写真
黒服の男たちが去り、ほんの僅かすると里香が帰ってきた。
里香には先ほどの事は黙っているつもりだったが、顔を見た瞬間、心細さから全てを話すことにした。
「そう……でも、なんともなくて良かった。今度からは私も気を付けるから、優樹も気を付けてよ。下手したらマイコ、攫われたかもしれないんだから」
里香もホッとしたのか、怒鳴ることなく注意されただけで終わり、気が休まった。
「でもそいつら許せない! 誰だか分かる?」
報復でもする気なのだろうか、里香は眉間にしわを寄せ、怖い顔で訊く。
「多分前に来た、○○大学の奴らだよ。あいつらだけ里香が注意しただけで諦めたべ? 最初から俺と話する気なんてなかったんだよ」
「どうする? 警察に連絡する?」
「あぁ。でも、知り合いの警察に個人的に連絡するわ」
母の知り合いの、月形さんという近所の派出所に勤務する警察官に頼む事にした。
月形さんは始めてマイコが叫んだとき、俺に声を掛けた警察官で、あれ以来それなりに親しくなっていた。ただもう一人居る、栗沢さんという、少し年上の警察官は苦手だった。
早速個人電話に掛け、月形さんに連絡を取った。
「もしもし? 月形さんですか?」
「あぁ、優樹君かい? どうしたんだい?」
月形さんは見た目と違い、とても優しい性格をしている。
俺は最初、どうせ変人だと思っているのだろう。と、声を掛けてくる月形さんを疑っていた。しかし、毎回俺の姿を見る度、「お、今日はカボチャが元気そうだね?」とか、「向日葵が優樹君の事を見てるよ?」と、俺以上に子供たちを気にかけてくれることに、本当は良い人だと気付かされた。
それはマイコも同じで、今では音で月形さんだと分かると、嬉しそうに俺に教えてくれる。
「今さっき家の畑に勝手に入って来て、野菜を盗ろうとした男が居るんです」
「なんとも無かったのかい? 怪我とか、脅されたとか?」
「はい。俺が畑に行ったときにはもう逃げるところで、黒いスーツ姿で、黒いヴェルファイアで逃げました」
月形さんは話の内容をメモに取っているのか、うんうんと返事をする。
「じゃあ、一応被害届けは出すかい?」
本来なら捜査してもらい、とっ捕まえたいところだが、下手に騒ぎを大きくすればマイコの存在を知られてしまう可能性がある。
「…………いえ。とくに被害も無かったし、被害届けは出しません。ただ……もしまた来たら怖いんで、またパトロールをお願いしてもいいですか?」
○○大学の奴らと言おうと思ったが、確たる証拠も無いため、それは言わなかった。
「分かった。今日から一日三回は優樹君家の周りを見回る。だからまた何かあったらすぐ連絡寄こして?」
「分かりました。ありがとう御座います」
「じゃあ、そのときにでも声を掛けるよ」
「お願いします……」
それを聞くと、月形さんは電話を切った。
事件以降しばらくはパトロールを続けてくれていたが、騒ぎも治まると、その回数は徐々に減っていった。
「で、どうするの? あいつらまた来んじゃないの?」
電話を切った俺に、里香が訊く。
「どうするって、マイコたちから目、離さないようにするしかないべや?」
それを聞くと、里香は考えるように空を見上げ、言った。
「私が捕まえに行こうか?」
「はぁ!? そんなの駄目に決まってるべや! 何言ってんだ!」
気持ちは分かるが、そんなことをしてもなんにもならない。証拠も無しにそんなことをすれば、逆にこっちが捕まる。
「でも……もしマイコが攫われたらどうすんの?」
「それは絶対にさせない! 次に奴ら見つけたら、すぐに警察に電話してやるでや!」
「それじゃ駄目よ! 見つけ次第ボコボコにしないと気が済まないわ!」
その気持ちも分かるが、マイコたちの前で暴力的な事はしたくない。っていうか、里香はアグレッシブ過ぎない?
「それは駄目……一旦落ち着こう」
マイコは俺たちの感情に気付いたのか、コソッと隠れるように目元まで潜った。
「……ゴメン。私も熱くなりすぎた……」
里香もそれに気付き、軽くため息をしてテントの中に腰掛けた。
――策の無いまま、しばらく自分の不甲斐無さに落ち込んでいると、突然マイコが俺達を呼び、両手を広げた。
何を伝えたいのか分からなかった俺はマイコに近づき、「どうした?」と頬をつまもうとした。すると、マイコは親指と人差し指の間に体を入れ、抱きしめ、慰めているつもりなのか、良い子良い子と撫でた。
子供はやっぱり凄い! 俺も里香も、一度もそんな事を教えたことは無い。それなのに、マイコは抱擁という形で俺を慰めた!
優しく子供をあやすように俺の手を抱きしめ、甲をポンポンと叩く。その慈愛にあふれた行動に、心がとても穏やかになった。
少しの間だったが、マイコのお陰で元気が戻った俺は、「ありがとう」とそのまま親指でマイコの頬を撫でた。すると、やめろ! と親指を下ろされた。なんで!?
