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12-7

 基地内には警報が鳴り響き始めていた。低く鈍い羽音を再現したものか、もしくは虫笛のような器具を用いて発生させている擬似的な虫の鳴き声なのか、ビーンビーンというゆるやかに変化をつけた振動音に、周期的に高音のものが重なる。幾度か繰り返すと音声が加わり、現在のネーリアの言語では使われていないであろう形式での呼びかけ――おそらくは呼格と命令形を並べたもの、"スマーリの民"に対し"集え"もしくは"注目、傾聴せよ"といった意の言葉であろう――が大音量で流された。これから展開される作戦が大規模であることを感じさせた。


 それは決して心地よい響きではない。ある種の圧迫感を伴ってヒロミの耳に届いた。ヒロミは緊張と同時に、重苦しく不安な気分が高まるのを感じていた。


 ヒロミはトワに続きシーロトワミの操縦室へと上がった。機体はやはり両後肢を失ったままだったが、胴部分をワイヤーで吊るし、前肢、中肢のみで体を支え着地体勢をとっているため、帰還後に見上げた際に感じたような痛々しさはある程度緩和されて見えた。機体も表面的には美しく補修が行われており、一通りメンテナンスは完了しているようだった。


 トワは一人操縦席に乗り込み、そのままキャノピーを閉じようとしていた。冷たく覇気のない色味のスケイルヴェールがヒロミのもとへも舞い散った。

「待って!」

ヒロミは再度そう叫び、前座席に無理矢理入り込もうとした。都合ヒロミがトワに馬乗りするかたちとなった。


 トワはそれでも目を合わせようとしなかった。何かあるのは明らかだろう。無理に聞き出そうとするのは得策ではないのかもしれない。しかし状況が状況だ。繊細な操縦を要するヴォイアースに共に乗り込む相手とこんな状態のまま戦闘に突入するのはヒロミには耐えられなかった。ヒロミは一呼吸し、改めて穏やかにトワに問いかけることにした。

「……言って、トワ。何かあったの?」


 しばしの沈黙の後、ようやくトワは口を開いた。

「イムリたちを……、蛹室に預けてきた」

「……え?」

トワの意外な答えに、ヒロミは反応するのに時間を要した。様々な思いが瞬間的に交錯した。まず……、そう、トワは移転の支度をしていたのではなかったのか?勿論同居する3人も含めてのことだ。この城内の状況で諸々の手続きもありそもそも簡単に済むことだとは思っていなかった。そのことで忙しかったものだとばかり思っていた。しかし……、蛹室に入れるというのは――……、つまり今のヒロミの知る姿で彼女たちと出会うことはもう出来ないということを意味するのではないか?ヒロミも挨拶くらいはしたかった。当然トワにとっても家族同然の者たちと別れる重大な出来事のはずだ。それなりに周到な準備も必要だっただろう。

「え……、3人とも……?」

ヒロミの質問に、トワは黙って頷いた。


 ……となれば、次はどの蛹室なのか、ということだろうか。次期女王の――、フェイミの蛹室はまだ完成していないだろう。おそらくは現王城の蛹室に預けたはずだ。しかし現行の施設はすぐに移転する予定ではないのか。ユーフの攻撃対象でもある。移転作業が実際いつどのような手順で行われるかヒロミは知らないが、この時期をあえて選ぶのは危険度が高まりはしないのだろうか。

「そんなに、具合、悪かったの……?」


 ヒロミの言葉選びも慎重になった。真意が分からない。会話がちぐはぐで要領を得ない感じだ。トワはゆっくりとヒロミの方に顔を向けた。

「いざという時は……、ヒロミに、あの子たちの世話をお願いしたい……。その時は、連絡が来るはずだ。迎えに行ってあげてほしい」

「……?」

ヒロミは間近でその言葉を聞き、一瞬どんな反応をしていいか分からなかった。トワの表情は真剣だった。しかしどこか弱々しく、自信なさげな態度にも見えた。

「……何を……言ってるの?」

考えを巡らせてもそんな言葉しか出なかった。どうしてそんな話になっているのか。ヒロミにはその経緯が何も分からない。


 トワは顔を伏せ、再び視線を逸らした。

「ヒロミ……、こんなこと頼めるのは……、あなたしかいないの」

トワの体が小さく震え始めたのが、足を乗せた太腿を通して伝わった。

「前回の……、戦闘の時、私、本当は、ほとんど周りが見えてなかった……」

「!?」

彼女の声からは完全に力強さが消え、か細く小さな声でかろうじて言葉を紡いでいるという印象だった。トワはヒロミの両腕をすがるように掴んだ。その手も同じく震えていた。

「操ることはしていたけれど……、全部じゃない」

「……え?わ、私だって、言われたとおり、ただ乗っていただけだったよ?じゃ、誰が……?」

ヒロミは困惑して尋ねた。トワは顔を上げた。そしてヒロミの方を一瞬見つめると、ゆっくりとその視線を下ろした。


 「!?……シーロトワミが、ってこと!?」

ヒロミは驚いた。そして声が大きすぎたことにはっとした。

「……もちろん、全部ではないと思う。操っている、というより……私たちを導き、力を引き出している、そんな感じだった……」

「うそ!!」

ヒロミは小声でそう言い返した。

「でなければ……、私の今の状態で、あんな動きができるわけがないんだ……」

トワは落胆しきった様子でそう言った。


 「待って。……待って!……だって……」

ヒロミは困惑した。そして前回の出撃から帰還までの出来事を思い返してみた。ヒロミは何をしていただろうか。何を感じていた?敵の気配、射撃のタイミング、そんなものはヒロミも察知することができた。できたと感じていた。それらは驚くほど俊敏に、精緻に、トワや機体と連動し行動に繋がっていた。ヒロミはその迅速さに驚いたが、ヴォイアースの操縦はそういうものなのだろうと考えるにとどめていた。トワが操っているから、ということもある。最強の機体に最強の操士であればこのような動きも可能なのだろうと、そう信じるしかなかった。


