表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

マイコ

 北海道にある小さな町。そこが俺が暮らす町だ。

 面積は狭く、山に囲まれたこの町には観光と呼べるものは一切無く、高齢化社会の影響を強く受け、寂れていく一方の町だが、俺にとっては生まれたときから暮らす、大切な故郷である。

 高校卒業後、札幌に就職したが、最初に勤めた会社がブラック企業と運悪く、それが原因で鬱を発症し、今では実家に引き篭っていた。

 帰ってきて数年は実家から出る事も出来なかったが、今では大分良くなり、裏の畑を耕し野菜を育てようと思えるほどに回復していた。


 長年放置されていた畑は雑草も多く、スコップで掘り起こすとブチブチっと音を立てるほど荒廃していたが、雪も解け、ゴールデンウィーク前の北海道の日差しは、心をとても晴れ晴れしいものにさせてくれた。

 運動など一切していなかったため、少し掘り起こすだけでも汗が滝のように噴出し、すでに腕が重い。

 しかし汗と共に心の中にあった毒素が抜けるようで、その疲労が苦ではない。


 土は固く、スコップを足で踏みつけ差込み、根の悲鳴を無視して掘り返す。

 予定では五メートル四方の真四角に畑を作るつもりだが、まだ半分という所で、ダウンしたボクサーのように跪く。


 遠い昔の人は人力でこれをしていたのかと思うと、スマホやパソコンで暇を潰し、お金さえあれば簡単に食べ物を手に入れられる現代人が、貧弱に思えた。

 俺は社会に適合できなかったが、古き良き生活の中でなら適合できそうだ。

 そんなことを思いながら、目的の範囲を掘り起こした。

 しかしまだこれで終わりではない。今度はホームセンターで買ってきたばかりの、ビカビカの鍬で土を砕き耕す。


 スコップと違い、こちらの作業はかなり体が楽だ。

 自分の足に注意し、鍬の重みを利用して振り下ろす。そして気付く。     

 鍬が土に刺さる瞬間に手の内を締める。振り下ろすときは腰を固定して、上半身の力を伝える。

 なるほど、武士というのは、鍬を振って刀の使い方を覚えたのだろう。毎日これを繰り返していれば、必要な筋肉が付く。俺はいい事を学んだ。


 しかし一度に耕せる範囲は狭く、根の塊を砕くのは骨が折れる。

 結局スコップのときと同じだけ休憩を挟む。


 なんとか一通り鍬で耕し、ペットボトルに入れた故郷の水を飲みながら休憩していると、土の中にはミミズが意外と多くいて、芳しい臭いはしないが、意外と良い土質なのかと思った。


 首筋に感じる汗と、この時期にTシャツ姿になるというのはとても清々しい。

 よし! 最後の一仕事と思い、もう一度塊がないか確認しながら鍬を入れると、なんぼもしないうちに白い球根が出てきた。


 あれだけ細かく鍬を入れていたにも関わらず、その球根は傷一つ無く転がり出てきた。

 ラッキョウ? と思い覗き込んでみると、なんとその球根は、人の赤ん坊が丸まって眠るような形をしていた。

 その姿に、ゲームで聞いたことのある、マインドレイクだと思ったが、そんなわけは無いと思い、記念にインスタグラムにアップしようと手に持つと、球根は体を縮め、寒そうにした。

 しかし俺は〝慌てる〟事無く、これは夢? だと思い、そっと畝に埋め戻してあげた。


 ………………


 いやマインドレイクだ‼


 もう一度掘り起こし、マインドレイクを確認する。

 すると、気持ち良く寝ていたのを起こされたのが気に入らなかったのか、その子は泣くような仕草を見せた。

 しかし声は一切発せず、一生懸命小さな体で不満を訴えている。

 その姿に何か可愛そうに思い、俺は何も見なかった事にして土を被せた。


 

 あれから一週間

 掘り起こした土は少し寝かせると良いと思い、放置していた。

 そして今日、待ちに待った種を植えようと思う!


 ネットで育ちやすい野菜を調べ、ホームセンターで色々な野菜の種を吟味した。

 今までなら絶対に足を止めなかった種の棚を見て、もの凄く興奮した。

 トウモロコシ、かぼちゃ、ニンジン、トマト、ジャガイモまである! 野菜も良いが花もいい!

 値段も五百円を超える高価な物から、二百円を下回る手頃な物があり、俺の小遣いでも十分手が届く。


 まさに宝の山だ! もしこれが育ち畑を彩れば、その光景は絶景だ!

 平日のホームセンターで俺は一人興奮していた。 


 はたから見ればゴールデンウィーク前の平日に、種を見て興奮する若い俺は、相当な変わり者に見えただろう。

 少し前までなら、実家の外をうろつく事さえ恐れていた俺には考えられない行動だが、今は他人の目など痛くも痒くもなかった。

 結局食べられるものが良いと思い、トウモロコシとかぼちゃ、それと向日葵の種を買い、植える事にした。


 畑の土は寝かせたことが正解だったようで柔らかく、太陽の光りを浴びてふっくらしている。

 早速鍬で土を耕し畝を作るが、一本だけ綺麗な緑色をした草が伸びている事に気付いた。

 その場所は、この間見つけたマインドレイクを埋めた場所だ。


 育った!? 何もしてないのに育った!? いやまさか……きっと違う雑草だ!


