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整然と区切られたヴォイアクー用と思われる発着場ではなく、降下艇はやや雑然とした貨物向けと思われる区画を抜け、奥まったところに位置する格納庫へと進んでいった。滑走路が見当たらないのは、助走を必要とせず細かなコントロールも可能なこの世界の乗り物だからこそであろう。虫型機械が多数並ぶ中を、誘導員の指示で空いたスペースに向かうと、降下艇は穏やかな青白いスケイルヴェールを一瞬放出して、ゆっくりと着地した。
ほどなく、乗り込む際に案内をしてくれたネーリアが再びヒロミたちの席まで訪れ、「こちらです」と一言告げた。ヒロミは立ち上がり、博士はふん!と鼻息一つで応じた。予想はしていたが、やはり特に歓待などありそうなムードではない。ヒロミが先に機外に出て梯子状の簡素なタラップを降りると、歓迎どころか、そこにはむしろピリピリとした空気が流れていた。
すぐに、二人のネーリアの女性を前に、かなりの剣幕で苦言を述べている一人の人物が目に入った。叱りつけられている方の二人はおそらく乗ってきた降下艇の操士らであろう。対する、ピッチリと体に密着するタイプのボディスーツ状の服装に身を包んでいる不満げな女性は、先程のシーロトワミの操士なのであろう。格納庫内は内部では繋がっており、先に戻った彼女がヴォイアース用のハンガーデッキからこちらに直接苦言を伝えにきたと見受けられる。
他の多くの者がつなぎ状の服やフードに覆われたローブのようなゆったりとした服に身を包んでいるせいもあり、彼女の出で立ちは十分に目を引いた。そうでなくても、長い銀色の髪をなびかせ身振りを交えて話すその堂々とした振る舞いは、ヒロミには直感的に先程の操士であることを悟らせた。
彼女の背後にはさらに、フードで顔を隠した従者と思しき女性を二人、その後ろにはさらにヴォイミと呼ばれる小型の虫型機械――多くは腰の高さくらいの半球状のフォルムで、頭部には様々なアタッチメントを着脱することができ、運搬や機器のメンテナンス、日常の世話など多くの状況に対応が可能な、ネーリアが乗り込むタイプではない、半自律型の補助型機体――を、多数引き連れていた。
その態度を前にして二人の操士は、ひたすらに頭を下げ、謝罪の言葉を述べていることが分かる。ネーリアは身分や階級をことさらに重んじると聞いていたが、戦闘兵器であるヴォイアースと降下艇ヴォイアクーの操士というだけで随分と格差があるようにヒロミには思えた。
ネーリアたちにとってもこの光景はあまり見慣れたものではないのか、もしくはヒロミたち来訪者に多少でも興味があるのか、通りかかった整備員、作業員風の者たちも徐々に機体の周りに集まってきた。そこへ、
「あー誰か、地球の言葉が分かる人はいないかね。責任者と話がしたい」
遅れて降りてきたオースティン博士がそう言葉を発した瞬間、集まったネーリアたちの視線は一斉に氏に注がれた。同時に、多数のヴォイミが氏のもとへと走り寄り取り囲むと、一斉に白い煙のようなものをふきつけた。
「お、……おい!何……ゴホッ!ゴホッ!」
オースティン博士は必死に手で白煙を払いのけようとするが、氏の全身が真っ白い雪だるま状態になってもなお、煙は発射され続けた。ようやくヴォイミたちが動きを止めると、目深にフードを被ったローブ姿のネーリアが現れ、ゴホゴホと咳き込んでいる博士に一言「消毒です」と告げた。
数機のヴォイミがヒロミの方にくるりと体を向けると、今度は申し訳程度の同様の白煙をふわりと吹きかけ、各機はさーっと散開していく。
あっけにとられているヒロミだったが、彼女の場合は払いのけるほどでもない。対する博士は、座り込んでまだむせており、周囲にも白い粉末が積もっている。
「お、おい!いい加減にしろ、何だこの対応は!!」
博士は頭を振り粉末を払い落としつつ、声を荒げて言い放った。
「責任者を呼べ!こんなことをしてただじゃ済ま……」
そこまで言いかけたとき、先程とは頭部パーツの異なる七~八機のヴォイミが、猛スピードで床を滑るように現れ、先端部に鋭利な刃を持つ槍のような武器を一斉にオースティン博士に突きつけた。まるで古代兵士の密集陣形のような統制のとれた動きで、すんでのところで首や顔に当たるほどの距離で、それら穂先はピタリと止められた。たまらず氏はのけぞり、尻もちをつくしかなかった。
「な……」
何か言おうとはしているが、全身が震え言葉が続かない。ヴォイミらの動きもあらかじめ決められているものではあろうが一切の無駄がなく、次におかしな挙動を見せれば躊躇なくその切っ先で氏の身体を貫くであろうことは容易に想像できる。
先程博士との会話で出てきたネーリの生態を示すフレーズとして有名な言葉、それは
『野生のオスは焼き殺せ』
だ。
種を維持するため、必要に迫られたネーリアの生存戦略である、少なくともヒロミはそう聞いていた。ただのイメージ戦略だと思っていた博士にとっては、決してそれが誇張や見せかけのアピールではないことは十分に思い知らされたはずだ。
だがヒロミにとっても、ただ対象が男性というだけでここまで敵意を向けられるとは思ってもみなかった。博士に敬意が足りない面は確かにあったであろう、だがここに至る対応を鑑みても、多少の理不尽さを感じずにはいられない。
静まり返る中、先程まで叱責していたヴォイアースの操士と思われる長髪の女性が、一歩ずつ颯爽と博士の方へと近づいた。それに伴い、ようやく武器を向けていたヴォイミたちも包囲を緩め、道を開けた。
「わ、私に危害を加えるつもりなどない!ただ……」
「黙れ!!」
ヒロミにもその程度の簡単な言葉は分かった。同時にその女性が何か武器のようなものを取り出しそうとしているのが見え、ヒロミはとっさに二人の間に割って入った。
「待って!!」
その瞬間、ヒロミの体は宙を舞っていた。ヒロミの目には、右手を振り抜いているその操士の激しい怒りの表情が映った。そこでようやく、ヒロミは彼女に平手打ちをくらったということを理解した。
同時に、彼女の乱れた髪が、赤からオレンジ、黄色へと次々髪色を変えるのが見て取れた。彼女らは地球人でいうところの毛髪からもスケイルヴェールを発することができる。この星の生命体から放たれるその粒子は、エネルギーの源でもあり、同時に感情の起伏やその種類も表すとされる。燃えるような色彩は、強い憤りの感情の発露なのであろう。
殴られた痛みとショックに戸惑うヒロミではあったが、光り輝くその長い髪が、鮮やかな明るい色から深く暗い色にまで様々に移り変わる様子を見入っているうちに、そこに引き込まれるような錯覚をも覚えた。
行為への反応とは裏腹に、初めて間近で見たやや小柄だが堂々としたネーリアの姿に、ヒロミはただ
「美しい……」
と感じた。