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港は休日ということもあってか、飛び回るヴォイミの数もまばらで、昨日よりも閑散として見えた。そんな中、ヒロミはかすかにヴォイアースの駆動音を聞いた気がして振り返った。離れた場所のヴォイアースでも、起動時に放たれるスケイルヴェールの光は周囲の空間を一斉に照らす。ヒロミは思わず身を乗り出しその輝きの方を見つめた。頭上はるか先に見える専用の発着場から、間もなく1機のヴォイアースが発進するようだ。
「やっぱり綺麗……」
機体名は分からないまでも、スケイルヴェールの輝きは薄暗い格納庫内でも鮮やかにその存在を示した。
「今日も出撃があるんですね」
「詳細は分かりませんが、哨戒や訓練、演習は日々行われているでしょうね」
先を歩いていたフェイミが立ち止まって答えた。
「衛星の、ユスとの戦闘は……、最近は小康状態と聞いていたけれど、実際はどうなんでしょう……」
二人は再びゆっくりと歩きながら話を続けた。
「大規模な戦闘が起こっていないのは確かです。不定期にこの星のどこかには、今もユスからシスト(被嚢)が投下されてはいますが。
ただ、ネーリとユスとの戦争という図式ではありますが、我々の星にも幾多の国家がありまして、対応も決して一枚岩というかたちにはなっておりません。恥ずかしながら……、友好関係にない国がユーフの襲撃を受けていたとしても、積極的に援護に行くということはありません。ユーフの形態や攻撃手段も時とともに常に変化していることから、既にヴォイアースという巨大な兵器に乗って戦う、という戦術自体が、通用しなくなりつつあるという声すらあります。ときにはネーリア同士の戦闘に用いられたりもしていまして」
二人の足元を、作業用か警備用か、ヴォイミが一体、有機的なモーター音を立てながら駆け抜けていった。フェイミはちらりと目で追った。
「少しおしゃべりが過ぎましたか。ここは軍港ですからね……。入口に警備のヴォイミがいませんでしたか?」
「え……、そういえばいたかも……、走ってたら道を開けてくれたけど、じゃ、じゃあ……」
「おそらく今は特例的な措置で通しているのでしょう」
「私、もしかして監視されてる……?」
「監視というと大げさかもしれませんが、やはり普段通りにされていても目を引いてしまうのは仕方ないかもしれません。ただあの博士のような目立った行動は論外ですが、ヒロミ様のように研究目的ということでしたら、特に何も問題はないかと思いますよ」
飛び交いすれ違うヴォイミの存在を、ヒロミは急に意識した。詳しく状況を把握してはいないが、おそらくはネーリ、少なくともスマーリ国には、地球人は自分しかいなくなった、というのは確かであろう。氏をアテにするつもりは毛頭なかったが、改めて一人になってみると多少の心細さも感じた。地球と連絡がとれないとなると、いざというときに自分が何者なのかを証明することも適わない。安定した通信手段の確保は最優先だと感じながら、ヒロミはフェイミに従い軍港エリアを後にした。
二人は居住エリアの下層へと進んでいった。
”王城”とはいえ、ここは地球人にとっての「城」とはかなり意味合いが異なる。実際には「巣」のような存在に近いであろう。原則的には王城の構成員は女王とその眷属の蛹から生まれた者のみである。自らの居住スペースと、共同体としての活動の場、そして最も守らねばならない存在である女王の居場所として、彼らはそこを「城」と呼んでいる。
ネーリアは一つの共同体の構成員の人数に応じて、一人の女性が女王として”変成”するといわれる。そのメカニズムは完全には解明されていない。女王となったネーリアはもはや人型生命体の面影は一切なくなり、生殖・出産・再生を司る特殊な個体として、その腹部に数百に及ぶ”蛹”が備え付けられる。男性は女王の出すフェロモンによりひたすら生殖行為を続ける生物として、これもまた生殖器以外の各器官が退化した生命体と化す。女王の周辺ではこうして、男性は生殖を繰り返し、女性は蛹から生まれ活動し蛹に戻る、という異なるサイクルを営む空間が形成される。このような女王の居室は蛹室、特に首都の蛹室は”聖蛹”とも呼ばれ、名目上女王が国家元首となるが、通常既に他者との意思疎通はできない体になっている。
女王は変成した後、蛹室の周りを囲うため、ヴォイキアと呼ばれる視認できないレベルの小ささの虫型生命体たちを用い、土や植物の死骸などを混ぜ合わせた物質でまず外郭を作り上げる。これが王城の中心となる。
その後はある程度のコントロールもなされるが、おおよその城の設計は女王とヴォイキアによって行われる。生活サイクルが安定し構成員が増大すると、別の女性が第二、第三の女王となり、それぞれが蛹室を築くことで城は拡大していく。身分的な差は、このように生まれた蛹によって大部分が決定されている。
蛹室は平地にいきなり作られることは少ない。大抵は地球に比べ起伏の激しいネーリアの自然の地形を利用し、切り立った崖の中腹や、山の斜面などが候補地に選ばれる。そこから玉ねぎ状構造とでも呼べるような、外側に一片ずつ構造体が建造されていき、強固な王城を形成する。規模の差こそあれ、郊外においてもネーリアの集落は基本的にこの構造を踏襲している。ここスマーリの王城も、元々は険しい渓谷の中ほどに作られたが、数百年の歳月を経て拡大を続け、今ではそれ自身がそびえ立つ山のように、周囲の地形を飲み込み巨大化している。
より外側に、上側に行かなければ、王城内では日の光は得られない。ヒロミに与えられた部屋は、その点だけでも大変に貴重といえる。対して、今彼女たちが向かっている博士の(いた)部屋は、城の内側区画、下層区画に位置している。日の光は当然届かず、じめじめした狭く陰鬱な通路をひたすらに下っていった。
「こちら……のようですね」
使われていない地下倉庫のような一室の前で、フェイミは腕の端末を確認しながら言った。