 実際にはそうではなかった、ということだろうか。ヒロミが自身の感覚が鋭くなっていたように感じたのも、ただ単にシーロトワミが感じたことに同調し、共感していたに過ぎない、ということなのかもしれない。

「……そんなことが……、出来るの……?」

それが率直な疑問だった。何よりも、戦闘前こそ不安定に思えたトワの様子だったが、戦闘中の彼女は普段と変わらず強気で突き抜けた戦闘能力を貫いていたではないか。戻ってからもまだ戦えると言っていた。ヒロミはすっかりその言葉を信じ、そして安心していた。それも実際は違ったというのか。

「分からない……。出来るんだろう……。シーロトワミの感覚を通して、あの時の私は、見て、動くことができていた。その感覚を、シーロトワミと共有できる限りは……、まだ、戦えるだろう」


 「だから、本当は――……」

トワは絞り出すように言葉を続けた。

「ここへ来るべきかも、悩んでいた。答えが出なかった。実際体力も相当衰えている。かろうじて私はここまで辿り着くことが出来た。だがもし、戦える状態にないのならば、ヒロミの命も道連れに奪ってしまうことになる。そんなのは絶対に嫌だ。絶対に……。だから、心韻を繋ぐこともできなかった。私一人で戦いに赴き、後のことはヒロミに託す。そうしようと……」

「バカ!!何を言ってるの!!」

ヒロミは珍しく怒声を発した。そして両手でトワの顔を掴み、しっかりとその瞳を見つめた。

「そんなの、私だって絶対に嫌!絶対に嫌!!何のために手術したと思ってるの!?あなたと戦う!とっくにそう決めたの!一人で勝手に行こうだなんて、そんなの絶対に許さない!許さないから!戦って!!私と!シーロトワミと一緒に!!そして帰るの!ここに!!」


 トワは目に涙をため、ヒロミの胸に顔を埋めた。

「あなたが……、あなたの姿が見えるうちに、会えて……、本当によかった……。私も、絶対に嫌。ヒロミとずっと一緒にいたい……。けれど、色んなことを考えたの。イムリを、リチイを、アーネイを見捨てるわけにはいかなかった……。あの子たちには助けが必要だから。そしてヒロミ、あなたを失いたくなかった。ここで出会ったら、弱い私が出てしまったら、もう戦えないと思ってた……。けれど……、ありがとう!ヒロミ。まだ私は戦える。もう一度、あなたと戦いたい!」

ヒロミは頷き、そして強く唇を重ね合った。


 再び見つめたトワの瞳は確かにヒロミを見つめ返しているようでもあり、どこか遠くを見ているようでもあった。周りが見えていないという言葉にも真実味が感じられた。再会したフェイミの瞳のように完全に輝きが失われているわけではないが、既に瞳の周辺からはその兆候が現れているようにも見えた。ヒロミには恐怖もあった。寿命が近付きつつある彼女を戦闘に駆り立ててしまっていいのか、という迷いがないわけではない。引き止め、再生に入ることを促すチャンスがあるとすれば今しかないだろう。しかし今のヒロミにはその選択は出来なかった。戦闘に勝利し、再びここに戻る、そしてトワを蛹に還すことが出来る。そんな自信が湧き上がり、抗しきれない原動力となってヒロミを突き動かした。その感覚こそが、シーロトワミの導きによるものなのかもしれない。そんなふうに感じていた。ヒロミはトワと別れた後に起こったことを思い出した。アーネイの予言めいた言葉の意味が分かったこと、トワからもらったものに助けられたこと、を。すっかり伝えるのを忘れていたのだ。


 「ねぇ、トワ……」

ヒロミはトワの髪に触れながらそう語りかけた。

「「――いちゃつくのもいいですけど、そろそろ作戦説明が始まりますよ、ヒロミさ・ま!」」

全体に共有される心韻を通じて、割って入るようにそんな言葉が届いた。その口調はルルアのものだ。あのような事件があってもなお話し掛けてくるメンタルは大したものだとヒロミは感じた。彼女の機体は同じフロアに待機しているが肉眼で視認できる範囲にある。ヒロミは強く睨み返すようにその方向を見つめた。モニター上のルルアもこれまでのいたずらっぽい笑顔とは異なり、口元にこそ微笑みを浮かべてはいるがどこか複雑な表情を見せていた。彼女がまだ無事でいることだけはヒロミを安心させた。国のため、女王のために動く限りは処分からは免れるのだろうか。それもそもそもが仮定の話だ。ヒロミは気持ちを切り替えることにした。


 トワと再び軽くキスを交わし、ヒロミは這い出るように前部座席を抜け出し後部座席へと移った。警報はいよいよ大きく響き渡り、作戦説明が開始された。


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