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16/20

 夏の小さな花火大会が終わり、すっかり静けさを取り戻した翌日の早朝。

 いつもとは少し違い、里香は昨日の酒のせいか、まだ寝ていた。


 俺はそんな里香を起こさぬよう家に入り顔を洗い、一日の準備をしていた。すると突然母から、台風が近づいている、と教えられた。

 俺たちは最近スマホを弄っていない。そのため母に教えられるまで、全くそのことを知らなかった。


 今年の台風は一度だけ直撃したが、その時はまだ子供たちも小さく、風は強かったが怪我をするようなものではなかった。だが、今台風が直撃すれば、向日葵とトウモロコシのような背丈の高い子供たちは、大怪我を負いかねない。


 慌ててテレビのチャンネルを回し、嘘であってくれと願いながら台風の状況を調べた。

 すると、今回の台風は日本海側を通り、新潟県を越えた辺りで北海道を目指し進む、と丸い進路図が出ていた。

 台風は風も強く、海水温が高いため温帯低気圧にはならず、そのまま台風として北海道を通過するらしい。

 しかし、北海道の利点とでも言うのか、それは四日後の事の話で、早い段階でそれを知ったことはかなり大きい。

 それだけの猶予があれば、なんとか対策を立て、子供たちを守る準備が出来る!


 母に礼を言い、すぐに畑に戻り、テントで未だにぐっすり眠る里香を叩き起こした。


「里香……里香!」


 俺の呼びかけに、里香はう~んと唸るが、全然起きない。


「おい! ……おい!」


 肩を揺すり名前を呼ぶが、それでも里香は不機嫌そうに唸り、反対を向くだけ。


 たしかにいつも里香は寝起きが悪い。ほとんどは俺より先に目覚め、それに気付き俺が起きるが、たまに俺が先に起床しても、しばらく里香は起き出してこない。

 それに昨日は、あの後上機嫌になった里香は子供たちの前という事も忘れ、俺にやたらベタベタ触るほど酔っぱらっていた。さらに、しばらく一緒の寝袋で寝ようとダダをこね、気付いたときにはいびきをかいて眠る始末。


 そんな里香がなかなか目を覚まさないのは分かるが……というか、起きてはいるが、俺を完全に無視して眠ろうとしている。ビックリする。


 俺がここまでして里香を起こすのは初めてだ。なのに里香は、熟年夫婦のように相手もしてくれない。

 図太いというのかなんと言うのか、普通は非常事態では! と思わないのだろうか。少しイラっとした。

 しかし今は里香の助けが欲しいのは事実だ。そこで、そっちがその気ならと、昨日の仕返しに強引な作戦をとった。


 背中を向ける里香に添い寝し、無理やり右腕を首と枕の隙間に通して腕枕をし、左手で寝袋の上から里香の腹に手を回し、引き寄せるように体を密着させた。

 その行動に里香は驚いたようにビクッとしたが、それでも眠気の方が強いのか、起きない。

 その態度に、これでも駄目かと思い、さらに攻撃を仕掛けた。


 強めに抱きしめ、里香の耳元に顔を近づける。


 こんなに近くで里香の寝顔を見たのは初めてで、キュンとしたが、臭ってくるアルコール臭で冷めた。


 それでもさらに顔を近づけ、耳に息を吹きかけた。


 里香はさすがにそれに驚き、大きく体を動かしたが、それでも寝た振りを続ける。


 さすがにこの態度には頭に来た!


 里香の頭を抑え、狙いをつけて両鼻に指を入れた。

 すると、ここでやっと里香は体を起こし、俺にビンタ一発入れ、起床した。


「あんた! 何がしたいの!」

「何がしたいって、お前を起こしたい以外に何があんだよ!」


 逆に里香は何をされると思っていたのか疑問だ。


「で、なんのようなの変態!」


 アレだけされて寝た振りしていた奴に言われたくないが、これでやっと本題に入れる。


「台風が直撃しそうなんだよ。それで、何か対策しなくちゃなんないんだよ」

「台風? 北海道も台風来るんだ?」


 いつの時代の人なのか、里香は昨今の温暖化の影響を知らないのだろうか。それにしても事の重大さに気付いていない。


「んなことはどうでも良いんだよ! それより、子供達を守る準備しないとマズイんだよ!」


 寝起きのせいなのか、里香はボサボサの頭で欠伸をしていて、頼りない。


「そんなに慌てなくても大丈夫よ。どうせ北海道に来る台風なんて、石川のに比べたらたいした事無いんでしょう?」


 そう言われても、俺は石川県に来る台風の規模を知らない。しかしそれは、北海道に来る台風の規模を知らない里香にも同じ事が言えた。


「お前北海道の台風舐めんなよ! 最近じゃ本州と変わらないクラスだって来るんだぞ!」

「へぇ~」


 へぇ~、って!? 


