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ヒロミから連絡を受けたフェイミも、既に中央区画付近まで出ているということで、聖蛹、女王の間に近い連絡通路の先で落ち合おうということになった。
端末に示されたルートに従って小径を進むと、景色は一変し王城はこれまでとはまたまったく違った側面を見せた。王城の構造体はタマネギ状に広がっており上部に行くにつれ分離しているケースが多いが、まれに下層まで亀裂のように構造体のすき間が伸びている区画が存在する。ヒロミの進む通路は、都市部のビルの谷間に渡された細い吊り橋のようだ。はるか上空に日の光が見えるが、張り巡らされた無数の通路がそれを遮っている。眼下には広大な闇が広がっていた。だが目が慣れてくるにつれ、下層の壁沿いにこれまで目にしてこなかったような派手な照明が点在しているのが分かった。
ヒロミの想像が正しければ、それらは歓楽街などで見るそれであろう。ピンクや紫のネオンサインのように見えるものも多い。それらの合間にも小さな店舗や住居が、今にも崩れそうにひしめきあいながら谷の深部にまで密集している。ここに広がるのは大都市に内在するスラム的エリアであるようだ。こうした現象もどこの世界でも共通しているのかとヒロミは思わされた。ネーリと王城についてはこの半日でも様々な面を見られた気がする。色々な部分を知ってほしいというフェイミの意図で選ばれたルート……というのはおそらく考えすぎであろう。ヒロミはそう思うことにし、合流地点へと向かった。
対岸の区画内部は再びアーチ状の天井と彫刻の施された壁面で構成され、王城中心部近くに戻ってきたことを物語っていた。待ち合わせに指定された交差点付近で、フェイミが出迎えた。
「お疲れ様でした」
そう言って穏やかに微笑んだ。
「そうですね、結構歩いて……」
ヒロミの口からは思わずそんな言葉が漏れていた。
「では今日は休まれますか?」
「あ、いえ、平気です……!ちょっとぼんやり考えごとをしちゃって」
気遣うフェイミに対し、ヒロミは慌てて取り繕った。
「今来た通路……、下層の方はすごく雰囲気が違って見えて」
ゆっくりと歩き出し、ヒロミが口を開いた。
「えぇ、この辺りはそうですね……」
やや答えにくそうなフェイミの返答に、ヒロミはふと気付いた。
「あ……、また、ごめんなさい、異星人に見せたい景色でもなかったかもしれませんね」
「いいえ、この星、この国について知っていただくにはむしろ見ていただいた方がいいでしょう、ただ日の当たらない区画はおおむね治安も悪くなりがちな点はご注意ください。私も配慮が足りず申し訳ありません」
「その点は……、いざとなったらすぐ呼び出しますし」
そう言ってヒロミはブレスレットをつけた左手をアピールした。
微笑みで応じるフェイミの肩越しに肩を寄せ合って通り過ぎる二人組の女性の姿が目に入り、ヒロミは聞こうと思っていたことをすっかり忘れていたことを思い出した。
「その……!中心部には何かあるんですか?皆あまりにも開放的というか……」
「はい、それは……、もはや慣行のようになっていて由来や理由などはっきりとは申し上げられないのですが……」
問いかけるヒロミも答えるフェイミもどこか歯切れが悪かった。
「ほら、あんまりあの一帯に集中してたから、心韻とかスケイルヴェールみたいな、ネーリアにしか分からないような何かが中央区画にはあるのかな、って思っちゃって……」
「特にそういったものがあるわけではないと思います」
フェイミが続けた。
「――が、どうでしょう、私なりにお答えできる範囲で申しますと、一つには高位の役職に就く者が多いということもありましょう。私共下位の者があの場で同様のことをしようものなら、おそらく我が蛹室は切除のうえ焼却され、この城内で還るべき場所は未来永劫失われてしまいます。それくらい本来ははしたなく畏れ多い行為であるという認識は皆が持っているはずです。
それが彼らにとっては咎められない行為である、という優越感と同時に、勿論高位の者にはそれなりの責任も伴いますので、抑圧された自己を解き放つことができる貴重で重要な場でもあるということなのかもしれません。先程見られたのでしたらおそらくはこの区画で働く者たちがほとんどだと思いますが、夜にはまた……、いわゆる高級娼婦のような者たちを引き連れて闊歩する姿も見られます。城内では夜になると発光する植物も多く植えられていまして、あの区画のものは特に幻想的ですので、まだご覧になっていないようでしたらぜひ夜にもお越しください」
「それは……、興味深いですね」
おそらくはクロロフィル蛍光のような仕組みか、もしくはネーリらしいスケイルヴェール由来のものだろうかとヒロミは推測したが、興味だけから訪れるには抵抗があった。
「そうした意味合いの他に一つ共通すると思われるのは、純粋に生理的・本能的欲求に基づく行為の場合もあるかもしれないということでしょうか。地球の方にも周期的に体に変化が訪れることはありますでしょう?」
「え、えぇ……」
「ネーリアの場合はやや特殊で個体差もありますが、寿命が短いせいもあってか、繁殖に対する本能が過剰に働きその高ぶりを抑えられない時期がある者もいます。実に動物的なのですが……、高位の者にとってはこうした場もありますが、それ以外の者にとっては先程ご覧になったような下層の谷間に広がる区画が賑わうことになります。広大な売春街などもありまして、不衛生で事件や事故の発生件数も多いのですが、一定の役割を担っているとして黙認されているというのが現状です。ただそれでは、中央区画の広間で、というのはただ単に高位の者にとって近くて広いから、というだけになってしまいますが……」
「そうですね……」
ヒロミたちは中央区画から螺旋状に緩やかに下る通路へと進んだ。いつしか周囲の壁も人工的な建造物というよりは、洞窟のような天然物を思わせる作りに変わり、不規則さが増している。
「この直上がちょうど広間の辺りになっていると思いますが、ひとつ仮定するとしまして――」
声もやや反響するようになり、湿度も高くなっているように感じられた。フェイミはヒロミの方をちらりと見て続けた。
「ヒロミ様の場合でしたらどうでしょう。情動の高まりがあった際に、このような場に赴こうと思われるでしょうか。もしくは、こうしたまさに種にとっての生と死の象徴のような場に近づくことでこそ、生殖本能を刺激されるというようなことはあるでしょうか。ネーリアからも生殖中枢の活動を促進するフェロモンは分泌されています。地球の方にも何らかの誘引効果があるかもしれませんので、その際はお試しになるともしかすると通ずるところもあるかもしれませんよ」
そう言うフェイミはわずかに笑みを浮かべているように見えた。
「そ、そうね……」
ヒロミはやや困惑して苦笑を返した。
「こちらです」
そう言ってフェイミは壁を削り出したような階段状に上に伸びる通路へと案内した。もはや足場は平坦ではなく、何か有機的な、巨大な管の内部を進んでいるかのような様相となった。ここまでほぼ他の人を見かけなかったが、眼下の通路を、白い装束に身を包んだ5人ほどのネーリアの一団がゆっくりと、今ヒロミたちが進んできた方へ歩き去って行くのが見えた。何らかの儀式だろうか、とぼんやりヒロミが考えていると、再びフェイミが語り始めた。
「最後の可能性としましては――」
そのトーンはやや抑えめに感じられた。
「我々がただ単に忘れているだけ、ということもあるかもしれません」
「?」
不思議がるヒロミにフェイミはやや周囲を確認した後、続けた。




