夏、暑い往路
いつの夏だったかな。
あなたと初めて出会った時。
私はよく覚えてる。
「あっつー」
団扇でパタパタと扇ぐ。生ぬるい風が頬をかすめた。
「何でクーラー壊れてるのよー」
今は8月半ば。毎日猛暑日が続く。
ゴツゴツした整備のされていない道路を走る車は炎天下にさらされる。
「この車暑すぎじゃない?あとどれくらいかかるの?」
澄は悲痛な声を出した。
「あと少しよ」
母は淡々と答える。
「何でクーラー壊れたの?」
澄はもう一度尋ねた。
母がため息混じりに漏らす。
「昨日、お父さん釣りに行ったでしょ。潮風でやられたみたいなのよ」
「いや〜すまんすまん。」
父が照れっと笑う。
「でも昨日の魚美味かったろう」
顎をくいっとしながら一瞥した。
「よりによってあなたも昨日行かなくたって…」
母が呆れ顔をした。
「昨日しかなかったんだよ。すごくいい天気だったろ。」
「おとうさ〜ん」
澄は泣きべそみたいな顔で言葉を放った。
「でも本当に昨日のお魚美味しかったな」
6つ下の弟がタイミング悪く父の味方をする。
「慶はやさしいな〜」
父が仲間を得たとばかりに声を上げる。
「慶、そうやってお父さんを甘やかしちゃダメよ!
前にもそうやって車に傷作ってきたじゃない」
澄は弟を睨みながら言った。
「それよりさ、敷島のおばさんっておばあちゃんとこいったんでしょ?」
3つ下の妹が何の気なしに聞いた。
「芽衣子の事ね、旦那さんの親御さんがやっとOKしてくれたみたいよ。本当助かったわ。私はなかなかこっち戻ってこられないし。」
お母さんも歳ですもの。母が付け加えた。
「芽衣子おばさんに会うのも亮二おじさんに会うのも久しぶりだな〜楽しみ」
妹が弾んだ声で言う。
「周は会うのより、食べる方が楽しみなんじゃない?」
澄が皮肉った。
「それもあるけど」
周はきっぱりと言う。もはや清々しいほどだ。
「だって桃とか葡萄たくさん食べられるなんてこっちじゃないでしょう?」
確かに澄らの住むところではあまり農業は盛んではない。
「その分手伝いもなさいなさいね」
澄が妹を制した。
「僕もするよ、手伝い!」
弟が入れてくれとばかりに叫んだ。
「えぇそうね、慶はいつもしてくれてるわ。誰かさんと違って」
澄は周の方に目をやる。
「慶は人の懐に入るのが上手ね」
周が感心の眼差しを向けた。
「周もやるのよ」
「分かってるわよ」
そうこう言い合ってるうちに母が声をあげた。
「もうすぐ着くわよ」
向こうに大きな立派な家が見えてきた。