 俺の起こし方が悪かったのか、それとも寝起きの里香は元々こんな感じなのか……とにかく今の里香では話にならないと、一度顔を洗いに家に入るよう促すと、それを聞き入れた里香は、顔をポリポリ掻きながら家の中に入っていった。

 その間俺は、どうすべきかと畑を睨みながら、Google先生で対策を考えた。


 ――しばらくすると、顔を洗いさっぱりした里香が、コーヒーを持って戻ってきた。


「天気予報見てきたわよ。たしかに何か対策をしなくちゃ駄目みたいね?」


 肝が据わっているというのか、母というのはこういうときどっしりするというのは、今も昔も変わらないようだ。


 渡されたコーヒーを受け取ると、里香はいつものように朝のブレイクタイムを取り始めた。

 俺としてはすぐにでも行動を起こしたいが、そんな里香を見て、焦っては駄目だと落ち着く事にした。


「で、どうする気なの?」


 腰を下ろした里香は、さっきまでとは違い、とても頼もしく見えた。


「杭を打って、ビニールハウスみたいのを作るか、板か何かで畑全体を囲もうと思ってる」


 ネットで調べると、支柱を立て、支えを作るなどもあったが、それはどれもまともな成長を遂げた植物に対しての話で、細っそりしたうちの子達には向かないものばかりだった。

 そこで俺は、風そのものから子供たちを守る作戦を考えていた。しかし里香はその案を否定した。


「それじゃあ駄目よ。杭を打つにしても、あの子達の高さなら全然足りないわよ? それに、もし風に飛ばされたりしたビニールが当ったら、あの子達怪我するわよ?」


 まるで建設現場の作業員のようなリスクアセスメントに、驚いた。

 そういえば里香は元看護士だった。だからそういうリスクを考えるのは常識なのだろう。とても頼りになる。


「じゃあ、支えを作って、それでなんとかするか?」 

「マイコやかぼちゃはそれでなんとかなるかもしれないけど、トウモロコシと向日葵は幹が細いから駄目よ」


 それは俺も同感だ。やはり里香がいてくれて助かる。俺一人ではまともな対策が出来そうに無い。


「そうだよな。やっぱり畝ごとプランターに移して避難させるしかないか?」 

 

 これは出来ればやりたくない。マイコのように、全ての子供たちが自ら出られれば問題ないが、俺たちが掘り起こせば根を傷めかねない。いくら非常事態といえど、子供たちを傷つけるようなことはしたくは無い。


「それは駄目よ! ここまで成長した子供たちにそんなことをしたら、将来に響くわよ! この子達は今が一番大切な時期なんだから!」


 やはり里香は天に選ばれるべくしてここに来たのだろう。植物に対する知識はほとんど無くとも、子供を育てる本能は俺以上に備わっているようだ。


「はぁ~。どうすればいいんだ……参っちまう……」


 農家の人の凄さが身にしみて分かった。今までなら、台風が来てもこんなに悩んだ事は無い。それが植物を育ててみて、初めて台風の恐怖を知る。農家の人は、毎年こんな思いをして野菜を作っていると思うと、敬意すら感じてしまう。


「そんなに考え込まなくても平気よ。この子達は私達の子供よ? 台風如きでやられることなんて無いんだから安心して」


 俺も子供たちも、良い母を持ったものだと感謝した。しかし、何もしないわけにはいかない。


「里香。何か良い案ないか?」


 本来なら父として皆を引っ張らなければならないが、そんな小さなプライドのせいで子供たちに被害が及ぶくらいなら、初めからそんなプライドなど持たなければ良い。そう思い里香に助けを求めた。


