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第11話:巨人と占い師

「いやぁ、マルカーノさんは強ええなぁ」

「ホント、敵味方問わず他の兵士なんてゴミみてぇなもんさ。あの人一人でカタがついちまう」


 戦闘終了後の祝勝会は、いつもマルカーノの話で持ちきりだった。

 首をいくつ取っただの、大将の誰を刺しただの、首実検は基本自己申告であるが、彼の場合は違った。

 証人は、彼に注目している、いや「彼から目が離せない」兵士達だからだ。


「フン、たいした事ではないわ」

「とか言ってマルカーノさん、この世に敵はいないと思ってんでしょー」

「マルカーノさん、傷つけられた所すら見た事ないもんなぁ」

「マルカーノさんだったら、戦闘神にも勝てたりして」


 その言葉を聞くや否や、テーブルの皿が宙に舞った。マルカーノの拳が打ち降ろされたためだ。


「ひ、ひぃ」

「不敬であるぞ。二度とその様な戯言をぬかすな」


 マルカーノは現戦闘神・トーレスを心から敬っていた。


 ――あの方が疲れて、「次」をお求めになられた時……その時こそ、ワシの出番じゃて。


 ***


「うわぁぁ、マルカーノが接近しているっ!」


 観客の悲鳴は、そのまま蒼の心境だった。マルカーノの持ち込んだ武器である「大剣」。蒼はその大きさ、一撃の重さを想像し、それのみに考えが行っていた。

 だがマルカーノはあえてそれを囮に使って、距離を取ろうとする蒼に接近したのだ。

 拳だけで勝負を決める自信が十分にあるからである。何しろ両者の体重差は60キロ近い。まさしく『大人と子供』である。


「貰ったぞ、占い師!」

「ちょっ、タンマ!」


 渾身の右拳、チョッピングライトを蒼はすんでの所で避けた。だが体術が不得手の蒼に「捌き」という発想はない。ただ後ろに下がっただけである。

 後ろに下がるスピードよりも、前に出るスピードの方が早い。今だにマルカーノが断然有利。


「まだまだぁ!」


 右、左、右、左と交互に拳を打ち降ろす。だが驚くべき事に、後ろに退いているだけの蒼がそれらを全て回避しているではないか。


「やるじゃねぇかアオイちゃん!」

「マルカーノ、早く仕留めろよぉ!」


 距離を詰められた時は勝負あった、と思っていた観客達から歓声が上がる。

 そして次の左フックを回避した直後、蒼は攻撃の切れ目を見計らって反撃する。


 ――土魔法第弐式……土剣!


 一度目の詠唱で溜めていた神通力を使って、地面から薄く鋭い土の層を隆起させる。

 足元にいきなり出現した土の刃に、マルカーノは対応しきれなかった。


「うおおっ」


 太ももの着衣を切り裂かれ、出血をするマルカーノ。ダメージは言う程ではないにしろ、流石の猛将も動きを止めた。

 その間に物凄い勢いで後ずさる蒼。一先ず近距離ショートレンジからの脱出成功である。


 ――良かった。全部予知できた。


 蒼は心底ほっとする。距離を詰められた時は気が気でなかったが、異能で何とか窮地を脱する事ができた。

『近未来予知』の異能で。


 ――遠未来予知は全く当たらないけど、近未来予知は9割型当るから次の一手までなら予想できる。いくつか弱点が存在するけど、おじさまが繰り出して来たのが単発シングルの繰り返しだけで助かった~!


 蒼は内心バクバクなのを悟られない様にニヤついてみせる。


「占い師……貴様、実戦慣れしておるな?」

「ええ、まぁ、兵士、みたいに、人を、殺した、事、は、無い、けど」


 脱出したはいいものの、息切れが激しい。無理やり息を吐いて呼吸を整える。


「ふぅ。まぁ『実戦』なら、割と毎日やってますよ?」

「そうか。ならばここからの戦闘、より楽しみだわい」

「ふっふっふ。そんな事より、気づいてますかこの状況?」


 落ち着いた蒼がニヤリと笑う。自分の筋書きにない有利な状況に気づいたためだ。


「ジャーン! これなーんだ!」


 蒼が後ろの壁に向かって左腕を広げる。

 そこにはマルカーノがブン投げた大剣が突き刺さっていた。

 観客から大歓声が沸き起こる。


「うおお、アオイちゃんにマルカーノの武器が舞い込んで来た!」

「これで断然有利じゃん! 武器奪われるとか失態だろマルカーノ!」


 戦場で武器を奪われると言う事はほぼ負けを意味する。主たる攻撃手段を失い、精神的なダメージも負う。

 その事を知っている蒼。勝ち誇った表情を見せている。だが当のマルカーノはまるで表情を崩さない。


「それがどうかしたのか、占い師?」

「ど、どうかしたのかって……武器! 武器ですよあなたの! 私の手中!」

「問題ない。お主にそれは使えない。お主が相手だからそれを投げつけたのだ」

「何を言って! 私がこれを持てばあなたは……うおっ!?」


 大剣を抜いた蒼がよろける。疲れているせいでもない。ふざけているのでもない。「大剣の重さに振り回されている」のだ。


「何っ、これっ、何でっ、とわっ」

「無理をするな。恐らく、貴様の体重よりも重い剣だ」

「ええっ!?」


 蒼の体重44kgより重い、約50㎏の大剣。それを巨体マルカーノは、小枝の様に振り回して戦場を生きて来たのだ。


「今のお主は人間の両足を掴んで振り回しておる様なもの。バランスなど取れやせん」

「あーもう! いらない!」


 蒼は腹いせに、大剣をできるだけ遠くに放りなげた。だが重すぎて大して飛ばない。

 マルカーノは結局、悠々と歩いて大剣の着地点へ向かうのだった。


――大丈夫。武器の件以外は、ここまで想定通り!


 蒼はマルカーノの隙をみて、詠唱を始めるのだった。

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