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「な……、何だ、攻撃じゃないのか?」
頭を覆っていた腕をおそるおそる解きながら、博士は外に顔を向けた。
「シーロトワミですよ!ここスマーリのヴォイアースです」
「シ……何だって!?」
ヒロミは並んで飛行するその機体を見つめながら答えた。
「最高の実力をもつ操士でないと乗りこなすことができないと言われる強化兵装、最も速く……」
その羽根や脚部から放たれる鱗粉状の物質はスケイルヴェールと呼ばれ、大量に放出することで磁場をコントロールし浮遊を可能にする、ネーリア含む多くのネーリの生物や機械がもつ特徴の一つだ。
「そして最も美しい……」
「何を言ってるんだ、じゃ、ありゃ味方か?味方の虫にぶつけられたってことか!?」
「おそらく哨戒飛行中にこちらに気付いて直前に回避したんだと思います。ぶつかってたらこの程度では済まないでしょう」
「おい、これは問題だぞ……!国際問題だ!失礼にも程がある!」
アクシデントにより更にストレスの度合いを高めたオースティン博士を背に、ヒロミは初めて見る強化兵装の姿から目を離せないでいた。
4枚の羽をゆっくりと上下させながらヒロミたちの機体に並走するかたちで飛行している。機体の大きさはこの降下艇と比べると三分の一程度だが、纏っているスケイルヴェールの量ははるかに膨大だった。羽の基部からは鮮やかな色を放つ粒子が絶え間なく放出され、巨大な羽の形状をなぞりながら虹のように羽全体を覆い、且つ次々と色を変化させ、軌道に光のかけらを残している。
ふと頭部に目をやると操縦席に操士らしき人物がいるのを見つけた。こちらの降下艇の操士に向けて何やら伝えているようだが、穏やかではない様子だ。一瞬ヒロミとも目が合った気がしたが、直後、羽を水平にすると、ふわっと高度と速度を上げ一段と大量のスケイルヴェールを放ちつつ飛び去ってしまった。
「さすがに着いたら通訳くらいはいるんだろう、地球ともすぐに連絡をとらないといかんぞ!事故でもあったらどうするつもりなんだ、まったく!」
博士の言葉を聞き流しつつ、ヒロミは窓を覗き込みシーロトワミの飛び行く先を目で追った。雲は徐々に晴れ、眼前には一面の灰色をした壁が現れた。シーロトワミはそこへ吸い込まれるように消えていく。果たして、そこは建造物の一部であった。
「博士、王城です……」
上端は霞み、下部はいまだ雲に覆われ地表が見えないため全体像を見渡すことができないが、近づくにつれて徐々に表面の凹凸が現れ、紛れもなくそこが建物の一部であることが分かった。そこが彼女らが滞在することになる、ネーリで最も強大な国スマーリの"王城"だ。
壁のようにしか見えなかったその物体は、実際にはブロック状の構造体が幾層にも重なって広がっているもののようだ。一つのブロックだけでも高さ、幅ともに1000メートル以上はありそうなそれら構造物の間を、縱橫に連絡通路が繋ぎ、それらの間を縫うように無数のヴォイアクーやヴォイアースが飛び交っているのが視認できる。
ヒロミたちの乗る降下艇は、最も外側に位置するブロックの中のさらに一区画へと進んでいった。巨大な虫型輸送船のヴォイアクーが幾隻も停泊し、その周りを忙しそうに小型機が動き回っている。民間のものも交ざっているのかもしれないが、装備や外見の塗装からは軍用と思しき機体が多い。ここは軍港として使われている区画のようだ。
かくして、長い旅の目的地に、地球からの訪問者2人はようやく到着した。