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<<圏域>>で暮らそう!  作者: 互換エビ
6/6

#6 「入圏アイドル」

「新作のカボチャ味、好調だったね」

「うん!狙い通りだったよね~。秋の味覚!あまあま、ほくほく」

「ほくほくはしないでしょ、この場合…」


この前のスリリングな廃墟探訪から2か月ほど経った。

暦の上では秋も深くなりつつあるが、圏域グンマーの気候は高温多湿。

9月も半ばになった今でも、ひびが入ったアスファルトの路から日差しが照り返し、私の肌をジリリと焼く。


そんな暑さ続く時期が、ミーナにとってはビジネスチャンス。

今日は彼女と一緒に、かき氷を売りにタカサキ・シティへやって来ていた。

雪山生まれの彼女がこの暑いタカサキの街へ降りてきた理由は、人間の文化に興味があったからだそう。グンマー圏民の文化を知る(+おこづかい稼ぎ)のために、こうしてリヤカーを曳いて歩いているという訳だ。


「たのしみだな~」


歩きながら、にやけ面で間抜けな声を出すミーナ。

彼女の手にあるのは、しっかりとした質感の細長い紙切れ。

今夜、タカサキ・シティのとある場所で行われる音楽ライブのチケットだ。

チケットには「晴海うみ」の文字。


「晴海うみ」とはインターネットの動画サイト"NumaTube"発のアイドル。

NumaTubeのユーザー、通称「沼厨ぬまちゅう」の間ではカリスマ的存在だ。

彼女が自作曲を歌うライブ配信は、毎回視聴者ランキングの上位に食い込んでいる。ファンからの通称は、はるみん★。


…と、この知識は全部、ミーナからの受け売り。

ネットへの接続が困難なこのグンマーの地にいるにも関わらず、情報通の彼女はリサーチを怠らない。圏外から数週間遅れで入ってくる雑誌などから情報を集め、ファイルにまとめている。

