映画館 エンドロールはなんのためにあるのか
映画館は映画を見る場所
基本的にはスクリーンに映るもの以外関心はない
けど見ている人にはそれぞれの物語がきっとあるはず
映画館
私の町には小さな映画館がある。土日や人気映画の時はそれなりに人も入るが、そうでなければ、少しさびれた普通の映画館だ。
ただこの映画館には一つだけ特異な所がある。それは座席の指定が一切できないということだ。ふつうチケットを買う際に座席を指定して購入するし、良い席が空いてなければ映画をそもそも見ないという選択肢だってあり得るだろう。だがこの映画館ではお金を払うと勝手にチケットが手渡され、書かれた席を探さなければならないのだ。
なぜそんなことになっているか、一度掃除のおばちゃんに聞いてみたのだが、そっちの方が汚れる場所とか前もってわかるから掃除が楽だという答えは聞いた。席は真ん中から埋めている訳でもなく、実際人が全く入っていない時でも、真ん中に座れないことがある。
今日なんてまさにそうだ。恋愛物を見ようと決めて足を運んだのだが、どうやら左端の席が当たってしまったようだ。しかも前から二番目という、映画を見るに適しているとは言い難い席である。
どうやら今日はついていないと悪態をつきそうになった時に、となりに大学生くらいの女の子がすとんと座った。三十をとうに過ぎた私にとってまだ若い子がこんな昼間に一人で映画を見に来ていることは新鮮だった。結局この回はその子と私の二人しかシアターにはいないようだった。
映画自体はまさに悲劇の純愛であったが、クライマックスに近づくにつれて、涙脆い私の目頭は熱を帯び、終わるころにははらはらと涙が頬を伝っていた。ただエンドロールが始まり我に返ると、良い年をした大人が若い子の横で泣いているのが急に恥ずかしくなりごしごしと袖で顔をぬぐった。目のあたりが赤くなっていることがバレてしまうのではないかと心配していたとき、隣の子が静かに口を開いた。
「ねえ。エンドロールって何の為にあるか知ってる?実際帰ってしまう人もいるじゃない?」
私は思いがけぬ問いかけに少し慌てた。
「作った人とかに敬意をこめているんじゃないのかな、作った人も自分の名前があるとうれしくなるし。」
彼女はふーん、と相槌を打ちながらも、ひたすら流れ続ける名前や文字から目を離そうとはしなかった。そして音楽も止み、最後の一列が消えると頭上の電気がぱっとついた。
彼女はさっと手さげを持つと、もたもたしている私を横目に出口に向かって行った。体が半分くらい隠れた時、彼女が一瞬立ち止まってこちらを向いた。
「ねえ、さっきの答えを教えてあげようか。」
目が明るさに慣れていないせいか顔ははっきりとは見えなかったが、彼女は少し赤らめた顔で悪戯っぽく笑ったような気がした。
「エンドロールはね、映画が見終わった後の気持ちを整えるための時間なの。」
それだけいうと彼女の姿は見えなくなった。
平日休みの私は、平日の昼間にここに来ることが多く、ガラガラなことが多かった。それでもいつも新しい出会いはあった。人はあまりいないが、決して一人きりなったことはない、ここはいつでもそんな映画館だった。
今回はど真ん中から左にすこしずれた席に腰を下ろした。すでに隣にがっしりした男性が座っていたため、私は軽く会釈をして横に腰かけた。彼も先ほどまで広げていた両腕をたたみ、自身の座席の中に窮屈そうに収めた。
「平日休みの仕事をなされているのですか?」
二人ともごそごそ動き終わり、少し落ち着いたころに私は隣に声をかけてみた。男は一瞬だけ考えている様だったが、すぐに落ち着いた低い声で答えてくれた。
「ルーティンがある仕事をしておりますので、交代で土日出勤と平日休みがあります。」
「そうなんですね。お仕事大変ですよね。」
「仕事って運転と似ていると思うんです。」
男は何かを思い出すようにしみじみとした口調で語り始めた。
「私が入社する直前の3月に免許を取ったからかもしれないのですが、入社したての頃は妙にその二つが類似しているように感じていました。」
「例えば?」
「一番最初に社会人になって右も左も分からない時、まるでミラーの見方も分からず初めて路上に出たことを思い出したんです。クラッチとアクセルのバランスに気を取られながら前に進んでいることが精いっぱいの時、同乗している教官に横を見ろと言われるがそんな余裕もなく、安全確認一つできないまま道路を進んで行ったあの頃を。社会人もきっと一緒だったんだなって思うんです。事故っていないように見えてもそれは回りが危険を察知してよけてくれていたり、さりげなく補助ブレーキを踏んでくれていたり。そんなこと
にようやく気付くまでに多くの時間がかかりました。」
結局そこで映画が始まってしまったため話はそこで途切れ、映画が終わったら私達は笑顔でお別れをした。
帰り道に一人でラーメンを食べてお店から出るとポケットの中で携帯が震えた。何だろうと思い携帯を取り出すと一本の電話がかかってきていた。それほど時間のかかる要件ではなく、向こうの言っていることに何度か頷いた後に、「承知いたしました。今までありがとうございました。」と告げると電話は切れた。
そして私は最後の映画を見にまた映画館にやってきた。今後も映画を見る事はあるのだろうが、今までと同じように見ることはできないのだろうとなんとなく思った。
出口に近い右寄りの最後列の席だった。相変わらず人はほとんどいなかった。本編が始まる少し前に杖をついた女性が僕の二つとなりの席に座った。少し離れてはいたが、お互いに軽く会釈をして再び画面に視線を戻した。
すっきりするものを見たかったこともあり、洋画のしかもアクション映画を選択していたため、お年寄りの方がいらっしゃったことには正直驚いた。だが見るものに年齢は関係あるまい。驚いてしまった自分に心の中でげんこつをした。
映画が終わると、自然と私は彼女に話しかけた。
「良い映画でしたね。」
「ええ、ほんとに。」
実際、私の締めくくりを記憶にしっかりと残してくれそうな映画だった。
「この年になると激しい映像は不安だったんですけれど、とても楽しむことができました。」
「楽しむことに年齢は関係ありませんよ。」
先ほどまでの自分を棚上げにして私は答えた。
「そうよね。最近私よく周りに言っていることがあるの。いつから誕生日がうれしくなくなったんだろうって。もし歳をとることが悪い事でしかないのだったら、それ以降は老いに苦しみ続けないといけないじゃない。確かにシミは増えて、顔も皺だらけになっていくけれど、それ以上に人生を楽しむことが本当の若さなのよ。」
それはまるで自分にも言い聞かせているかのようだった。彼女が立ち上がるのに手を貸して、出口まで連れていき、そのままそこでさよならをした。
映画館を出るとまだ日は高く昇っていた。朝の冷え込みのために羽織っていたコートを着るには少し気温があがっていた。コートを片手に持ちながら、一度だけちらっと後ろを振り返った。軽く頭だけ下げると、私は頭の中に残っていたメロディーを口ずさみながら再び歩きだした。
おわり
日常的な作品も書きます