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<<圏域>>で暮らそう!  作者: 互換エビ
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#4 「クロイワ - 1」

タカサキの街の外れに佇む、鬱蒼とした森。

通称、グンマーの森。周囲を柵に囲まれた、野球場3個分ほどの広さの森林地帯。かつてはその敷地の一部が日本陸軍の火薬庫としても使われていたそうだが、今では森の入口は固く封じられ、近づく者は誰もいないのだが。

近頃、柵の中に夜な夜な蠢く人影が見えると、近隣のグンマー圏民から耳にした―


「おい、タナベ」

荒っぽい口調で呼びかける声で、目を覚ました。椅子から体を起こす。無理な態勢で寝たせいで、肩や腰がやや痛む。

俺を呼んだのは、アラフネ。こっちに来てから出会った精霊だ。

彼はミリタリールックな服装を着こなした、若い男の見た目。精霊とは言っても、彼らは服をまとい、人間とそう変わらぬ姿をしているのだ。

いつもの態度は粗野だが、繊細で緻密なところも持ち合わせていて、多いに手助けしてもらっている――俺の仕事を。


俺の名前は棚部たなべ圏域グンマーへ来る前は探偵として生計を立てていた。

当時追っていたある案件に関する調査のため、この地に足を踏み入れた。二年前の話だ。

タカサキ・シティにある雑居ビルの一室をタダ同然で借り受けて、事務所として使っている。

ここで受ける仕事は、探偵業というよりは雑用めいたものがほとんどだが、それらをこなすことでまあ、なんとか圏域での生活はできている。

しかし「案件」の方はなかなか進展がなく、いささか焦っている、というのが正直なところだ。


「最近よくボーっとされますね。疲れの蓄積では?」

背後から女の声が聞こえる。

銀色の防護服で身を包んでいるかのような、異様な出で立ち。彼女の名前は、シュウ。

彼女は俺のもう一人の精霊だ。一人の入圏者に二体の精霊がつくというケースは、そう多くはないらしい。入圏者が生来持つ「力」の大きさに応じた現象だとも言われている。探偵としての俺のスキルや経験に呼応してのことなのだろうか?


「これから出掛けるってのに、ボサッとしてんなよな」

「ですね。急ぎましょう」

アラフネとシュウの言う通り、これからグンマーの森の噂に関する情報提供者との面会だ。

グンマーの森の噂について聞いたとき、俺の追う「案件」と何かしら繋がるのでは、という直感があった。

身支度を済ませ、車に乗り込む。


◆◆◆


朝8時。

事務所から車を走らせることおよそ30分。到着したのはグンマーの森…ではなく、タカサキ・シティ郊外の廃工場。

相手から指定された面会の場所は、ここだった。敷地内に車を乗り付け、工場の建物の中で待つ。


しばらくすると車のエンジンの音が近づき、やがて止まった。車のドアが開閉する音が聞こえる。

一人の男が工場の中に入ってきた。年齢は30代前半、のように見える。黒いズボンとシャツをキザに着こなし、飲みかけのコーヒーが入ったプラスチックのカップを片手に持っている。


「やあやあ、どうも」

コーヒー片手に、飄々とした調子で男が言う。


「いけ好かねー奴だな…」

アラフネが男を貶した…が、精霊の声や姿は主たる俺以外には知覚できない。


「クロイワさん、ですね」

「ええ、そうです」

「グンマーの森での噂について、何かしらご存じのことがあるとか」

「知っていますよ」


その時。

サブマシンガンを持った男が3名、無言で物陰から姿を現した。


「あなたには教えてあげませんけどね」


「…ハメられましたね」

こともなげにシュウがつぶやく。


「最近、グンマーの森の件を嗅ぎまわってる輩がいると騒ぎになってましてね…」

「知られたらマズイことでもあるのか」

「ええ、とてもマズイです。なので消えてもらいます」


クロイワが指をパチンと鳴らすと、男たちは一斉に引鉄を引いた。建物の中に、激しい発射音が鳴り響き始める。

俺たちに向かって飛んでくる銃弾。

―しかし次の瞬間、銃弾は俺たちの目の前で急速にスピードを落とし…ポトリと地面に落ちた。


「な…ッ」

「…セコい真似しやがるな」


不愉快そうな顔で呟くアラフネ。

彼の着ている腰のポーチに付いたポケットのボタンは外れて…中から、糸状のものが垂れ下がって見える。次の瞬間、空中から白くて丸い「何か」がふんわりと落ちてきて、アラフネの頭の上に着地。


「フニフニちゃん。」

「おい!…そう呼ぶなって言ってるだろ」

アガツマがシュウを睨みつけて怒鳴る。


アガツマの能力―それは、「糸」を自在に紡ぐことができる力。

それを可能にしているのがこの「フニフニちゃん」という訳だ。

今ここには、10匹はいるだろうか。手のひらサイズ、白くてフニフニとしそうな見た目は、アラフネの外見や性格とはギャップがあり…正直、可笑しい。


唖然としている様子の男たち。しばらく間をおき、再び俺たちへ向けて銃を乱射し始める。

同時に、アラフネが手を頭上にかざすと、「フニフニちゃん」たちが空中を旋回し始め、次第にスピードを上げていく。

瞬時に俺たちを包む2メートル大の「繭」が完成し、銃弾の嵐を受け止める。


「こいつ何を…!」

クロイワが歯をむき出しにする表情が、糸の繊維越しにうっすらと見える。


「しかし墓穴だったな!閉じ込められて身動きは取れまい!」

クロイワが駆け出すのが聞こえる。建物の外へ向かっているらしい。

さしずめ、車で突っ込むつもりなのだろう。


「終わり、ですね」


突如、クロイワの足音が途切れ、ドサッという音が聞こえた。


◆◆◆


相手が無力化したのを悟った俺たちは、繭を手で裂いて外へ出た。

クロイワは地面に突っ伏し…呻き声を上げている。


「しばらく痺れる程度だと思いますので、ご安心を」

シュウは相変わらず他人事のような口調で、冷静にクロイワに告げた。


シュウの能力は、毒の生成。

毒を操り、相手へダメージを与えるのが彼女の戦い方だ。

先ほどクロイワに使ったのは、恐らく弱い遅効性の毒。クロイワが飲んでいたコーヒーのカップに、知らぬ間に紛れ込ませたのだろう。


建物の外に停められた黒い車。クロイワが乗って来たものだと思われる。

今回の襲撃―どうやら、グンマーの森の件で後ろめたいことのある連中がいるらしい。手掛かりを求め、クロイワの車の扉を開けて車内を伺う。助手席に黒い書類ケースを見付けた。

俺はケースを手に取り、蓋を開ける。中には一枚のA4サイズの紙きれが入っており、何か印刷されている。

まず最初に目に飛び込んできたのは――



日本のへそ


(続く)

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