ネット環境のない場所で、ネットの流行について聞くことになるとは思わなかった…しかも、相手は人間じゃなくて、精霊。


「おやや?」


ミーナが突然、声を出した。

前の方に見える路上の赤いベンチ――の上に、人が仰向けで寝転んでいる。

私とミーナはドキリとして、慌てて駆け寄る。

ベンチの上にいたのは、白いワンピースを着た女性。白くて大きな帽子を日除けにしている。


「だ、大丈夫ですか…?」

「……ウーン…」


帽子の下から力ないうめき声が聞こえた。よかった。意識はあるみたいだ。

ひとまず安心したが、顔色は白くて生気がない。


「ちょっと待ってね!」


ミーナはリヤカーに積んだ機材に氷を入れ、スイッチをオン。

プラスチックのカップの中に手早く氷を削り出して、上から赤いシロップをかける。


「ほいっ、お待たせ」


ミーナがいちごのかき氷をベンチに置くと、女の人はゆっくりと身体を起こして、カップを手に取った。

口にひと匙運ぶごとに、ゆっくりと元気を取り戻しているのが彼女の顔色でわかった。


「よかった…」

「やっぱり日差しのせいだったんだね」


かき氷を食べ終わった女の人が口を開いた。


「あ、ありがと~……」

「!?」


安心したのもつかの間。彼女の身体から力が抜けていき、ベンチの上に再びフニャリと倒れてしまった。

ただ単に、めちゃくちゃ体力ない人みたいだ…


「ありゃりゃ」

「…ごめんなさい~」

「謝らなくても。あの、入圏者の方ですよね。よかったらお宿まで…」

「大丈夫。急ぐので~」


ベンチからヌッと立ち上がり、帽子を被り直してフラフラと心許ない動きで去っていく彼女。

その様子はまるで軟体動物のよう。心配そうにミーナが呟く。


「ホントに大丈夫かな~?」


ふと、女の人がいた赤いベンチに目を向けると。

彼女が食べていたかき氷のカップを置き石に、何かが置いてあるのに気づいた。

手のひらサイズの、角張った厚紙。この見た目で、私はすぐにわかった。

グンマー圏の通貨、カルタだ。


「ちゃんとカルタ置いていってくれたみたい」

「わぁ、良いのに~。律儀な人だねぇ」


ミーナは申し訳なさそうにカップの下のお金を手に取った――次の瞬間、私たちは目を丸くした。

置いてあったカルタの額は、日本円で言っておよそ1万円ほど。介抱への感謝の気持ちだとしても…高すぎる。


「「めっちゃ高額!!?」」


カルタには、鶴が羽ばたく姿が大きく印刷されている。カルタの中でも、最高額のものだった。面食らったミーナが呑気なコメントを口にする。


「り、律儀で太っ腹…」

「いやいや!あのボーっとした感じ…絶対違うでしょ!」

「入圏したばっかりで、カルタの使い方を知らない…とか?」

「まだ近くにいるはずだよ!探さなきゃ!」


流石に、この金額は受け取れない…私はミーナを促して、辺りを探してみることにした。


◆◆◆


赤いベンチから離れて周辺を探してみたが、女の人は見つからない。

細い路地を覗いてみると…白いワンピースと大きな帽子。さっきの彼女だ。

路地裏の日陰で体育座りをしている。


「逃げ足速かったね~」

「いや、逃げてないでしょ!…あ、あの、お金!」

「…なきゃ」

「えっ?」

「急がなきゃ、なの…」


か細い声で女の人が答えた。


「あの…どこへ行くんですか?よかったら、送っていきますよ」

「えっ…」

「グンマーは初めてですか?この熱気だと歩くだけでも辛いですよね」

「…ありがとう」

「それと、さっきのお金…」

「あれはいいの…気持ちだよ」

「いえいえ、それにしたって…」


地べたに腰を下ろした女性が、顔を上げて答えた。

帽子の下から彼女の顔がチラリと覗いた瞬間。


「は、は、は……はるみん★!!?」


ミーナがとんでもない大声を上げた。…もっとも、私の耳にしか届いてはいないけれど。


「今日、ライブするっていう?」

「うん…!!あのキュートな八重歯と垂れ目。間違いないよ!!」

「会場に向かう途中なのかな」

「こんなところで会えるなんて…でもなんか、いつもと違うな……」


どうやら、画面の中でいつも見るはるみん★とは雰囲気が少し違うらしい。

私は彼女に声を掛けてみることにした。


「あの、…アイドル?の方ですよね?」

「…バレたくなかった」


俯くはるみん★さん。


「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ」

「いえ。こちらこそ…私が体力ないせいなの」

「はるみん★…」


気の毒そうに呟くミーナ。私は彼女に目配せをして、囁いた。


「いつもはこうじゃない…んだよね?」

「うん。もっとクールで、キリッとしてて…」


このうだるような暑さと湿気のせいも勿論あるだろうけど、理由はもしかしてそれだけじゃないのでは…


「歌わなきゃ…17時…ジャノヒゲ・デパート…」

「!…たいへん、ライブの時間が!」


私は腕時計を見た。時計の針は16時半。あと一時間、か…。

会場のジャノヒゲ・デパートがあるのは、タカサキ・シティの中心部。

今いるのは街のやや外れだが、急げば、デパートへは数十分でなんとか着くだろう。

しかし、はるみん★さんの今の状態を考えると…


「わたしに任せて!」


ミーナが叫んで、リヤカーのハンドルを強く持ち上げた。

リヤカーに彼女を載せて、運ぼうというつもりらしい。


「シズク、会場に向かってて!時間稼ぎ、おねがい!」


なかなかの無茶ぶり――しかし、そうも言っていられない。

ミーナの提案通り、私はジャノヒゲ・デパートの方向へ向けて走り出す。


◆◆◆


「ハァ、ハァ…着いた…」


時計の針は16時40分。ジャノヒゲ・デパートの入口。

力の限り走った結果、想定より早く到着することができた。


会場は地下の催事場だ。エントランスホールの隅にある階段を見付けたので、急いで下へ。

階段を下りきったところでは、今夜の観客らしい人たちが大勢たむろしている。

さて、スタッフの人に事情を説明しないと――と思った次の瞬間、後ろから大声が聞こえた。

驚いて振り返ると、そこにいたのはグンマー圏民の男性。会場のスタッフのようだ。


「あ、あの!実は、はるみん★さんが…」


私はさっそく、事情を説明しようとしたが、男性は安心と興奮とが混ざった表情で言葉をまくしたてている。

しかも方言アクセントが強すぎて、内容が聞き取れない…。


と次の瞬間、男性は私の肩を強めに掴んで、押しやるように廊下の奥へ連れて行こうとする。

ここで、ようやく事態を飲み込んだ。


「…ほ、本人と間違えてる!?」


おいおい、演者の顔も把握してないのか?いくらなんでもいい加減すぎやしないか?…どんどん廊下の奥へと連れられていく。

どうやら本当に、私を舞台の上へ案内するつもりのようだ…。


こうなってしまったら、仕方がない。

はるみん★さんが到着するまでの間、ステージの上でなんとか時間を稼がないと…!


