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3-2

 ヒロミたちが観戦していた軍事演習自体は、模擬戦の他にも典型的な射撃、飛行などのヴォイアクー、ヴォイアースによるデモンストレーションも行われ、視界には入らなかったが、はるか眼下の地上でも何らかのイベントが行われていたことは、周囲に響く花火や空砲、兵器のモーター音、駆動音などからも伝わってきた。一時的に観衆で賑わっていた連絡通路も再び人影はまばらとなったが、フェイミはしばらくの間険しい表情のまま背筋を伸ばし、虚空を見つめて何やら思案している様子だった。もしくは、いやおそらくは、ピナに関しての何らかの疑惑について、他の誰かと心韻で会話をしていたのではないだろうか。その姿勢は、目には見えない何かに集中しているときのもののように感じられた。ヒロミも一応詮索はしないよう、演習の様子を何気なく眺めるフリをしていた。


 「失礼しました」

しばらくたった後、フェイミは断りを入れて途切れていた会話を再開させた。主な内容は翌日、つまり本日の予定についてと、通信の問題、そして再生槽の仕組みについて等であった。予定についてはこれから向かう手続きの件と、それが終わったら落ち合って城内を案内しましょう、ということだ。中央区画の件はその際に確認が必要となるであろう。


 通信に関しても、現実的にどういった手段なら可能かをフェイミはすぐに各所に当たってくれていたようだ。電波の使用自体はネーリでも一般的で、それを通信には用いていないというだけのようであった。ただし地球との交信は軌道上の宇宙ステーションとの間でしか行われておらず、そのステーションと王城との間では心韻による通信しか行われていない。よってビデオレターのようなかたちで送られてきたものであれば、王城の通信官がそれを心韻で受信した後、データに変換しさえすれば、記憶用メディアに保存することでヒロミが持ち込んだ器材でも容易に再生ができるだろう、ということだ。


 リアルタイムの通信はたとえ平易なテキストデータであっても難しいようだった。ヒロミの持てる知識や技術もこれではほぼ役に立たない。が、了承するよりほかはなさそうだ。そして再生が容易であるといっても、外部の生命体にそもそも友好的でないネーリアが、地球人のためにわざわざデータの変換を行うなどということはまず考えられない、という話であった。


 ヒロミはフェイミに礼を言ったが、円滑な地球とのやり取りはあきらめるしかなさそうだった。それでも更にフェイミは提案した。まずは正攻法で行ってみようということで、通信官の管轄は情報・通信省だが、就労に関係することでもあることから、労働局王城支部の窓口で口利きを頼むのはどうか、というものだ。ただしこれも通信官にいきなり頼むよりわずかに可能性が上がるというだけで、状況が特殊すぎることからも望み薄なのは間違いなかった。うまくいかなかった場合の次の手はそのときに話す、ということだ。


 再生槽については、機械と生物のハイブリッドというネーリの技術の真髄であろう、ヒロミも興味の対象として考えていたものでもあった。港の格納庫で兵器用のものを見ることも可能のようだが、それならばまず聖蛹を先に見るべきでしょう、ということで、この後の予定につながる。博士も「女王」との面会を望み既に訪れたということだったが、この感覚もヒロミには理解しやすいものではなかった。自国の王族の墓でもあり出産の場でもあり、また最も守らねばならない神聖な場所を、他国、他星からやって来た一般人にたやすく見せるのだろうか……。警備に自信があるのか、見ただけではどうすることもできないということもあるのか、諸々の疑問は実際に目にすれば解決するかもしれない。フェイミとは手続きが終わった頃に連絡を入れると約束し、昨日は別れた。


