止めて、誰か、助けて……」
呻きながら、必死に近くの物にしがみ付く学。まさに藁にも縋る思いで、夢の中を藻掻く。
「ひゃっ!?」
驚いたのは抱き着かれたリリィである。交代で睡眠をとる筈が、いつの間にか二人一緒に寝てしまっていたのだ。リリィはそっと学の様子を見る。
尋常でない発汗。流れ出る涙。とても今日、竜騎士と殺し合いをする男には見えない。
「母、ちゃん……」
――落ち着け、落ち着け、私!
リリィの心拍数が上る。彼の弱弱しい表情に、母性が刺激されていくのが分かる。泣きながら呻く学の頭を、起こさない様にそっと抱き締める。
「だ、大丈夫……大丈夫だから。ここにいるよ」
ハイテンポで脈打つ自分の鼓動に言い聞かせる様に、そっと囁く。肩を一定のリズムでトン、トンと叩き続けると、学は安心したのか寝入ってしまった。
――何やってんだ、私は。
そのままリリィも、再び眠りに落ちた。
***
二回戦の控室も大分広くなったな、と織原蒼はしみじみと思う。
16人のうち半分が居なくなったのだから、当たり前ではある。だが人数というより、殺気立った雰囲気がなくなっている。昨日は闘志むき出しの者が多かったが、残った面子は内に秘めるタイプ……という事だろう。
この雰囲気が、逆に蒼を緊張させていた。昨日のクライドの一件もあって、静寂が逆に怖い。
「調子はどうだ?」
「あ、ショウさん」
竜騎士は自然体だった。昨日話し込んだ蒼に気さくに話しかける。
「君には有益な情報を貰ったからね。是非勝ち進んで貰いたい」
「勝ち進んだらショウさんと当たりますかね?」
「そうだな。叩き潰してあげるよ」
「うわぁ、物騒」
ショウと話しながら、キョロキョロと辺りを見渡す蒼。竜騎士には、何が気になっているのか大体は想像がつく。
「対戦相手がいないのが気になるか?」
「いえ、それもありますが」
「ではホウリュウイン君かな」
「ええまぁ……」
学はまだ姿を見せていない。念入りにストレッチまでこなしそうな男だけに、蒼は気になっていた。
そして対戦相手のトーマスも、未だに姿を見せない。戦意を衰えさせないために、不戦勝だけは期待しないと心に決めている蒼だが、ここまで遅いと嫌でもその考えがよぎる。
だが竜騎士は、少なくとも学に対しては、何をやっているかは想像がついていた。次の試合のための、準備をしているのだと……。
「オリハラアオイ選手。入場時間です」
「でもまだ相手が……」
「とりあえず、あなただけでもご入場を。後は戦闘神様がご判断されます」
「はぁい……」
蒼は困惑しながら入場通路を歩く。学は遂に現れなかった。
***
「いつまで待たせんだコラー!」
「いい加減にしろ畜生!」
観客も殺気立っていた。昨日から、観客を待たせる選手が多すぎるのが原因だろうか。
トーマス・フルスロットルは二日連続の遅刻である。社会人なら総スカンを喰らう失態だ。
「戦闘神様、そろそろ不戦敗に……」
「たわけ。余の楽しみを奪う気か。ならば貴様が戦え」
「め、滅相も無い!」
大会運営委員が懇願しても、戦闘神は動く様子が無い。そろそろ我慢の限界、となりそうなところで漸く人影が現れた。
「遅いぞトーマス、一体何をやって……い、た!?」
委員の怒鳴りが、驚きに吸い込まれて消えた。その真っ黒な姿。つま先から頭まで、黒のパワードスーツに覆われた、その異形。
「武器検査をパスするのに時間がかかりましてね」
「武器って……」
「この鎧が武器ですよ」
声がこもっていて上手く聞こえない。それもそのはず、顔面がフルフェイスヘルメットに覆われているのだ。しかもヘルメットが胴体部と一体化している。これで一つの武器として検査をパスして来たのだろう。
「へ~、カッコイイじゃないですか」
「ありがとう。君の様な若い女性の支持を得られるのは開発者冥利に尽きるよ」
昨日までのゴテゴテ感はどこへやら。完全に白兵戦様の、この世界の科学の粋とも言えるその鎧は、洗練されたデザインであった。
「マーガリン、伏せ。最悪が起こるまで、そこを動かないでね」
愛犬を闘技場の隅に待機させ、蒼は中央へ進む。トーマスも、金属音を奏でながら歩く。明らかに、昨日までよりスムーズな動きであった。
「二回戦第一試合、オリハラアオイ対トーマス・フルスロットル! レディィィィ……」
遂に激動の二回戦の火蓋が、切って落とされる。
「ゴーーッ!!」




