表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/145

第41話:鳥籠の勇者

 2年半前。討伐軍は魔王軍本拠地の最下層……最終決戦の舞台にいた。

 道を辿れば屍累々。討伐軍の人間兵も、魔王軍の魔族兵も……彼らが人生の最期に放った、痛烈な血の匂いが充満していた。

 残っていたのはたったの三人。レイムル、リリィ、そして勇者ルネサンス。

 そして、彼らの目の前にその男はいた。


「いよいよ王手ね」

「ああ……領内の魔族は全て殺したぞ。あとはお前だけだ、魔王アスカリオ!」


 椅子に腰かけていた3mを超える大男。その強烈な邪気が三人を包み込んだ。


「魔族など、まだ幾らでも産みだせるわ。これは終わりではない、始まりだ。我が覇道のな」

「強がったって無駄よ」

「たった三人か……舐められたものだな」


 マントを外す魔王。隆起した筋肉に包まれた腕を出し、両手を徐に地面に翳す。

 一瞬、地面が浮き上がったのかと錯覚させられたが、浮き上がって来たのは、地面下に詰まっている『闇』であった。


「むおっ!?」


 闇が三人の視界を包み込んだかと思うと、壁に叩きつけられていた。

 何度立ち上がっても、何度立ち向かっても、その闇に抗えない。


「がああっ!」


 レイムルが闇で作られた魔手に首を絞められている。


「レイムルを放せ! 第陸式、光切裁こうせつさい!」


 寸でのところでルネサンスの輝魔法が魔手を切り裂いた。ホッとしたのも束の間、その勇者の横を、暗魔法の圧に当てられたリリィが吹っ飛んでいく。壁に激突し、大魔女と呼ばれた彼女ですら立ち上がる事ができない。


「さ、三人がかりなんだぞ、こっちは!! 何故、傷一つ付けられない!?」

「光の当たらぬ場で生きて来た私を、温室育ちの貴様らと一緒にするな」


 ――格が違う。俺は、敵わないのか……!?


 初めての登山で空気の薄さに畏怖の念を抱く様に。勇者の膝は、未知の恐怖に震えていた。


 ***


 そして現在。勇者は同じ魔王を相手取り、互角の戦いを繰り広げている。自分でも驚くぐらい調子が良かった。良かったのだが……。違和感を覚えずにはいられない試合展開であった。


 ――おかしい。こんなはずはない。


 詠唱を行いながら、勇者は考えていた。

 討伐時代、魔王の恐ろしさはその底知れない魔力にあったのだ。それをたかだか4,5分神通力を消費した程度で、詠唱を始めるかだろうか?


 否、そもそもが魔王の強さはこんなものでは無かったはずなのだ。確かにルネサンスの先制攻撃で片側の視力を奪った。だがそれでも、あの魔王の本領は、自分達討伐軍三人が束になってようやく試合の体を成すはずの、デタラメな強さ……。


 ――あの強力な魔法が、失われている。もしくは、隠しているのか?


 何れにしろ、ルネサンスのやる事は決まっている。この補給した神通力で、あの魔王に輝魔法を浴びせかけるだけだ。

 奇しくも同じタイミングで、魔王も詠唱を終えた。


「ルネサンスよ」

「……」

「驚いたぞ。二年前より数段強くなっている。たった一人で、私とここまで戦えるとは」

「戦える、じゃない。お前は敗けるんだよ。俺の手によって、もう一度」

「分かった。貴様はそれでいい。そうなる事を、望め。そして私を愉しませろ」


 魔王は両手を地面に翳す。


 ――あれは、暗魔法第弐拾式……!! 不味い、あれを発動されたら!


 その構えが、何を意味しているか悟った勇者は、猛ダッシュで距離を詰める。


「なっ、何だぁ!? 闘技場に真っ黒な球体が……」

「勇者ルネサンスが、あの中に閉じ込められた!?」


 しかし、反応がコンマ5秒遅かった。発動したその禍々しい魔法が、地面下の闇を浮き上がらせ、勇者を包み込んだ。その名も……。


闇籠やみかご……!!」

「ほう、よく覚えていたなルネサンス。その通り、『あの時のあれ』である」


 悪寒がルネサンスの背中を走り抜ける。二年前に感じた絶望感を思い出したから。


「斬り抜けて見ろ。今度は一人で」


 闇の中から、真っ黒な拳が顔を出し、ルネサンスに殴りかかる。


「何の……うあっ!?」


 拳をかわしたルネサンスだったが、その真後ろから現れた掌底に吹っ飛ばされる。

 何とか受け身を取ったものの、次は後ろから後頭部への蹴り。気絶ブラックアウトを懸命に堪え、剣で薙ぎ払う。するとお次は真横から、剣状の闇に脇腹を狙われる。ギリギリ、ルネサンスの剣速が上回り闇が引っ込んだ。


「どこから来る……どこから……!」


 予測不能の闇領域の中、勇者は肩で息をしていた。

 まだ絶望はしていない。この魔法にはかなりの神通力を消費しているはず。そこまで耐えきれば、きっと逆転できる。そう信じて疑わない。


「甘いぞルネサンス。そこだ!」


 外から響く魔王の声に、従順な闇が反応する。

 背後の闇から出現した二本の腕。流石のルネサンスも背後からの不意打ちには反応できず、羽交い絞めにされてしまった。


「くそ、放せ!」


 その必死の声も空しく、前方から拳が飛んで来た。単発シングルではない。勇者は闇雲に動くより、打ち終わりまで耐える事を選択。二発ダブル三発トリプル……終わらない!


「がっかりさせるなよ勇者、その程度脱出できずして何が勇者か!」


 球体の外から戦闘神の声が飛ぶ。勇者は、それを戦闘神からの激励と受け取った。

 殴られながらも眼を閉じて、二年間血道を上げて、自らを鍛え直して来た日々を思い返す。たった一人でも、世界を救える様に。

 魔王を倒したあの日に生まれたのは、勝利の喜びではない。独力では歯が立たなかった屈辱であったのだ。


「二年前の……俺じゃない!」


 背後に向けて、光尖を放ち絡んでいた腕を撃ち抜き、拘束から脱出する。

 直後に休まず、残った神通力全てを、愛剣ツヴァイハンダに集中させる。

 そして先程魔王の声がした方向を向き、剣を振りかぶる。


 ――俺一人で、この闇を切裂き、魔王を殺す。やらなければならないのだ!


「輝魔法剣、第壱式……」


 ――裂夜さくや


 振るわれた剣は勇者の手を離れ、一直線に魔王のいる方向へ向かって飛ぶ。

 闇球にぶち当たると、辺りの闇を消滅させながら、勢いを維持して飛んでいく。


「何!?」


 闇でルネサンスから見えないという事は、魔王からも肉眼では見えないという事だった。

 闇から唐突に現れた輝きの剣に、魔王は対応しきれない。


「かっ……はっ……」


 そして勇者の剣は、魔王の額に突き刺さった。

 その光景を見とめた観客は……。


「うおおおおお! ルネサンスゥゥゥ!」

「世界を救ったぁぁ!! 私達の勇者様ー!!」


 沸きに沸いた。消滅した闇から現れた勇者を、祝福する歓声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