祖母から母へ
「……材料と道具は、こんなものでいいだろう」
「だ、大丈夫ですか? わたくし共もお手伝いいたしますが……」
「君達は下がっていなさい。これは、私と大根との闘いだ」
アタシが家へ帰るなり、なんだか嫌な予感がした。どうやら、妻の公唯がまたなにかやろうとしているようだ。お手伝いさんが止めに入っている。そこに居合わせていた娘の麻子に至っては、その様子に冷ややかな視線を送っていた。まだ五歳だというのに、この子はどこまで悟るつもりなのだろうか。父として、不安が募るばかりだ。
「……オヤジ、おかえり」
「ただいま。……今度は何を言い出したの?」
「さっき一緒にテレビ観てたんだよ。大根農家が沢庵作るドキュメンタリー。それに触発されたらしい」
「いつもの公唯ね。お父さんは書斎に行ってるわね」
「ああ。……私もゲームすっかな」
◆
「……なに、なんの音!?」
書斎で仕事をしていると、台所から強烈な爆発音が響いてきた。道中で合流した麻子と一緒に急いで駆けつけると、煙が立ち込める台所の前には既に何人ものお手伝いさんが集まっていた。
「ちょっと、何がどうしたの!?」
「だ、旦那様……あれ……」
扉から覗き込むと、煙の向こうには……。
「ふんっ!」
ものすごい勢いで公唯に扉を閉められた。
「いいか。君達は見てはいけないものを見た。いいね?」
妙な角度に口角を上げた公唯に、アタシもお手伝いさん達も「はい……」と言うことしかできなかった。
「お、おう……。……それはそれとして、開けるぞ」
猛者、麻子は違った。
「ちょっ……! 待ちなさい! その先は禁断の……!」
麻子が公唯の手を振り払って扉を開けると、台所は事故現場と化していた。
「ひでぇ……。シンクとか、どうしたらこんな形になんだよ……」
いつもは冷静な娘も、驚きを隠せないらしい。シンクは大きく凹み、ガスコンロは歪み、辛うじて包丁だと分かる金属片とこれまた辛うじて食材だと分かる破片の数々が散乱していた。
「もー、なにをどうしたらこうなるのよ……」
「改装するしかねーだろ、こんなの」
「…………フフフ。私の力に耐えられなかったか。恐ろしいな、私の溢れんばかりのエネルギーが。……革命だ。革命が起きるぞ。ふはははふははふはははは!」
「あんな高笑いするような変な大人になっちゃダメよ」
「いい反面教師だな」
「なぁに信じる者は救われる。できると信じていれば、必ず成し遂げることができる」
「全然成し遂げられてないじゃない……。まったくもう…………本当に力加減バカ子ちゃんなんだから」
「褒め言葉だと受け取っておこう」
「ご都合解釈ご苦労なこった」
「公唯と麻子を見てると、本当に『鳶が鷹を生んだ』って感じね。そんな人を愛したアタシもアタシだけど」
「それは違うな」
「ご、ごめんなさい。悪気は無かったのよ……!」
「鳶が鷹を生んだんじゃない。鷹が鳳凰を生んだのだよ」
「……我が妻ながら、開いた口が塞がらないわ…………」
「ああ、アイツはやべぇ」
「これは失敗じゃない。成功までの過程なのだ! ハーハッハッハッハッァ!」
その後しばらくの間、愛しいはずの人の笑い声が台所周辺を占領した。