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3-5

 ヒロミがさらに目を凝らすと、蛹の間でところどころ細長い棒状の物体が上下に移動していることが分かった。上部を目で追うと、それらは一つの個体から伸びているもののようだ。深海生物のように色素が抜け落ちほぼ透明に見えるためか全体像を把握しづらいが、どうやら極端に脚の長いクモやカニのような形状の生物の一部であることがうかがえる。頭部と胴体は蛹の数倍程度の大きさだが、脚部を含めた高さは10メートル以上はゆうにありそうだ。その見た目と緩慢な動きからか威圧感は感じない。


 慎重に蛹の合間に脚を抜き差ししつつゆっくりと移動しているが、時折何かに向けて素早く脚と上空の胴体から触手のようなものを伸ばし突くような動きをしている。そしてヒロミの存在に気付いたのか体の向きを変えたかと思うと、突如ヒロミたちのいる場所へ向け脚を突き刺してきた。

「きゃっ!!」

たまらずヒロミは声を上げた。だがその動作は透明な膜のような仕切りに遮られ、ヒロミたちの眼前で鈍い音をたて跳ね返された。行動が無為であることを悟ったように、脚の長い生物はゆっくりと体の向きを変えヒロミたちの前から去っていった。


 「失礼しました。あれは蛹室の衛生状態を維持するために女王が使役しているヴォイミの一種です。蛹にとって有害な微生物や菌を駆除したり、室内を消毒したり、ときには……」

ヒロミはやや落ち着きを取り戻しクモ型ヴォイミの進む先に目をやった。その脚元には蛹の色がひどく暗く濁った個体がある。蛹は細かい振動を続けながら、内部から頻繁に液体を噴き上げていた。色の変化はその影響によるもののようだ。

「あれは……」

ヒロミは眉をしかめフェイミの答えを求めた。

「ときにはあのように寿命を迎えた蛹を取り除く作業もしているのです」


 クモ型ヴォイミは脚先から糸のようなものを出し、蛹の周囲にちょうどその個体を取り囲むくらいの大きさの透明の膜を張った。膜内に触手を数本差し込むと、濁った蛹を包むように引き抜き持ち上げた。蛹が取り付けられていた箇所からは鮮血のように見える液体が激しく溢れ出し、膜内の空間にひとしきり飛び散るとやがて収まった。触手によって取り外された蛹は母体との接点を失ったためか、更に急速に色が黒ずみ干からびた形状となり、もはや他の個体と比べても蛹と呼べるような外見ではなくなっていた。ヴォイミが自ら生成した膜を脚と触手で巻き取るように回収すると、母体から流れ出て空間内にたまっていた血液状の液体が漏れ出て広がり、周囲の表皮に染み込んでいった。


 「蛹が取り除かれた箇所はしばらくするとコブ状に盛り上がりまして、やがてその先端に新たな蛹が形成されます。そうして女王の母体自身が徐々に徐々に大きくなっていくのです。それに合わせて母体を覆うこの外郭も、そして王城自体も広げていく必要があります」

そこまで聞いて、ようやくヒロミは自分たちがどういった場にいるのかを把握した。ここはお椀状の女王の本体を一回り大きく囲うドーム状の外郭の壁沿いに設けられた、バルコニー状の空間の一つだ。二重のドアを抜けて出てきたこの場は、前方にやや張り出し辺りを見渡せるような作りになっている。左右には、港の格納庫にあったようなキャットウォークと同様に細い通路が続き、その先は上下に簡素な階段が伸びている。そしてそれら聖蛹内部に向けて突き出た空間全体を、先程ヴォイミも発生させていたような透明な膜状の物体が遮蔽しているようだ。ここに至る通路が有機的で暫定的な作りに見えたのも、こうした通路が簡素な作りなのも、女王の成長に合わせ随時増設や移動、拡張を繰り返さざるをえないからなのだろうとヒロミは推測した。同様の張り出した空間は他にも壁沿いに何箇所も設置されているようで、ヒロミたちよりも下方、ちょうどクモ型ヴォイミが処置をした場の前辺りでは、複数のネーリアが顔を両手で覆い泣き崩れたり、抱き合って悲しんでいる様子が見える。


 「親族……というわけではないかと思いますが、あの蛹の中の方とは近しい間柄の方たちだと思います」

フェイミも同じくネーリアたちの方を見下ろしながらつぶやいた。彼らが白いローブを纏っていることから、ヒロミは道中で見かけたネーリアの一団もこうした何らかの光景に立ち会っていたものだったのだと理解した。

「中の……方は、やはり亡くなられたということなのでしょうか」

「蛹の取り替えには2種類のパターンがありまして、この場合は先程の様子からも、体組織の再生の途中だったと思われます。再生中はほぼすべての体組織が蛹内で液状に溶解しています。生物ですので、厳重な管理下においてもどのプロセスでも100%成功するということはありません。再生中のトラブルとなりますと、たとえ漏れることなく内容物を他の蛹に移し替えたとしてもまず再生は不可能だと思われます。ですので残念ながら、中の方の命は絶たれたと言うほかないでしょう……」


 ヒロミは返す言葉もなく、静かに目を閉じ黙祷を捧げた。

「もう一つは再生中でない、つまりどなたも使用していない蛹の状態をチェックし、異状がある場合に取り替えを行うというものです。維持にある程度手間をかけられる上位の者の蛹室でないと、そうした処置はなかなか行われません。ここは現在30あるうちの第26蛹室で、数字はほぼ序列を示しているとお考えいただいていいものです。このような下位の蛹室ですと再生を行うための最低限の管理しかされておりません。上位の聖蛹は見学もできませんし、私どももよほどのことがなければ立ち入りは許されていません」

「使われていない蛹、というのもあるんですね」

「こちらの場合はほぼ全てが再生用に使われているはずです。同じ蛹でなくても再生は可能ですので、言葉は悪いですが空きが出来次第使い回している、というところでしょう。ただ生まれたのと同じ蛹を用いるのがやはり安全で理想ではあります。上位の蛹室では一人に一つの蛹が確保されています」


 「再生が終わって……、復活?というか生まれる場面というのはなかなか見られないものなんでしょうか……」

ヒロミは軽く周囲を見回した。

「再生の完了は、地球で近い言葉ですと孵化でしょうか、ほぼ全ての個体で深夜から早朝にかけて行われます。後見人や近親のものなどが立ち会って手続きなども行われ、一つの儀式のようになっています。ヒロミ様もその時間に来られれば見ることもできますし、私も案内いたしますよ」

「朝早いのは……大変そうですね」

ヒロミはやや苦笑して答えた。


 「さて」

フェイミは上り階段の方に歩みを進めながら切り出した。

「では交配の様子も見ていかれますか?」


 「え、えぇ、できればぜひ……、見られるんですね」

「はい、女王の生殖器官はこの丘のような母体の頂上付近にありますので、あまり近くまで行くことはできませんが……、あとはショッキングな場面かもしれませんので、ジェンダーや性の不平等などの問題に敏感な方には覚悟していただくのがよいかと思います」

「大丈夫です、お願いします!」

ネーリアの蛹室内での生殖行為についてはある程度の情報は得ていたが、博士が帰郷を即断したほどには衝撃があるであろうことは承知していた。2人はドーム天頂付近まで伸びる細長い階段へと向かっていった。


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