さらに、それを見ていた里香が、「私も!」と駆け寄り、押されるようにマイコから離されてしまった。
普通ならそんな俺を心配するのが娘だと思うのだが、マイコはそんな事などお構いなしに、里香の手にも同じように抱きつき、慰めている。
そのあり得ない状況に、子供より女性が凄いのか!? と思ってしまった。
折角の娘の抱擁にも関わらず、余計傷心したような気もしたが、それでも気持ちは落ち着き、切り替える事が出来た。
「よし! 気を取り直してやるか!」
クヨクヨしていてもしょうがない。今は出来無い事より出来る事をしなければならない。
「そうね! よし! やるか!」
里香も十分マイコから力を注いで貰ったようで、いつもの明るい表情に戻った。
すると里香はテントへ行き、インスタントカメラを持って出てきた。
「ねぇ? 写真撮らない?」
一瞬駄目だと思ったが、里香がマイコの存在を言いふらすわけも無く、そう言えばマイコの写真を持っていない事にも気付いた。
「えっ。あ、良いぞ! ……でも、マイコ怖がらないか? スマホでも嫌がるのに?」
音楽を聞かせてからマイコは、スマホは嫌な音を出す物だと覚えたらしく、見せるだけで捨てろと騒ぐ。
「フラッシュには驚くと思うけど、一枚くらいなら大丈夫だと思う……」
一枚くらい? 折角だから色々なマイコの写真が欲しかったのだが、里香が今まで写真を撮る素振りも見せなかったのは、やはりマイコのことを大切に思ってくれているのだと気付き、なぜ里香が俺たちの元に現れたのか、分かった気がした。
「やっぱやめとくね。ゴメンね、変な事言って」
「いやいやいや、撮ろうぜ! 折角だから撮るべや!」
俺は里香より親に向かないのかもしれない。今はマイコの写真が欲しくて堪らない!
「じゃあ、一枚ずつ皆で撮ろうか!」
本当に里香は優しい。俺としたことが、三人だけで撮ろうとしていたとは情けない! ここは当然家族全員を撮らなければならない! 猛省だ!
しかしそうなるとなかなかアングルが決まらない。そこで五回に別け、家族写真を撮る事になった。
一枚目はマイコ、トウモロコシ、俺。二枚目は、俺、かぼちゃ。三枚目は俺、向日葵。四枚目は母に頼み、出来るだけ皆が写るように、真ん中に俺、マイコ、里香がしゃがんだ写真を撮った。
マイコもさすがは女の子なのか、フラッシュにも驚かず、里香がポーズを決めろと指示すると、写真が分かるのか、ピースっぽく両手の三本指を立てた。
しかし上手く出来ず、ハンドパワーのような手の形になっていて、それはそれで可愛らしかった。
ちなみに最後の五回目は、余計に増えた母、里香、マイコの三人の写真だ。
現像は後日頼む事になった。この写真は誰かが見ても人形を抱えたものにしか見えないだろう。それよりも、俺は早く写真が見たくてしょうがないし、本当はもっと欲しい! マイコがトウモロコシとおままごとをする写真や、向日葵の花びらを手入れする写真。かぼちゃの花と自分の花を比べ合う姿など、切りが無いほど欲しいが、それは駄目だ。何より、マイコばかり贔屓する俺は駄目だ! 兄弟みな平等に愛情を注がなければ、親として失格だ!
それにしても里香は本当に良い提案をしてくれた。俺一人だったらその考えには至ら無かっただろう。
他人に撮るなと言っているうち、いつの間にか写真が駄目だと思い込んでいた。普通の親なら、当然子供の成長記録は付けるものなのに……そういえば、里香は零の写真を持っていないのだろうか?
「里香、零の写真って、持ってないのか?」
里香はチラリと俺を見て、少し躊躇ったように言った。
「……あるけど……一枚だけ……ね?」
理由は分からないが、その話には触れないで欲しいような態度を見せた。
「嫌じゃなきゃ見してもらっていい?」
「……うん」
里香はテントに戻り、バックから大切に写真手帳に入れられている零の写真を見せてくれた。
外の畑で撮ったような写真には、長い三本の蔓を伸ばす零の姿が写っていた。
手には枝を持ち、呼びかけに顔を上げたときに撮ったのか、半身浴をしているような格好で、上半身だけ土から体を出している。胸元まである白い髪は長く、肌はマイコより少しジャガイモに近い健康的な色をしており、今のマイコと同じくらいの年齢に見えた。
結構なイケメンで、可愛らしい顔をしている。
写真は一枚だけしかなく、里香は寂しそうな顔をして写真を見ないようにしている。
「マイコにも見していい?」
「うん」
里香は零を思い出すのが辛いのか、元気が無い。
マイコに零を見せると、マイコは指を差し、これは誰だと聞いてきた。
「これ? レイって言うんだ。マイコと同じ…………友達……」
同じなんなのか。……人? 植物? それとも……。これだけマイコを娘のように想っていても、俺は所詮植物と思っているのかもしれない。それが悲しくなった。
そんな俺とは違い、マイコは零を気に入ったのか、驚いたように口を開け、珍しそうにペタペタ写真を触っている。
そして両手で手招きをして、里香を呼んだ。
「どうしたのマイコ?」
里香が近づくと、マイコは両手を広げ、手を出せ! と言ってきた。
一体何がしたいのか分からず、俺と里香は目を合わせ首を傾げた。
そんな僅かな時間でもマイコは、「早く! 早く!」と声を出し催促する。
理由が分からない里香は、マイコが伸ばす両手に指を近づけた。すると、マイコはそれを掴み、零の写真を触らせ、この人! という感じで里香の顔を指差した。
似ているという意味なのか、それとも別の意味があるのかは分からないが、里香は頷き涙を零した。
「マイコ。もう写真は仕舞うぞ。いいな?」
これ以上里香が悲しむのを見ているのが辛くなった俺は、写真を里香に返した。




