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夏祭り

 八月に入り、太陽はさらに高く、空はより青くなり、白い入道雲が大きく育ち始め、蝉たちも時雨を降らすようになった。

 気温もとうとう三十度を超え、今年の夏は暑くなりそうだった。


 近所でも盆を前に、庭でジンギスカンをする家が出始め、土日になるといい匂いがしてきた。

 そのたびに里香は羨ましそうに、「家でもやろう!」と言ってきて、そんな道具のない俺を困らせていた。

 マイコたちはこの暑さに参る事も無く、どんどん葉を増やし、花を咲かせている。


「ねぇ? そろそろ盆踊りとか祭りとかあるんでしょ? 折角だから皆で見に行かない?」


 マイコに、「近づくな!」と言われ、最近暇を持て余している里香が、まるで家族旅行にでも行こう的に言ってきた。


「行けるわけないべや。全員プランターに移して連れてく気かよ? それにこの間花火大会終わったばかりだべや?」


 先日隣町の花火大会があり、家からはかなり遠くに小さな花火が上がっているのが見えただけで、それを見て、祭りが恋しくなったようだ。

 たしかに花火を見てはしゃぐマイコを、祭りに連れて行きたい! と思ったが、そんな悪い環境にマイコを連れて行くわけにはいかない。


「折角の夏だよ? ジンギスカンもしない、祭りにも行かない、私に浴衣も着せない。お父さんとしてどうなの?」

「お前の浴衣は関係ないべや! お前に着せるくらいならマイコに着せるわ!」


 どうやら家のお母さんは夏が大好きなようで、マイコたち以上に盛り上がっている。


「なぁー!」


 俺たちが騒いだせいで蜂が逃げたようで、マイコは手をばたつかせ怒った。


「悪いマイコ。ほら~、お前もマイコの母親名乗るんなら、子供のこと考えれや~」


 マイコは本当に分かっているのかという顔をして睨み、困った両親だと言わんばかりに口を尖らせ潜った。


「そんなに行きたいなら一人で行けや。自転車なら貸してやっから」

「分かってないな~。私は皆で行きたいの! 家族サービスも大事だよ?」


 それは俺もしたいのは山々だが、家の家庭事情ではそれは無理だ。


「……分かったよ。十五日に近くで花火やっから、そんときにここで見るべ?」


 この町では毎年八月の十五日に、十五分ほどの小規模な花火が上がる。その花火なら家からでも良く見える。ちょっと遠いが。


「結局この間と一緒じゃん! せめてパーぺキューしようよ!」

「ここでか? マイコたちが嫌がるだろ! 家にそんなお金はありません! それにパーペキューって、舐めてんのか!」


 マイコたちは煙を嫌がる。それはもちろん蜂や蝶が近づかなくなるからだ。 


「じゃあせめて、祭りでビールと何か買ってきて食べようよ~」


 俺は酒が飲めない。里香は今まで飲んでいるところを見たことがない。


「酒は駄目だ。マイコたちの前だぞ?」

「それくらい良いじゃん。そこまでお堅いお父さんは嫌われるよ?」


 ……それは少し嫌だ。しかし俺は酒が飲めない。でも里香はしつこい。


「……分かったよ。ただし、俺は飲まないからな。お前は勝手に飲め!」


 里香は少し残念そうな顔をしたが、それでも初めての家族パーティーには賛成だった。


 祭り当日の夜。

 花火が始まる一時間ほど前に風呂を済ませた里香に畑を任せ、俺は一人、車で祭り会場に行き、ビール二杯、ホットドック、焼きそば、分厚いバーべキュー肉、そして何故か出店にあったパンを買い、戻った。

 畑に戻ると、前日に買ってあったサイダーとおにぎりを里香がダンボールのテーブルに用意してあり、すぐにでも始められる準備をしていた。


 日はすっかり落ち、夜空には月と星が輝き、灯りがなくても十分に見え、夜虫の鳴き声が音楽を必要としない良い雰囲気だった。


「カンパーイ!」


 サイダーを注いだ俺の紙カップに、里香はビールが入った大きなカップをぶつける。

 正直このノリは嫌いだ。折角の情緒溢れる風情が台無しになる。

 里香はそんなことなど気にも止めずビールを飲み、ぷふ~と息を吐く。ただのおっさんだ。


 俺は早速ホットドックに齧り付く里香を尻目に、子供たちに桃汁牛乳を与える。

 最近では牛乳の量を減らし、僅かに白く濁る程度の割合がマイコのお気に入りらしく、ペットボトルの蓋に注いだ桃汁を渡すと、マイコは髪にそれを塗り始め、里香の真似なのか、「ぷは~」と口を開け満足そうに笑った。


