第13話:波乱の結末
その後、追うマルカーノに対し、蒼はただただ逃亡を続けた。
一歩近づけば、一歩下がる。走って追えば、走って逃げる。
遠間を4,5分間保ち続けた。
「待て、なぜ逃げる!」
「命が大事だからです!」
蒼びいきだった観客からもブーイングが飛び始める。その様子を見て、溜め息をついたのは見物に来たショウ・デュマペイルだった。法龍院学を横に従えて。
「あー……あれは。もう手遅れじゃないか」
「やっぱりこうなりましたか。最初の一撃があからさまだったから、だろうと思いましたよ」
「ホウリュウイン君、勝機はあると思うか?」
「今すぐ捕まえればなんとか。でも無理でしょう。既に兆候が……」
その時、マルカーノは自身の足がもつれ始めた事に気づく。
体は重く、視界はどこかぼやけている。初めての体験だった。
「う、動かん。思うように、動かん!?」
「やっと、来たね……おじさん、ちょっとタフすぎるよ」
息を切らしながら蒼が喋る。喋る余裕が生まれたのだ。
「な、何をした……何故、急に!? これが、魔法なのか!?」
「いや、これは魔法じゃないんですよ、何というか……」
蒼は前髪を整えながら語る。
「出血のせいです。太ももと、腕と、鼻」
「血だと……? 馬鹿な、この程度で!?」
出血量が多くなる場所を狙って、打撃・斬撃を切り替えながら蒼は攻撃を仕掛けていた。
狙いは三カ所。太ももから膝、手首から腕、そして鼻。太ももが最も難易度が高かったのだが、奇跡的にファーストストライクで出血してくれた。
「いくら出血が多いとはいえ、動けなくなるなど!」
「そう、あなたは『それ』を知らないんですよね。そこに私は賭けたんです」
マルカーノは強い。強いが故に、戦場ではほとんど傷を負っていない、という情報を蒼は伝え聞いていた。
それらの情報を統合し、失血による人体への影響についても、経験が浅いのではないか。そう考えたのだ。
昨晩、蒼は作戦を組み立てた。
なるべく遠距離から出血を伴う攻撃を続ける。これがその一。
逃げ回り、追いかけさせ、出血による被害を拡大させる。これがその二。
不安はその二における蒼自身の体力であるが、朝食を大量に摂っていたお蔭で、何とかマルカーノよりも長時間走り回る事ができた。
そして今。戦闘不能とはいかないまでも、活動に大きく支障をきたす段階まで失血を続けてしまった。
段階は、その三に進む。
「いつハンガーノックになるかヒヤヒヤしたよ本当」
「まだ、終わってはおらぬぞ!」
「ええ、分かってます。決め手は、これからです」
蒼は詠唱を始める。もう隙を見せても問題ない。特大の土魔法を放つために、長い詠唱を行う事ができる。
「偉大なる我らが母、土神様よ。我これ以降も変わらず大地を讃美するべく、供物を捧げ奉りたく。卑しくも我は魔術師であるが故、供物の見返りとして、極大の神通力を望むものなり」
そして数瞬後、両手で輝く神通力を挟み込む。これで準備は整った。
マルカーノは出血を続ける両腕を構え、鉄壁の防御体勢を作る。
逃げられない事は分かっている。蒼の魔法を受けきる気だ。
「行くよ、おじさま!」
「来い占い師、いざ勝負!」
――土魔法第七式……。
「土涛!」
神通力が地を這う。そして現れた土撃が群を成し、まるで波の様にマルカーノへ襲い掛かる。
一撃耐えても終わらない、二陣、三陣と土の衝撃波が続く。
刃の鋭さと、鉄パイプの重さを持った波に飲まれるマルカーノ。しかしガードは解かない。ひたすらに耐える。耐える!
「うおおおおおッ」
「まだまだぁ!」
多くの神通力を得た蒼の魔法は途切れない。だがマルカーノの意志も途切れない。
「むおおおおお!!」
「ま、まだ倒れないの!? 倒れろおお!!」
喰らいながらも、前へ出る。視界はもう薄い。腕も使い物にならない。それでも攻撃のする方へ一歩、一歩。ただただ進む
そして波は静まった。蒼は極大魔法の反動か、動かない左腕を抑えて膝をつく。
しかしマルカーノは立っていた。更に一歩踏み出す。砂利を踏みしめるその音に、蒼は敗北を覚悟した。
「戦闘神……に……ッ」
次の一歩を踏み出した左脚が、九の字に曲がる。
やがて、左肩から落ち始め、遂に地面に倒れた。失血と、ダメージが重なった失神だった。
「勝者! 占い師オリハラ・アオイ!」
蒼は大きく息を吐く。勝負ありであった。
優勝候補の一角、マルクスマルカーノの敗北。大番狂わせである。会場は悲鳴と歓喜に包まれた。
「私の論理が上手くいった。それだけ」
ヘトヘトになりながら、控室に下がっていく。
「おじさま……本当に強かったよ」