 そう思いながらも、一応確認のため掘り起こしてみると、案の定マインドレイクが出てきた。


 育っている! 


 体は少し大きくなり、髪の毛のようなものが生え出している!

 頭の先からは、顔を出していた緑色の草のようなものがアホ毛のように伸びていて、気持ち良さそうに眠っている。


 今回は完全に見間違いでも夢でもないことは分かる。これは現実だ!


 つんつんと恐る恐る顔を突くと、嫌がるように顔を顰める。 

 それを見て、余計にどうすればよいのか分からず、元通り埋め戻し、それを忘れるように買ってきた種を植えた。


 最初は胸の奥にモヤモヤした感情があったが、土に触れ、種を植えていくうち、心はどんどん晴れやかになり、種を植え終わる頃には、かなり余った種をどうしようかと考えていて、マインドレイクのことなどすっかり忘れていた。

 トウモロコシとかぼちゃは半分ほど残り、向日葵に関しては一粒も植えるスペースが無い。


 結局少し離れた所に小さな畑を作り、そこに向日葵の種を植え、残った種は来年にでもと取っておく事にした。

 そのお陰で、畝は三列しか作れず、かぼちゃは畝一列に八箇所、トウモロコシは畝二列に十五箇所(一ヵ所はマインドレイク)と、畑としては大分こじんまりしたものになってしまった。

 それでも向日葵は適当だが、全て蒔く事が出来た。

 そして最後に、まだ夜は冷える北海道の気候では寒かろうと、手あたり次第枯れ草を集め、種の周りにかけ寒さ対策を施した。


 ネットで調べると、畝とは子供のゆりかごと同じで、ふかふかの土にしっかりした寒さ対策をして上げなければ駄目だと書いてあり、それを読んで、たしかに種は子供であり、畝はその子のベッドだと思った俺は、人間の子供でも快適に過ごせるよう願いを込め、出来る限りのことを施した。


 ――それから数日、短時間だが毎日畑に顔を出し、雑草を毟り、水分は足りているかなどを気にかけ野菜の世話をした。

 種を植えたばかりの野菜たちは何も語らず、元気に顔を見せてくれることを願うばかりだ。

 そんな中、あの球根も順調に育っているようで、草のようだった葉は茎になる部分のようで、葉別れしながら元気に伸びている。

 あれがなんの植物なのかは分からないが、懸命に生きようとする赤子を殺すようなことは心苦しく、ほかの野菜と一緒に愛情を注ぎ、育てようと思い世話を続けた。



 そんなある日、俺はとんでもない間違いを起こしていると知り、慌てた。

 野菜には色々な栄養素が必要であり、土に肥料などを加えてあげなければ栄養不足になってしまうというのだ。

 ほかにも、一つの畑で数種類の作物を育てる事はよろしくないようで、とくに小さな畑では尚更だ。

 そんなことをすれば野菜同士が栄養の取り合いで喧嘩し、双方にとっても良い結果にならない事態になる。

 そんなことも知らずに、ただ自分のエゴのために野菜を殺してしまうと思い、急いでホームセンターへ行き、何か役に立ちそうな物を探した。


 さすがは全国チェーンのホームセンター。その辺はちゃんと取り揃えていた。

 すでに土に混ぜる肥料は使用できないが、液体タイプの肥料がいくつかあり、値段も安く、葉用と花用の栄養剤など親切この上ない。

 なんて素晴らしいんだ! と興奮したが、ラベルの説明を読み調べていくと、注意事項の欄に、子供の手の届かない場所に保管せよ! の文字を見つけ手が止まった。


 子供に害がある可能性がある……。じゃあ植物にはないのだろうか? そう思うと、買う気が失せた。

 人と植物とはいえ、同じ生き物なのは変わりない。それはおかしいだろう?

 その上一度使えば、一生使い続けなければならない気がした。


 自分の子供に薬を与え続け、成長させる親などいるだろうか?


 考えれば考えるほど、自分の考えは間違ってはいない! そう断言できた。

 もし自分に子供ができ、栄養不足になったからといって、そのとき自分が飲むことを躊躇うような害があるかも知れない栄養ドリンクを、子供に与え補わせるのか?

 否!そんなことは絶対にしない! 