――数十秒後。私は舞台袖の控え室にいた…実に珍妙な姿で。

円すい型の真っ赤な帽子(先端にはフワフワ)。レイバンの、やたら大きいサングラス。

ロッカーの中にあった装飾品たち。ステージ映えするかと思って身に着けてみたけれど…

どう考えてもこれ、100円均一ショップのグッズだ…。

「私が主役です」と書かれたタスキだけはそっと、箱に戻した。最後の抵抗のつもりだった。


ステージの端から、こっそりと客席を覗いてみる。

そこまでは大きくないホールだ。通っていた高校の会議室を思い出した。

だけど、客席は満席に近い。お客さんは40人以上はいるだろうか…。


どうしよう――緊張で冷や汗が止まらない。

そうだ、こういう時はお客さんをカボチャだと思えば…いや、違う。何の野菜だったっけ。

カボチャという言葉で、ミーナのことを思い出す。

あー、どこで何をしてるんだろ。お願いだから早く来て…!


背後から声が聞こえて、ハッと我に返る。

さっきの係員の男性だ。小声でがなりながら、腕時計を指さしている。

「時間だ」ということらしい…。

私は腹を決めて、ステージへと飛び出した。


「あー…どうも……本日はお足元の悪い中…」


そう口にした次の瞬間、カンカン照りの屋外が頭に浮かぶ。…ダメだ。混乱してる。


「ええ…しかしみなさんお綺麗ですね…こちらから順番に……べっぴんさん…」


そう言って自分が手で指した客席には、屈強な男性の姿が。

彼の着ているパツパツの白いランニングには、「はるみん★最高」の文字。


…次第に、会場がザワついてくるのがわかった。

恥ずかしさで死を覚悟したのは、今日が初めてだ。


私が自分の運命を悟りかけた、その時。

プツン――という音が聞こえて、ステージライトが突然消えた。真っ暗闇になる会場。

数秒後、会場の明かりが再び灯る…同時に、ひんやりとした肌触りを感じた。

ステージの上、客席…ステージライトを浴びて、何かがキラキラと輝いている。


そこで、隣に人がいることに気付いた。

まっすぐに伸びた背筋。ひんやりとした空気の中でなびく長い黒髪。

そして――白いワンピース。


「ダイヤモンドダスト~」


舞台袖。電源盤のレバーに手をかけているミーナを見付けた瞬間、安堵のあまりちょっと泣きそうになった。

「覚醒」したはるみん★さんを後目に、そそくさとステージから退散した。


「みんな、ついてきて!」


彼女がマイクに向かって言った瞬間、客席から大歓声が響く。

カリスマアイドル、はるみん★のライブの始まりだ。


◆◆◆


「はぁ~、こんな間近で観れるなんて……」


ミーナが恍惚とした表情で言った。

ライブが終わった後、私たちはタカサキ・ギンザのアーケードにある喫茶店ではるみん★さんと落ち合った。お礼がしたい、という彼女からの嬉しいお誘いだった。

ステージに上がったとき、打って変わってキリッとした雰囲気に変わっていた彼女だったけど…。


「アレが私の素の姿…なんだけど、キリッとしなきゃいけないときは酸っぱいモノを食べるの」

「そうだったんですね…梅干しとか?」

「そうそう」

「持ち歩いたりしないんですか?」

「もちろんするわ。けど今回は長旅だったから、うっかり道中で切らしちゃって…」

「なるほど…」

「この暑さもあって、行き倒れってワケ」


サラッとしたノリで語るはるみん★さん。「ってワケ」って。


「あなたたちのかき氷のおかげで助かったわ」

「『梅シソりんご酢』味、やっぱり用意しといてよかった~」

「今まで1度も売れたことなかったけどね…」


ふと、彼女から受け取ってしまったお金のことを思い出した。


「あの、いただいたお金――」

「いいの。私の気持ちだよ!」

「でも…」

「…さてと、私はこの辺で。しずくさん、ユニークなかき氷をまた食べさせてね」


はるみん★さんはそう言って、片目でウィンク。

そして――ワンピースの胸元からサングラスを取り出して、身に着けた。

白い帽子にワンピース、なびく黒髪…そして、レイバンのサングラス。

彼女は片手を挙げて挨拶しながら、喫茶店を颯爽と去っていった。


「…やっぱり、カリスマが使うと違うな……」

「しずく?」

「いや!…なんでもない」


ステージ上でのあの痛々しい事態を思い出して…また血の気が引いてきた。

しばらくは、ことあるごとに思い出しそうだ…。

はるみん★さんから(私が代理で)受け取ったサインを眺めてご機嫌のミーナをよそに、一人で頭を抱える私だった。

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