第22話:縦横無残
風魔法。数ある魔法系統のうち、弱い部類に入るとされている自然魔法。しかし使い方次第で、ただの人を人外の……否、悪魔の領域にまで連れて行ってしまう。
ショウ・デュマペイルはその風に乗って、無敗の境地へ攫われた兵士であった。
風はいつも傍にある。風魔法は、その風の強度を調節する魔法である。
強風を起こす。そよ風まで強度を落とす。謂わば扇風機の様な、便利ながら地味な能力。
だが男は十三の時に気づく。「風を調節できる事」が、どれだけ凶悪な能力であるか。
自重以上の揚力。それを発生させる風を、然るべき表面積で、然るべき分量だけ発生させる。
最初はもちろん失敗した。跳躍と落下。幾千幾万、毎日毎夜。数え切れぬ試行錯誤を七年。二十歳の年、遂に地に足が着かなくなった。十秒、三十秒、一分。コツを覚えてからはすぐだった。
彼に殺された兵士達。彼らのダイイングメッセージから、ショウの異名は轟いた。
人間故に翼は無い。しかし彼は、どう見ても天かける龍であったのだろう。
***
飛びあがる。着地点を予測する。予測点を突く。しかしそこに奴はいない。
「空中で軌道を変えられる」という事がどうしても、人間の頭では理解できない。
不毛な攻撃を続ける事3分。気づけば、チョーは肩で息をしていた。
「十分体力は削れた様だな。では、失敬して」
「なっ!?」
ショウはいきなり大幅に距離を空けた。そして唱え始める。
「我らが母たる風の神よ。我が供物と引き換えに、汝の神通力を持って我を鳥へと変え給え」
その姿を見て、チョーは距離を一気に詰める。ここで詠唱を終わらせてしまえば、勝負は決してしまう。殿を乗り越えて来た男の直感がそう言っていた。
「させねぇ!」
チョーは槍を投げた。弾丸ライナーで向かって来た槍を、ショウは飛び上がって避ける。そして空中で、降りて来た神通力をキャッチして見せた。
人間業では無かった。
***
「怪物か……」
学は、一連の流れをその目に焼き付けていた。
彼はショウの浮遊のカラクリを、風魔法によるものだと看破していた。そしてそれがどれだけ難しい物なのかという事も理解し、背筋が凍っていた。
背の低い蒼は学に肩車して貰って、ようやく試合を見ていた。
「学さん、やけにあの人を気にしますね」
「僕が気にしてるんじゃなくて、あの人が僕を気にしてるんですよ」
「相思相愛ですか?」
「蒼さん、いい加減殴りますよ」
そうこうしている内に、学は試合中のショウと目が合ってしまう。
――しまった。見ている所を見られた、か。
今の試合内容を、ショウの力の全てと捉えるのはどうやら不味いらしい。
学はショウの目を見て確信した。あの男は、まだ底を見せていないと。
「学さん」
「何ですか蒼さん。今考え事を……」
「そろそろ降ろしてください。何だか恥ずかしくなって来た」
***
――風魔法第伍式、風船。
学から目を切ったショウは、再び飛び上がる。フワフワとチョーの頭上を舞っている。
「舐めるな!」
何だかんだ言っても、空中に居ると言う事は体幹は不安定なままなのだ。
地に足のついているチョーの方が、力強い突きが打てるはず。
「ヒュッ」
その風を切る音が、チョーの考えと右肩の肉を斬り捨てた。
チョーはうめき声を上げる暇もなく、次の攻撃をまともに喰らう。
「ヒュッ、ヒュッ」
落下による自重の加速度。風によるストップ。そして、大地の硬さを感じる程に、絶妙に調節された風圧を『蹴る事による加速』。
これらの組み合わせにより、ショウの速度はもはや観客の目には留まらないほどになっていた。
「あの、ショウって、今……」
「どこにいるんだ!? 音しか聴こえ……あっ、今居た! ……様な気がする」
動体視力に優れるチョーはギリギリ目で追えてはいる。だが、回避も防御も間に合わない。
肩の次は胸の肉を削がれた。
「ぢぃっ」
平面の敵なら如何に早かろうが捕まえられる。だが、空中の敵は捨て身で掴みに行く事すらままならない。物凄い速さで飛んでいるビニール袋を追いかけている様なものであった。
ビニール袋は、次にチョーの脛を刈った。
「ぎぃぃぃッ」
チョーは遂に呻く。左肩の対角線となる右の脛。確実に戦闘力を削いでいく、残忍な攻撃手順。
正に兵士の戦い方であった。今までショウに消されてきた兵士達も、きっとこの様に削られていったに違いない。
「ショウゥ!」
更に背中を切りつけられる。激しい出血を伴う裂傷が、パックリと現れた。思わず観客も眼を背けるほどだった。
「すげぇ……やりたい放題だ」
血だらけの槍将軍。
ベールを脱いだショウの戦闘力。
それを望んでいたはずの会場が、それを目の当たりにして引いている。
だがチョーは、まだ逆転の手を残していた。
――手がかりはある……音だ!
「ヒュッ」
その音がした瞬間、大まかなショウの位置を特定したチョーは、最後の賭けに出る。
「槍術奥義!」
会場が再び沸いた。ショウの目の前に現れたのは、銀色の衾であった。
チョーの突きの速さと、引きの速さが融合して起こる芸術品。
『一人槍衾』である。
空から突っ込んだショウに対する、これ以上ない迎撃であった。
「来い、竜騎兵!」
勝負はチョーの叫びと共についた。
「何て奴なの……」
「震えるぜ。ショウ、あそこまでのレベルとはな」
魔女リリィと勇者ルネサンス。魔王討伐にショウを誘った二人はその瞬間を見ていた。
高速の槍撃の、突きの頂点。そこから引き始めるタイミングに合わせて、ショウは風を蹴る。
ほんの一瞬だけ発生する槍衾の穴を、槍の引きに合わせて突破したショウは、そのままチョーの後方まで駆け抜けた。
衾をすり抜けた様にしか、観客の目には映らない早業。
そして、チョーの頸動脈から鮮血が噴き出した。
「やられたぜ、完全に……」
「俺に傷を負わせるとは……チョー・ヒリュウ。貴殿もやはり龍であった」
頬に現れた一文字の傷を指でなぞりながら、ショウは控室へと歩いて行く。
そしてチョーは力尽きた。
どちらの伝説にも、偽りは見られなかった……。
「勝者! 竜騎士ショウ・デュマペイル!」