 子供は確かに無力に近い、しかしだからといって過剰な世話はしないだろう。

 子供自体生き抜く強い力を秘めていて、それを命一杯使い成長する。それはあの野菜たちにも同じ事が言えるのではないのか。

 もともと野菜自体が誰からも世話されなくとも自力で芽を出す。そんな逞しい彼らに余計な手助けをし、それが無くては生きていけなくなってしまっては、親としては失格だろう。


 信じよう。彼らの、俺の力など及ばない、生きようとする強い力を。


 そう思い、手ぶらでホームセンターを出た。

 だが、それでも何か出来る事をしなくては、俺としても責任を果たした事にはならない。

 そこで考えた。子供が栄養補給に飲む飲み物は何かと。そして閃く。


 より自然に近く、かつ彼らの成長の邪魔にはならないであろう飲み物。それは牛乳! これならば問題ないはず。そう思い、スーパーに駆け込み、牛乳を求めた。

 人生で初ではないかと思うほどの行動だ! 今までの人生で、スーパーなどに一人で来ることなどなかった。行くならコンビニに決まっていたからだ。


 人生で何度目だろうかというほど久しぶりに入ったスーパーは、色とりどりの野菜の宝庫だった。

 野菜をこれから育てようとする俺には、魅惑の施設だったが、今はそんな物には用はない! 欲しいのは牛乳!

 そんな誘惑を払いのけ、迷いながらもたどり着いた牛乳の棚を見て、驚いた。

 俺の知らない間に世界はさらに進化していたようで、沢山の種類の牛乳がある。

 これだけの種類の牛乳を前に、何が良いかは全くわからず考える。

 

 味か? 栄養素か? それともブランドか? 


 俺自身牛乳は毎日飲む。それでも所詮は素人。植物が好む牛乳など分かるはずもない。

 もうどれが何やら分からなくなってしまい困惑していると、一つの牛乳のキャッチフレーズに目が止まり、即決した。


 ぐんぐん伸びる! 


 まさにあの子たちのための牛乳だ! これなら骨も丈夫になり健康に育つ!

 骨は無いのだが、その言葉に心惹かれ、二本購入した。 

 帰宅すると、早速それを人肌ほどに温め、彼らに与えた。



 それから数日。毎日二回以上は牛乳を与え続けた。


 それが悪かった!


 いや悪くは無いが、彼らはすくすく育ち芽を出し始めたが、あの球根だけには悪かったようだ。 


 牛乳を与え始め、しばらく経ったある日。

 その日は天気が良く、朝から強い日差しに、暑いくらいの陽気だった。

 畑に行くと球根の畝が崩れていて、野良猫にでも掘り起こされたのかと慌てて近づいた。

 するとすっかり髪も伸び、随分可愛らしくなった球根が自分で出てきたようで、まるで風呂にでも浸かるような姿で日光浴を楽しんでいた。


 球根は俺に気付くと、抱上げてくれと言わんばかりに嬉しそうに両手を広げた。

 その姿に、一瞬も躊躇することなくその子に近づき、指を差し出した。

 子供は俺の指を両手で掴むと抱きしめ、噛み付いたり舐めたり、口をパクパクさせながら乳を探す素振りを見せた。

 力はとても非力で、触られている感覚がこそばゆい。

 言葉は発せられるようで、時折小さな声ではあるが、「あまっ、あ~わ~」という声を発し、俺の指を涎で濡らしている。

 人間の歳でいうと一歳ほどだと思うが、白い髪の上にちょこんと草を生やし、そのうちの一本は蔦のように伸び始めている。


 牛乳! 牛乳が悪かったのか!?


 しばらくしてからネットで知ったのだが、牛乳をダイレクトに与えるのは良くないらしい。

 皮膜を張り、酸欠を起こす可能性があり、普通は米のとぎ汁に牛乳を少し加え、水で薄めるらしいが、頭より体が先に動いてしまう俺には、知るには遅すぎた。

 それでも小雨ながら雨の多い日が続いたため、全ての子供たちは無事成長を遂げ、今では芽を出し成長している。


「おい、名前はなんて言うんだ?」


 言葉が分かるとは思えないが、その愛らしい姿に、すっかりこの子がマインドレイクであることを忘れ、語りかけた。


「わ~、わ~ま~」


 口をパクパクさせながら涎を垂らし、まとわの間のような言葉で返事をする。

 人間の子供のように見えるが、それが植物である事は分かっていた。それでもこの子は俺の大切な子である事に変わりはない。

 そう思うと、名前を付けてあげなければ可愛そうだ。

 子供にとって親から初めて貰うものは、名前という愛情だと聞く。

 その気持ちが痛いほど分かった俺は、出来るだけ愛らしく、立派な名前を考えた。


 マインドレイクだから、マイン? ……レイクもなんかカッコイイ。しかしこの子の性別はどっちなんだ?


 性別があるとは思えないが、それを確認しないでドレイクみたいな男っぽい名前を付けては可愛そうだと思い、下半身が見えるまで指で掘った。

 それが嫌だったのか、その子は俺の指を両手で叩き、拒否した。


「こらマイコ。じっとしてなさい!」


 マイコ。何も考えず自然に出てきた言葉だった。

 おそらく神様が与えた名前。そう感じた俺は、この子をマイコと名づけた。

 その名前は本当に神様が授けた名前なのか、女の子のような名前を付けたのが原因かは分からないが、マイコはどんどん女の子のように成長していく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