第15話:勝利への道
開戦後、二人は物凄い勢いで間合いを詰めた。
二人のリーチで十分顔面を殴れる距離まで詰めた所で、右ストレートを放ちあう。
だが、トーマスの拳は「重くて上がらない」。
「げっ!?」
「遅いぞ餓鬼め!」
ユンケルの右拳に対し、トーマスは体をよじって何とか肩で受ける。直撃を防いだ。
――えっ、俺、今浮いてる!?
にも関わらず、後方へ体がふわりと飛ばされた。
「なんというパワー! 流石は筋肉バカ」
「貴様、あのスピードが実力なら死ぬ事になるぞ。いや、殺すぞ」
挑発的なユンケルの言葉に、トーマスは言い返さない。
観客はユンケルによる一方的な殺戮ショーを期待し始める。
「あのスピードじゃ、獅子の狩りにはついていけないぜ」
「これはもう、勝負あったんじゃないか」
如何に頑丈な金属とはいえ、動きが遅くなるほど重いのでは戦闘には不向きである。
結局は機械オタクが自信作を展示しに来ただけ。観客にはそう見えているらしい。誰もトーマスには期待していなかった。
「ふん、嘲るだけ嘲るがいいさ」
トーマスは辛そうに腕を持ち上げた。
その緩慢な動きを見て、ユンケルはダメ押しの突撃をかまして来る。
――よし、釣れた!
その時、トーマスの体に電流が奔った。
「ぐうむっ!?」
そして1秒も経つと、『仕掛けた筈のユンケルの方が』吹っ飛ばされていた。
何が起こったか、見えていなかった観客達が唸る。
「何だ今の!?」
「攻撃……なのか?」
そうこうしている間に、ユンケルは立ち上がり再び突撃する。
トーマスは先程と全く同じモーションを見せた。
金属製の腕を腹の前まで持ち上げる。そして体中を電流が駆け巡る。その結果、体中の関節が物凄い速さで回転し、拳にスピードが乗る。
「くぅおっ」
またしてもユンケルが吹っ飛んだ。
先程の再現VTRを見ている様だった。
「勝手に吹っ飛んでるんじゃない……あの機械仕掛けの腕で、殴ってるんだ。とてつもない速さで!」
「あんな重い腕で、どうやってあの速さを……!?」
トーマスは観客の反応に思わずニヤつく。それは即ち、自分の『作品』に対する驚嘆の声であるからだ。
「ふっふ、馬鹿には分からねぇだろう。……コマンド0x0A、ボディブローだ」
吹っ飛ばされたユンケルは再度立ち上がる。
だが、今度は動かない。トーマスの動きを見ている。
「獣人が、攻めないぞ」
「突進し続ける限り、今のパンチを喰らうって事か?」
観客のざわつきは止まらない。
攻め手を止めたユンケルに対し、トーマスが喋りかける。
「攻めて来ないのかい、筋肉バカさんよ」
「……」
「おいおい、さっきの威勢はどこに行ったのかな」
挑発的なトーマスに対して、ユンケルは言い返さない。
両者動かず。相手の出方を伺う展開となった。
――ちっ、見かけによらず利口な奴め。もうしばらくは、同じ手が通用すると思ったのに。
――ふむ、あの金属製の腕と足……そういう事か。
30秒が経過した。ユンケルは体を動かさず、口を動かし始めた。
「なるほどな。認めよう。お前の方が俺より速い」
「おっ、認めるのか?」
「こちらから仕掛ける限りは、な」
「はぁ? 何言ってるんだ脳まで筋肉の癖に」
トーマスは罵詈で会話を打ち切ったが、心は冷や汗をかいていた。
それはユンケルの指摘が的を得ていた事を示している。トーマスのこの試合に対する勝利プランは、カウンター狙いに徹する事だったのだ。
「二人とも、打ち合えよ!」
「お見合い見に来たんじゃねーぞ! バチバチやり合えよ!」
「もう二分半も動いてねーぞ!」
観客から経過時間を聴かされたトーマスは焦った。
――もう二分半も経ったのかよ!? ……不味いな。
そう、トーマスは時間制限付きで戦っている。相手は獣だ。身体能力、好戦的な性格からして短期決着は必至だと考え、この試合の『時間切れ』はないとタカをくくっていた。
だがカウンター一辺倒のプランが看破された今、ユンケルは決して自分から攻めないだろう。このプラン通りに事が進めば、―-二回戦以降の相手に対して手の内を隠す事も含めて――勝利への最も確実な道だと考えていたのだが。
――くそっ、プラン変更だ。……こちらから行くしか、ない!
トーマスが金属の脚を動かし、前へ出る。ガション、という音と共に関節が動いた。
その時。
「待っていたぞ、お前から動くのを!」
「し、しまった!」
ユンケルが距離を詰めて来た。先程より数段早い、物凄い速さであった。
トーマスは自分から動いたつもりだったが、ユンケルに動かされただけであったのだ。
会場に、鈍い金属音が鳴り響いた。




