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第18話:本物の獅子

 どちらの一撃も重く、どちらの動きも速い。

 凄まじい攻防となった。


 ユンケルが獣の爪を振りかざせば、トーマスは鉄壁の腕でガードする。

 トーマスが鉄脚の蹴りを放てば、ユンケルは突進で攻撃を潰す。

 そして両者は手四つの体勢となる。純粋な力比べは……。


「がおおおおお!!」

「ぬぅぅぅぅぅ!!」


 ……互角!


 だが、ユンケルには獣にしかない奥の手があった。


「普通人相手に、これだけはすまいと思っていたが仕方ない。『獣』の真髄、その身で味わうが良い! 鉄の腕、頂くぞ!!」

「げっ、それがあったか!」


 トーマス自慢のマライアン。その右の鉄腕に、獅子の牙が噛みついた。

 その咬筋力は300Kgを超える。普通人にはおよそ想像もつかない、そもそもそれが何を意味するかすらよく分からないレベルの数値だ。


 マライアンの鉄腕は機能性を重視し、最低限の装甲の厚さで実装されている。

 その設計思想が災いしたか、めきめきと音を立ててへしゃげていく。


「やめろぉ僕の作品を噛むな! 放せこの害獣! コマンド0x05、速射砲ジャブ!」


 作品の危機と共に、自らの命の危機も感じたトーマス。なんとかユンケルを引きはがそうと、残った左腕でジャブを連発する。

 だが、ユンケルは右頬を殴られながらも、牙を放さない。


「くそっ、コマンド!」

「甘いわァ!」


 打ち終わりを狙って、今度は左腕に噛みつき、まるで胡瓜でも噛むかのように粉砕した。これでトーマスには武器がない。

 そして最後にユンケルは、トーマスの胴体を狙う。チェックメイトであった。


「うわぁ! お母ちゃーーーん!!」


 トーマスは母に祈り、叫ぶ。


「終わりだ!」

「コマンド0xFF……強制解除パージ!」


 ユンケルの最終奥義は、トーマスの胸に炸裂した……と思われた。しかし牙が捕えたのは、マライオンの右鉄脚であった。機械仕掛けの脚は獣の牙をまともに受け、瞬く間にL字に曲げられた。

 だが、倒すべき人間の体はそこには無い。


 最後のコマンドにより遥か後方へ打ち出されたトーマス。予定より2分早い機能停止であった。

 そしてユンケルと距離が開いている間に、既に切り替えたトーマスは行動を始めていた。


「天にまします我らが父雷神よ、我が供物をお受け取りになられし後は、その比類なき神通力の一端を我にお授けくださいます様……!」


 ユンケルが気づいた時には、詠唱は既に始まっていた。

 牙に挟まった鉄脚ゴミを捨て、ユンケルが最後の突進を行う。間に合えばトーマスは生身。ユンケルの勝ちだ。


「普通人があああああ!!」

「お願い奉ります!」


 一瞬、トーマスは迫りくる死の恐怖からか、時間が止まった様な錯覚を覚えた。

 元々自分の脳をCPUの一分と考えられるほどの頭回転の速さを持った男。そこに集中力が重なり、目の前に下りて来た神通力に、自分の手の内に残っている神通力を加え、そのまま相手に弾き飛ばした。


 ――雷魔法第拾弐式……。


百鬼雷行ひゃっきらいこう!」


 獣の爪が、トーマスの頬を掠り、皮膚を抉る。

 その攻撃を受けたトーマスの眼光は、真っ直ぐユンケルを捉えていた。

 腰に直撃した神通力は頭に向かう電撃と、足に向かう電撃に別れ、ユンケルの体力を奪っていく。

 そして、遂に全身に電流が行き渡った。


「うおおおお!!」


 耐えるユンケル。絶縁されていない人体に流れる電流は、量を間違えると地獄を形成する。

 それでもユンケルはまだ耐える。神通力が切れるまで耐えきれば、ほぼ間違いなく自分が勝つと確信しているから。

 だがトーマスに残されていた神通力の量は、半端ではなかった。


「詠唱で補充した分だけじゃない……まだ、あんなに残していたなんて!」

「ね、ただの機械オタクじゃなかったでしょ?」


 観戦していた魔剣士レイムルが唸る。魔女リリィは予想通りと言ったところの様だが、顔は笑っていない。

 魔術師の神通力は、ただ溜めれば良いという物ではない。許容量キャパシティ持続時間デュレイションに大きく個人差があるのだ。

 トーマスはこの二つのパラメータ……とりわけ持続時間がずば抜けていた。常人なら神通力を人体に留めておくのは2,3分が限度だが、リリィの目算ではトーマスの持続力は……。


「試合前に溜めてから、軽く30分は体内に留めていた筈よ。……強敵ね」

「ぬがああああ!! 我は、普通、人間、にん、げん、にぃぃぃぃ!」


 黒焦げになる寸前まで耐えたユンケル。しかし2分後、遂に雷の拷問に倒れた。


「ふぅぅ……筋肉バカの毛むくじゃらめ! よくも、このトーマス様の傑作を全壊……させや、がって……」


 トーマスも膝をつく。出血による目まいが回って来たのだ。

 無理も無かった。戦闘不能は免れたとはいえ、脇腹と頬を爪で切り裂かれたのだ。

 飽く迄、彼は技術者。体術は並以下のやさ男なのだから。


「勝者! 技術士トーマス・フルスロットル!」


 観客席からの勝利の歓声も、遠のいて行くほどだった。ボロボロの愛機マライアンを見て、ボソリと呟く。


「あんなにボコボコにされて……まだまだって事か。今度は、本物の獅子を倒せるモノを作らなきゃな」

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