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 およそ地球人類にとって、地球外生命体とは長年の間想像上の産物でしかなかった。フィクションや学問においてその成り立ちや生活形態含め様々な想定がなされたが、科学技術の発展に伴い幾例かの生命体との「接触」が実際になされてみると、彼らはさほど地球人が思い描く「生命体」の範疇からは逸脱していない存在だということが分かった。すなわち、酸素呼吸をし陸上生活が可能な、知性をもつ多細胞生物で、地球人にとって認識が可能な三次元に肉体が存在する、「異星人」と呼ぶにふさわしい生命体、である。


 星間航行技術が目覚ましい進歩を遂げたこの時代においても、そうした彼らとの間にはついに壮大な宇宙戦争や活発な異星間交流は行われることがなく、地球にとって五例目となるここ、おおぐま座の周連星惑星の一つ「ネーリ」の発見とその住人「ネーリア(ネーリ人)」との接触のニュースにいたっては、もはやさほど驚きをもって迎えられることすらもなかった。この星もおそらくは未開の宇宙と同じく、多くのチャンスやロマン、そして危険に満ちていることであろう。しかし何にもまして、その渡航に要する金銭的・時間的な”手間”が、遠く離れた星に住まう地球人にとって大いに興味・関心を遠ざけているのは間違いなかった。


 宇宙植物学の研究者である地球人女性ヒロミ・クロカワは、そんな莫大な費用をかけた数週間近い航行を経て、ようやく目的地に到着しようとしている地球からの訪問者の一人であった。

「しかしどうだね!この待遇は、え?」

不機嫌そうに周りを見回しながら先般から同じような苦言を繰り返しているのは、対面座席に座る今回の渡航の地球からの同行者、文化人類学者のダニエル・オースティン博士である。地球においては世界的な著名人でもあり、メディア受けの良いフレーズや時代を読み解く大著を数多生み出してきた人物だ。ベッタリと固めた髪に黒光りする肌、たるんだ肉体を締め付ける白のスーツ、白い靴、このままニュースショーに出演してもおかしくない出で立ちに見える。対するヒロミは、実験室から出てきたままのようなツナギの作業服姿にほぼストレートの黒髪セミロングという、飾り気のない風貌だった。


 彼らの乗る降下艇の座席の周囲には他に話しかけられる相手などおらず、頻繁に起こる鋭い揺れの衝撃に髪をおさえながら、ヒロミは

「えぇ……」

とぼんやりした相槌を打つよりほかなかった。窓の外は分厚い雲に覆われ極端に視界が悪い。いまだネーリの大地は見えなかった。


 氏の苦言は航行中も顔を合わせるたびに繰り広げられていたものだった。この星間移動は、5つの居住可能惑星と13の中継地を繋ぎ、星間合同で運営されている便の一つである。地球と惑星ネーリはその両端に位置する。それぞれの中継地点間の移動に要する体感時間自体はわずかなものだが、各停泊地での貨物の積み下ろしや乗客の乗降を待つ時間はそれに比して極端に長く、小規模ないざこざが起こっているような政情の安定しないエリアでは数日から数週間に及ぶ出発の延期もしばしば起こった。船外に出ることが許されないケースや、貨物港のように荷物以外に目ぼしい施設が何もないような場所も多く、コミニュケーションが成り立つ地球から乗り続けてきた客もほとんどおらず、さらに終点近くでは完全にヒロミと博士しか乗客がいないというような道中ともなると、否が応でも氏との会話に応じるしかなかった。


 ヒロミは、地球の国際機関である国際宇宙開発局に研究員として務める職員である。その傍ら大学にも籍を置いていた。遠く離れた惑星に対しては地球人として根源的な興味もあるが、学者としての科学的な関心も当然持ち合わせている。今回の渡航は自らの母星と共通のルールで結ばれる、何らかの知的な基盤をもたらすものであろう。多くの費用がかかっていることから来る義務感もあるが、そうして得られた知見を純粋に社会に還元したい、という思いも強く、またそうすることこそが学者としての本分だということを彼女は疑っていない。そこにかける情熱や信念も十分に持ち合わせていると思っていた。


 だがどうやらこの目の前の人物は違うようだ。氏にとっては何よりも重要なのはまず人脈を広げることだという。幾度も聞かされた交友関係自慢によると、学者仲間は当然として、アーティストや政治家、資産家、そしてヒロミですら挨拶程度しか交わしたことのない彼女の働く宇宙開発局の局長とも面識があるという。なんでもネーリでの滞在が終わった後には数冊の本の執筆・出版が既に契約で決まっているということだ。いまだ謎の多いネーリでの生活はネタとしては格好であろう。情報が広まれば交易も盛んになるかもしれない。おそらくそうやって成果を上げてきた人物なのであろうし、今回もこれまで同様の影響を世界に与えるであろうことはなんとなく認めざるをえない程度には、彼の話には説得力があった。


 しかし氏の言動の端々には、どうにも対象への”敬意”のようなものが欠けているように見えてならない。今回の渡航の名目は「技術・学術交流」である。現地での研究活動が第一義であるとヒロミは当然のように認識していた。帰郷後にはその成果を論文にまとめ、博士の学位取得を目指している。晴れて達成の暁には――、彼女の話は大抵その辺で遮られた。そういう学問一辺倒な姿勢がそもそもダメだ、と、地方の三流大学の臨時講師で終わるのがオチだ、そんな人間を何人も見てきた、と続く。どうしたらプラスになるか常に考えて、次につなげていかなければいけない、そう力説するのだった。すでに根回しは済んでおり、到着後はすぐさまネーリの高官や要人との会談・会食が控えているのだという。これまでも派手めな服装を目にすることが多かったが、今回のスーツ姿はどうやらそのためのもののようだ。


 「国外の客人でも丁重にもてなすものだろうに、まして別の星からやってきた”賓客”だろう?私らは。違うかね」

あまりに乗り心地の悪いその乗り物での移動に、博士の不満はさらに募っていた。

「まったくひどい揺れだ、大気圏突入から30分くらいで到着という話じゃなかったかね。もう座席が小さすぎて体が痛いんだよ!我々は虫じゃないんだから」

「……ま、まぁ安全を考慮して時間をかけているのかもしれませんよ、天候が不安定だって出発前に言ってましたから」

せいいっぱいにこやかにヒロミは言葉を返した。

「何だ君、ここの言葉分かるのか!」

「た、多少は勉強してきましたから……」

へー、熱心なもんだね、としきりに感心の言葉を口にしているが、そのトーンは半ば小馬鹿にしているようにすら聞こえる。「文化人類学者」としてのオースティン氏の態度に対するヒロミの落胆の度合いはますます増していた。


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