第14話:獣か、オタクか
「き、キツかったぁ」
蒼は愛犬マーガリンにもたれ掛りながら通路を歩く。
勝ちを収めたとはいえ、後半は走りっぱなしの上、左腕には結構なダメージを負った。
掠っただけでこれである。近未来予知がなければ、体中の骨をバキバキに砕かれ、大剣で真っ二つにされていたに違いなかった。それほどまでにマルカーノは強かった。
――けど、明日まで試合はない。体を休めれば、明日も戦えるはず。
そう思った時、通路の逆側から近づいて来る影があった。
「マーガリン、どうしたの?」
『匂い』に反応し、愛犬が唸っている。やがてその獣臭は蒼の鼻にも届いた。
「犬、猫? いや、どれとも違う!」
「見ていたぞ小娘。まるで狩猟の様な戦い方であったな」
「えっ」
その男……獣人ユンケル・ウエハースが蒼に話しかける。
「相手を出血させ、弱るのを待ってから一気に飛びかかる……狼の狩りだ」
「『狩猟』、ね……まぁ、正解ですよ。狡猾と蔑みますか? ライオンさん」
「いや。お前は正しいぞ。だが」
優しく蒼の茶髪を撫でるユンケル。その猛禽類の手の感触に、蒼の背筋は蠢いた。
「本物の獣には、通用せぬよ。二回戦、楽しみにしている」
「……」
蒼は通路に座り込んだ。そこに観戦を終えた学とショウがやって来た。
「あ、学さん」
「お疲れでしたね。見事な勝利でした」
言い方は丁寧だが顔は笑っていなかった。蒼はまだ学に警戒されているらしい。
それでも蒼は両腕を差し出す。
「ん!」
「なんですかそれ」
「起こして下さい。猛獣に襲われて腰が抜けちゃった」
***
「う~ん、やっぱり黒の方がカッコ良かったか」
選手控室。
技術者トーマス・フルスロットルは自作の「武器」を眺めては溜め息を吐いている。
もうウォーミングアップの時間も終わり際だと言うのに、準備体操など行っていない。「武器」のメンテナンスだけである。
「おっと、肝心な事を忘れていた」
手を合わせて跪き、文言を唱え始めた。
「我らが偉大なる雷神様。我が供物をお受け取り下さい。救世の巨人を今一度動かすため、供物の見返りとして神通力をお授けくださります様、お願い奉ります」
トーマスはやたらと「お」が多い詠唱を一分間唱え続け、掌で力を蓄え続けた。一体どれほどの神通力をキャッチしたか、自分でも分からなくなる。
「へぇ」
控室でその様子を眺めていた魔女・リリィと魔剣士レイムルは声を漏らす。
「え、ちょっとリリィあれアリなの!? 試合前に神通力溜めてるじゃん」
「いやアリでしょ。私もやるつもりだったし」
「ええ~?」
「誰もやっちゃいけないとは言ってないハズよ」
神通力は、ある程度の量であれば人体内に留めておく事ができる。レイムルは試合前にそれをやるのは卑怯と思っている様だが、リリィの言う通りルールには抵触していない。
「尤も、『凡人』は試合前に溜めても全く意味ないけどね。あんたもそれぐらい分かってるでしょ」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「つまり、今神通力を溜め込んでるあの機械オタクは……」
リリィは詠唱を終えたトーマスを睨みつける。そして面白くなさそうに台詞を吐き捨てた。
「見た目とは裏腹に、かなりのモンって事よ」
「ようし、補充完了! 行くか。マライアン」
「武器」を身に着けた彼は、身長が30cmは大きく見えた。
***
コロシアムはトンボによる整備が行われている。蒼が土魔法で地面をめちゃくちゃにしてしまったためだ。
ユンケルは既に闘技場に入っており、整地が終わった場所で精神統一している。
が、整地が終わっても相手のトーマスが入って来ない。
「おい、どういう事だレフェリー」
「いや、私に聞かれても……」
レフェリーの首根っこを掴んで問い質すユンケル。
そこへガシャン、ガションという音を立てながら奇妙な物体が入場してきた。
「お、ちょうど始まるところですか」
「違う。貴様を10分は待ったぞ」
「おーやだやだ。10分ぐらいで大騒ぎしちゃってまぁ。これだから脳筋は困る」
暴言に対しユンケルは言い返さず、眼力で殺しにかかる。トーマスは視線を合わさない様に、足元を見て話している。
「はいはい、僕が悪かったですよ。もういいから、始めましょうよ、ね」
「両者、元の方角へ!」
遂に始まる。獣人ユンケル対技術者トーマス。余りにもかけ離れた二人の対決が。
「レディーーー」
――瞬殺してやる、機械馬鹿め!
――翻弄してやる、筋肉バカが!
「ゴーーッ!!」




