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もう少しだけ……

 九月も終わりに近づき、匂いが秋に変わったと分かる頃には、マイコは首から下は動かせなくなっていた。


 声も掠れ、ほとんど出なくなり、それでもなんとか動かせる口で、毎日里香や俺と会話をしようとする。

 その中でも、体力も落ち、眠る時間も増え、すでに自分では潜ることが出来ないマイコに、土を被せるときが一番辛かった。


 これを掛ければもう頭を動かし、起きた事を教えないかもしれない。これを掛ければ、次に俺たちが顔を見ようと掘ったとき、もう話す事が出来ないかもしれない。これを掛ければ……そんなことばかり考えてしまう。


 本来なら笑ってそれを喜ばなければならないのだが、それを分かっていても、これ以上家族を失うのは辛かった。


 マイコから貰った指輪もすでに枯れ落ち、綺麗な肌の色をしていた頃の写真を見ると、声が出そうになるくらい涙が出てくる。


 それでも笑って見送らなければならないと、俺と里香は誓った。



 ――そして遂にそのときが来た。


 マイコが起きたと知らせる頭を小さく揺らす合図を見逃さず、すぐに顔が見えるよう掘り出し声を掛けた。

 しかしすでにマイコは口を開く事すら出来なくなっており、眠そうに目をゆっくり開閉させていた。

「マイコ」と小さく呼びかけると、眠たいのに笑顔で俺たちと目を合わせてくれた。


 そして二回瞬きをし、もう一度目を合わせると静かに目を閉じ、ゆっくり大きく息を吸い、鼻でため息のように吐き、動かなくなった。

 その瞬間。「疲れたから少し寝る」とマイコの声が聞こえた気がした。


 また起きる。少しすればまた起きる。と願ったが、二度と目を開けることは無いと悟った。


 笑顔で見送るはずだったが、家の娘はその余裕さえ親に与えず、いつもの様子で勝手に眠った。


 わがままで、やんちゃで、自分勝手で、優しくて、元気で、お洒落が好きで、可愛くて、小さくて……

 でも必死に生き、俺に全てをくれたマイコは、そうやって勝手に眠った。

 相当疲れていたのか、気持ち良さそうな寝顔をしている。


 俺たちはそれを起こさないようにそっと土を被せ、手を握った。

 手を握らなければ耐えられなかった。



 もう一度だけ、マイコと出会いたい……。もう一度だけ、マイコの声が聞きたい……。もう一度だけ、マイコの笑顔が見たい……


 もう少しだけ、マイコの温もりを感じたい……。もう少しだけ、マイコと暮らしたい……


 もう少しだけ……

 

 ほんのもう少しだけ……



  ――その日の夜、俺は生まれて初めて、夜空が広いと知った……



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