「そうね……」


 さすがの里香も、こんな事態の対策などすぐに思いつくはずも無く、考え込む。


「…………そうだ! てるてる坊主を一杯作るってどう?」


 やっと出たと思った策が、まさかのてるてる坊主とは、里香も態度には出さないが、相当追い詰められているようだ。


「…………はぁ~」


 それは無理だとツッコんであげるべきだが、ため息しか出てこない。


 まともな策も思いつかず、二人して肩を落としていると、マイコが目を覚したようで、モゾモゾと頭の蔓を揺らし始めた。


 マイコもなかなか寝起きが悪く、目を覚ましてからしばらくしないと頭を出さない。家の女性陣は血の繋がりは無いが、そういう家系らしい。


「どうする? いっそ農家さんに聞きに行ってみる?」


 里香もお手上げのようだ。だが、その案が一番まともなような気がした。

 しかし農家の人に聞いたとしても、ネットで書かれているような事しか言われないだろう。


「おそらく聞きに行っても、俺たちの畑と本業の人の畑じゃ、聞いても話にならないと思うぞ?」


 里香はやっぱりそうだよねという顔をして、ため息をついた。


「せめて風が無ければなんとかなるのにね……」


 里香がボソッと言った言葉で、ピンと来た。


「それだ! 雨なら屋根張って水を流せばいいだろ? だったら風も同じように考えれば良いんじゃね?」

「どういう事?」


 里香は言葉の意味が分からず、首を傾げた。


「畑全体を囲おうとするから駄目なんだよ。だったら一人一人囲いを作ればいいんだよ?」

「どういう意味?」


 里香はまだピンと来ていないようで、不思議そうな顔で俺を見る。


「だから。例えばトウモロコシがあるとするだろ。そしたら、こうやって四本の支柱を立てて……」


 人差し指でトウモロコシを例え、その周りに四本の杭を打つように指を指した。


「そうか! 後はその周りにビニールでも張ればなんとかなるかもね! でも、台風の風ってかなり強いよ? それで持つかな?」


 やっと理解した里香は頷き賛成したが、きちんとリスクも考えている。だが、俺はそこも考慮済み。


「俺は地元だから、大体の風が来る方向は分かるから、そこに向かって四角じゃなくてダイヤの形に受けるんだよ。そんでもって、周りに貼るビニールにも少し穴開けて、風を逃がせばなんとかなんじゃねぇのかな?」

「う~ん。なんとも言えないけど……」


 里香が渋るのも分かる。俺だって風を受け流すという考え方は間違ってはいないと思うが、それが崩れ、子供たちに被害をもたらす可能性は捨てきれない。里香はそれを恐れているのだろう。


「どうする?」


 それでも何もしないよりは断然いい。そう考え、里香に助言を求めた。


「そうね……それでいこうか? でも、もし嵐の中それが壊れたらすぐに対処できるよう、そのときのことも考えておこう?」

「ああ。そのほうがいい」


 臆病なほど慎重な里香に、普通の人ならビビり過ぎだと思うかも知れない。だが子供を育てるとなると、これくらい慎重になるのは親として当然だ。


「よし! じゃあ、そのときのために、もう一つ支柱を用意して……」


 やっと台風対策の見通しがついたころ、マイコが起床し頭を出した。

 マイコはまだ寝ぼけているのか、何かを探すように頭をキョロキョロさせている。

 これは俺たちがちゃんといるか確認するのと、今自分が向いている方向を確認しているためだ。


 マイコは植物だが、寝相があまり良くなく、眠ったときと起きたときで向いている方向が違うときがある。人間の場合は、よく寝返りを打つ子ほど健康だと聞くが、それは植物にも当てはまるのだろうか?

 今日のマイコも、眠るときはテントを向いておやすみなさいをしたはずだが、今はあっちを向いて頭を出した。


「おはよう」

「おはよう、マイコ」


 俺と里香が声を掛けると、マイコは俺達に気付き振り向いた。その顔はまだ眠たいようで、目が半開きになっており、ゆっくり何度も瞬きをしている。

 まだ眠たいのであれば無理に起きなくても良い気もするが、体質なのか本能なのか、いつもこんな感じでぼーっとし、声も出さず口をパクパクさせおはようと言う。

 それでもここまで起きると、五分ほどで元気に動き出す。

 普段はマイコが元気になる頃には俺たちのコーヒータイムは終了し、子供たちの世話を始める。そして七時前くらいに朝食をとり、一日が始まる。


 今日もいつもと同じように朝食をとり、九時を過ぎた頃に、俺はホームセンターに一人で台風対策の買い物に出かけた。


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