 王城はそれ自体が一つの建造物になっているということもあり、区画や住居の境界が分かりづらい。再び通路が広くなっていたが、いくつかの機関が集中する目的の王城支部のエリアへと近づいていることは、一機のヴォイミがヒロミに随行していることで気付いた。それは先程まで頻繁に目にしていた上品なヴォイミではなく、初めて降り立った際博士に武器を向けたタイプに似た物々しさを漂わせていた。体は黒く、力強い2本のアームと周囲を厳しく見回しているように見える頭部で成り立っており、動作も俊敏だ。一目でその警戒の対象が自分であることをヒロミは気付いていた。


 再び吹き抜けの広いドーム状の空間に出たが、先刻のそれとは違い、ここには神秘的、宗教的な何かは感じられない。ただ各役所への入口へと通じる階段や通路、橋が放射状に伸びており、人々がせわしなく行き交っている。ヒロミが端末で目的の場所を確認しようとすると、一人の職員らしきネーリアの女性が走り寄ってきた。見ると随行してきたヴォイミの目が赤く点滅している。どうやら心韻で呼びかけていたようだが、返事がないため警戒の度合いを高め、職員を呼んだようだ。ヒロミはおぼつかないネーリの言語で必死に職員に行き先を告げ、ようやく労働局王城支部の窓口まで到達できた。


 しかし役所の手続きがあまり快適でなはなく時間のかかるものというのは、各国というだけでなく各星でも共通のようだ。一通り必要そうな書類を提出はしたが、明らかに窓口の職員も困惑しているふうだった。その後の、本題でもある通信手段の話までは辿り着けそうもない。待合室で待機しているヒロミの周囲では、穏やかなやり取りばかりが行われているわけではなかった。この地区はやはり働く場としては人気なのだろう。異星人はもちろんヒロミ一人であろうが、このスマーリ国外や首都である王城地区以外からも多数の労働者が訪れているようだ。服装の着こなしや肌の色、そして言葉のイントネーションもこれまで見聞きしたものとはどことなく異なっているように感じられた。度々職員との間で口論になりかけ、警備用のヴォイミが割って入ったり引き離したり、といった光景が展開された。


 ヒロミは何度か職員に呼び出され、途中この件は母星と通信できれば早く証明ができるという旨の話を何度か持ちかけてみたが、その度窓口にいる鮮やかな緑色の瞳をもつ目つきの鋭い職員にフードの奥からいぶかかしそうな視線を投げかけられ、別の職員と何やら話し込み待たされることになった。


 やり取りの不便さからもやはりフェイミに同行をお願いしておくべきだったか、ヒロミは何度か思ったが、休日にもかかわらず昨日案内を頼んだこともあり、この無為な時間を共有させてしまうのは気が引けて思い直していた。せめて語学の教材か何かを携行すべきだったか……、ヒロミはそんなことを悔いつつも、早々に帰郷した博士はどうなったのか、ステーション宛にヒロミへのメッセージはそもそも届いているのか、地球の家族、そして何よりもフィアンセで同僚でもあるクロード・バルローはどうしているのか……、一刻も早くネーリでの出来事を伝えたくて仕方がないという思いに駆られた。そこまで考えてふと、昨日フェイミに尋ねるのを忘れていたことが一つあったことを思い出した。博士の部屋から戻る際に外周通路に見えた銀髪の女性、あれは一体誰だったのか。フードの内側を見るまで思いもしなかったがもしかしてフェイミだったのか――?ぼんやりと考えているうちに呼び出しがかかり、とうとうヒロミの手元に一通の滞在許可証が手渡された。「もう一つ話が――」と切り出したところで、一段と鋭い視線で緑色の瞳の女性からにらみつけられ、「あなた一人にだけかまっていられない、日を改めて来るように」という主旨の苦言を頂戴し、退出を余儀なくさせられたのだった。


 すっきりしないままどっと疲れが出たヒロミの傍らへ、再び到着時に出迎えた警備用ヴォイミが現れ、視線を走らせた後何やら了解したという体で去っていった。数時間が経過していたが日はまだ高い。ヒロミは気を取り直してフェイミに連絡を入れた。


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