第0話:それでも出ます!
その大戦争は日本どころか世界を飲み込み、滅ぼした。
子供は、空襲から逃げる途中で躓いた。起き上がって見た最後の光景は、父と母が、爆炎に飲まれるシーン。子供改め孤児に爆風が届く直前、体を光が包み込んだ。
泣く暇すら、与えて貰えなかった。
***
10歳の孤児は荒野で一人目を覚ます。
「お父ちゃん、お母ちゃん……どこぉ」
壊れた筈の世界で何故自分が生きているのか疑問も持たず、自分が異世界に転移してきた事実も認識できず。
孤児はただ、空腹を満たす為にとぼとぼと歩く。
そこは日本では無かった。地球でもなかった。崩れゆく世界から放り出され、全く違う世界に転移していた事を気づくほどの聡明さは、まだ孤児にはない。
「ウウ~……」
唸っている野良犬がいる。無視をして歩く。
「ウウウ~……」
唸っている野良犬がいる。無視をして歩く。食べ物は見つからない。
「ウウウウ~……」
唸っている野良犬がいる。無視をして歩く。歩けば歩くほど腹が減るせいで馬鹿馬鹿しくなり、止まる。
「そっか……君も同じなんだ」
孤児はついて来る野良犬に正対し、大の字になって寝ころぶ。食料が疲れ切るのを待っていた獣に対し、疲れたという事実を分かり易く表現してあげたのだ。
野良犬は孤児の周りをぐるぐると廻り始めた。
「疲れちゃったよ。さあ、お食べよ」
野良犬の描く円が小さくなっていく。
孤児の疲労が擬態でない事を確信した野良犬は、遂に獲物に飛びかかる。
夜風に乗って血飛沫が舞った。
***
「さぁ~我こそはと思う者よ! 優勝すれば神の座は君のもの! GGコロシアムに集え!」
時は流れて。コロシアムは来る神前試合に向けて加熱していた。
数年前、世界を混沌化していた魔王アスカリオが勇者一行に倒され、世界の秩序は少しずつ元に戻ろうとしていた。だが平和とは、力を持て余す武闘者にとっては面白くないものである。
そこで鬱憤を晴らさせるべく、世界では闘技トーナメントが細やかながら開催される事が多くなっていった。
だが今回の大会はスケールが違う。身分関係なし。礼節関係無し。生死関係無し。必要なのは「強さ」のみ……そんな無法の大会開催のお触れ書が、全世界にばら撒かれたのだ。
その名も、異種魔格闘トーナメント『シールド&トライデント』。
開催者は、戦闘の「神」。これはニックネームではなく、本当の神が下界に下りて来た事を指す。
賞品は『神の座』または『願いを一つ叶える』こと。戦闘神が仕切っているからこその褒賞であった。
彼女――織原蒼が愛犬を連れてコロシアムにやって来たのもそのためだった。迷わず一直線に受付まで歩を進める。
「チケットを一枚下さいな」
「観戦チケットだったら、もうとっくに売り切れてんよ嬢ちゃん。だいたいあんたみたいな未成年の生娘には血の気が多すぎるぜぇ……へへへ」
全身を舐めまわす様に見られ、一歩たじろぐ蒼。
「……マーガリン、待て。心象が悪くなっちゃう」
愛犬が今にも受付員に飛びかかろうとしている。それを片手で制している間に蒼は考える。
――やっぱりやめよかな?世界中の猛者が集まるんだよね……どう考えても私じゃ……でも。
意を決して一歩踏み出し、カウンターに両手を叩きつける。
――こういう時には逆に張るッ!
「観戦じゃなくて! 出場チケットを一枚下さいな!」
「し、出場だとぉ!?あんたが!? お父さんとかお兄さんとかじゃなく?」
「私が! この織原蒼が! 立候補致します!」
「ええ~!? でもまず、予選に出てもらわないと」
「ええっ!? 予選って……まさか通過しないと本戦に出れない!?」
「そっからかよお嬢ちゃん……」
「うう……予知不足だったか……」
しかし彼女に選択肢は無かった。この大会の優勝賞品は『神の座』、もしくは『願い事を一つ叶える』というもの。
彼女は数年前、異世界から光に包まれて転移してきてしまった放浪者だった。この大会は、元の世界に還る最後のチャンスなのだ。
「そ、それでも出ましゅ!」
その覚悟は、舌を噛むほどに強かった。