 母親というのはこういう場では動きが鈍くなるのか、里香は座ったまま動かず、俺に「早く横に座れ!」と言ってくる。

 すでに絡まれそうな雰囲気で、母は俺たちに気を使い参加せず、これからあれの相手をしないといけないと思うと、ため息が零れた。


「ねぇねぇ。花火はいつ上がるの?」


 御指名通り横に座ると、いつもより積極的な里香は肩をグイグイ押し付け、シャンプーのいい匂いを漂わせながら顔を近づけ訊く。


「は、八時半過ぎだよ!」


 いつもよりガードの甘い里香の胸元から白っぽいブラが見え、目を逸らした。


「ねぇ。あそこらへんに上がるんでしょ? どれくらい見えんの?」

「小さいけどちゃんと見えっから安心しろ」


 指を差し、花火が上がる位置を確認する里香だが、今日に限って緑のノースリーブを着て、腕を上げると脇の下が見え、ドキドキした。もしマイコたちが近くにいなければ、腰に手を回したくなる!


 そんな心中を察したのか、マイコはニヤニヤしながら体を左右に揺すり、俺を見る。


 やめてくれ! お父さんのだらしない姿は見ないで欲しい! 


「優樹って、土の匂いがするね?」


 里香は肩に顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。

 俺は空かさず体を反らし離れた。


「なんで逃げるの?」

「なんでじゃないだろ! お前もう酔っ払ってんのか!」


 酒の臭いはまだしないが、誘惑するような行動に、こいつは酒に弱いのかと思った。


「まさか~。このくらいで酔うわけないでしょ。それより今日ぐらい仲良くしようよ~」


 こいつの言う仲良くはそういう意味なのかと思ったが、決して嫌なわけではない。が、時と場所というものがある。


「気持ち悪いな。マイコも見てんだぞ、他所でやれや!」


 マイコを見ると慌てたように目を逸らし、モジモジ口を動かしている。興味があるようだ。


「他所なら良いんだ?」


 里香は嬉しそうに肩を押し付け、クイッと押した。


「うるさい奴だな。酒くらい静かに飲め! ……?」


 そのとき、町道から誰かが近づいてくる足音が聞こえ、マイコがサッと頭まで潜り身を隠した。


「里香。ちょっとトイレに行ってくる。マイコを見ててくれ」

「えっ? ……分かった」


 里香がその異変に気付くより早く言い、トイレにいくフリをして鍬を持ち、友達のメキシコかどこかのお土産のハワイアンな仮面を被り、道路に出た。

 マイコがあれだけ慌てて隠れるのは、あいつらしかいない!


 俺はあえて街灯の下に立ち、男達に叫んだ。


「また来たのかお前ら! この野菜泥棒め!」


 二人の男と一人の女性は俺の姿を確認すると怯み、距離を取るように後ずさりしたあと走って逃げ出した。


「こぉるぁあああぁぁぁ!」


 鍬を振り上げ、奇声を上げ、ドタドタと足音を立て追いかけた。


 男たちは意外と足が遅いのか、それとも畑仕事で鍛えた俺の足が速かったのかは分からないが、すぐにでも追いつきそうになり、それを上手く調整し、さらに追いかけた。


 およそ百メートル追いかけると追うのをやめ、逃げる後姿を見送った。


 すると、先ほどの自分の奇声とその姿に笑いが込み上げてきた。


「ハハハ、アハハハ! 馬鹿だ、俺馬鹿だ!」


 久しぶりに腹を抱えて笑い、近所の目も気にせずそのまま畑に戻った。

 畑に戻っても笑いは止まらず、心配そうに声を掛ける里香にこの面白さを伝えようとするが、それを思い出すたび膝から崩れ落ちるほど笑いが込み上げ、腹筋が痛くなるほど笑った。


「ばっ、馬鹿だ俺! ハハハハハ! み、見てこのマスク、ちょっ、超ウケる! クカハハハハ!」 

       

 里香は俺の頭がおかしくなったのではないかと心配そうに見ていたが、マイコが腹を抱えて笑う俺の姿が嬉しいのか、体をピョンピョンさせ、「わぁー! わぁー!」と、キャッキャと楽しそうにはしゃぎ、それを見ていた里香も思い出したように笑い始めた。


 近所の住人は、また頭がおかしくなったのか? と見ていたが、花火を忘れて楽しむ俺たちには、幸せな時間だった。



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