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「どこが『おおっぴらということもない』よ……!」
王城の中央区画を訪れていたヒロミは、昨日フェイミに言われたことを思い出していた。これまで見てきた景色から想像したものとは明らかに違う光景が辺りには展開されている。ネーリアの女性同士が、親密さを隠そうともせず、むしろ他者に見せつけているかのように堂々と愛情表現をしているのだ。
ここ中央区画には、国の行政や軍の中枢を担う機関が集中しており、文字通り王城の最深部、聖蛹の周りに位置している。中でも各所を繋ぐ広場のような役割を果たすこのエリアは、地球で言えば教会の大聖堂の身廊部のようなアーチ状の高い側壁に囲まれ、それらを支える巨木のような柱が林立している。上空には屋根があるのかそれとも完全に吹き抜けになっているのか、人間の視力では判別できないほどに大きく開けた空間になっていた。日の光を十分に取り込めるその構造により、側壁と柱が作り上げる光と影のコントラストはここが特別な場であることを演出しているように見える。
ここから放射状に通路が伸び、各機関へと連絡しているようだ。ところどころ植物も配されている点では昨日演習を観覧した連絡通路とも共通しているが、ここには屋外の雑然とした空気はなく、どこか落ち着いた力強さのようなものをヒロミは感じ取っていた。地球ならば――、ヒロミは考えた。地球ならばこうした空間は神に近づき、寄り添い、祈りを捧げる場となるであろう。ネーリアにとっての宗教観はいかなるものか、深くは心得ていないが、地球人も含む他者の生活を縛り干渉するような性質の宗教は存在しないという情報を知ったところで、それ以上踏み込んで調べるのをやめていた。周囲で行われている行為からも、ここが厳粛な宗教的空間としてだけ機能しているわけではないことは想像できる。だがこれだけ巨大な建造物を作り上げ、その中心部にこれほど広大な空間を設けるのは、必ずしも自身の生存や防御のために必要とされたものでもないのではないか。おそらくそこには、国や帰属する集団の威光を示すといった意味合いの他にも、「女王」への畏敬の念や、種としての魂の救済や安寧を求めるような、そんな何らかの信仰、宗教的思念の発露が見られるようにヒロミには思えた。ヒロミの使用している部屋や港も含め一貫してネーリの建築では機能的な側面が優先されており、豪奢な装飾の類いは目にしていなかったが、この中央区画の壁や柱には独特な文様の彫刻が施されていることもヒロミにそういった想起をさせる要因かもしれない。
さらに推測すれば、身分や地位の違いを重んじるネーリアの意識にも関係しているかもしれない。ヒロミのように用事があって単身で訪れている者も当然いる。だが、中枢機関で働く者たちの休憩時間とも重なっているのか、目に入る服装のほとんどはこれまで見てきたフード付きのローブと比べてどことなく上質で鮮やかな光沢ある素材に見え、ところどころ装飾や宝飾などもあしらわれている。上層、上位の者たちの装束に見えるものが多い。同伴するヴォイミも、猟犬のような精悍なスタイルで辺りを見回したり、優雅な衣服のようなものを纏い寝そべっているものが多く、ペット自慢のような様相で傍らに帯同させている。そんな者たち同士が柱の陰や壁の窪みではなく、日の当たる、柱の基壇部分のスペースや、植え込み周りの同様の場で、体を寄せ合い、あるいは唇を重ね合い、中には体を押さえつけ動きを封じるように濃厚に求め合っている。制約の多い下級、下層の者に比べ行動の縛りがより少ないであろう彼らにとっては、他者を気にかけることもなく、この場所、時間を十分に満喫したいということかもしれない。
そんなことを延々考えたくなるのも、この眼前に広がる光景に何らかの理由をつけないと、心の整理がつかないという思いの表れでもある。
中央区画ということで厳かな場を予想し気を引き締めてやって来たこともあり、ヒロミの戸惑いはなかなか収まることはなかった。うつむき気味に何度も端末に示されるルートを確認しつつ、ようやく身廊部を抜け、目的の側廊から連絡通路へと足早に進んでいった。種の存続のためならば個を犠牲にするというネーリアへのイメージが支配的だったこともあり、実態を目にするとやはり外部の人間からは理解の及ばない点も多いことに気付かされた。「このことは後でフェイミさんにもちゃんと聞かなきゃ!」ヒロミは決意しつつ歩みを進めた。
通路はすぐに天井が低くなりいくつかの緩やかな下り坂のカーブが続いた。中央区画で感じられたどこか神秘的な空気は完全に消え去っていた。
向かう先はスマーリ国労働省管轄の労働局王城支部の窓口だ。ヒロミの研究活動や長期滞在に必要な許可証の発行など、諸々の手続きはまったく行われていないということが昨日のフェイミとの会話によって分かったのだ。外国人というだけでなく異星人ということでほとんど前例のないケースであることも確かであろうが、自室用に用意された部屋の快適さなどと比べると、こうした諸々の対応は非常にちぐはぐで段取りが悪いように感じられた。
勿論そこにはオースティン博士に向けられていたような明確な悪意などがあるわけではないことは、ヒロミにも理解できるようになっていた。本人でなければならない手続きなどもあるということで、ヒロミ一人で赴くのがよいだろうということになり、本日からの予定であった研究施設などがある6区と呼ばれる研究棟へ出向くのは明日以降に順延となった。ヒロミ自身、ここまでは本来の目的から外れ研究対象にもなかなか目を向けられないままでもどかしい思いもあったが、ひとまずはネーリの流儀には合わせようという心持ちになりつつあった。
昨日は、模擬戦が終わった後もしばらくはあの場でフェイミと会話が交わされていた。




