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<<圏域>>で暮らそう!  作者: 互換エビ
3/6

#3 「廃屋【T】」

峠。とうげ。トウゲ。

いつも、密かに気にしてた。

タカサキの街からカッパピアへ戻る道すがら。なだらかな山の坂道を登りながら、その中腹あたりでそれは、見えてくる。

見上げた先に見える、立体的な「峠」の文字。


おそらく、何かしらの看板―そこまでは、なんとなく察しは付いてるのだけど、

そこに何があるのか、どうやったらたどり着けるのか。この一文字だけではなんとも判断できない。


わたしの名前はしずく。17歳、高校2年生。漢字で書くと「滴」だ。

これがなんだがイヤで、必要なときは、ひらがなで書くようにしている。


圏域グンマー」へやって来た動機は、一言で言えば「研究」だ。

わたしの学校の教育方針は少し変わっていて、生徒はおのおの、自分の興味のある分野を突き詰めるよう求められている。

小さな頃から民族の文化、中でも民族衣装に興味のあったわたし。

数年前から何かと話題だった「グンマー」での研究調査を許可してもらったまでは良かったが…まさかあんな目に遭うとは、思いもしなかった。

とまあ、すったもんだあって、今は精霊のミーナと一緒に「圏域グンマー暮らし」をしている。


ミーナの意識が生まれた場所は、圏域の北にある雪深い山の中だという。

「下界」に興味津々だった彼女はここカッパピアへ陣取り、

ご自慢の「力」で氷を加工しては暑い暑いタカサキの街で売りさばいて、ちょっとしたお金を稼いでいる。


「ねぇ、あれってさ」

「うん?」


ワゴンを慣れた動作で引きつつ、ミーナが相槌を打った。

わたしは「峠」の文字―距離にして、50メートルくらいだろうか―を指さして、ミーナの反応を促す。


「ああ、そう言えば…なんだろね~、アレ」

「何かの施設の跡、とかなのかな」

「…そうだ、行ってみようよ!面白いよ~、きっと」

「えっ」

「あーいうの好きなんだよね~。ロマン?サスペンス?っていうかさ…」


幸せそうな笑顔を浮かべるミーナ。目はらんらんと輝いている。

こういうときの彼女を止める術を、わたしはまだ知らない。

観念して、次の日の彼女の探検に付き合うことにした。


◆◆◆


翌日。お昼の11時を過ぎたところ。

ミーナとわたしは、「峠」の文字の真下にいた。


いつもの山道の周りをつぶさに調べて、やっと見つけた、けもの道のような小路の入口。

そこから森の中へに分け入り、歩くことおよそ20分。


「着いた…」


目的の場所についたとわかったその途端、「峠」の正体はすぐに知れた。

「峠」を支える大きな鉄柱の根元に、「いらっしゃいませ 旅館 峠」としたためられた看板を見付けたからだ。

かつての民宿。それが「峠」の正体だったらしい。

看板のすぐ脇には、平屋建ての建物。窓ガラスは割れ、屋根瓦は所々剥がれている。見るからに廃屋だ。


「よし、いってみよー」


間の抜けた掛け声で廃屋の引き戸を開けるミーナ。何らの躊躇も見られない様子が彼女らしい…などと言ってる場合ではない。


「ちょっと…まずいよ!」

「なんで?」

「だって…」

「ここからが本番だよ。たのしーんだよー」


ミーナは精霊、私はその主。彼女の「力」があれば、一人で探検するよりは間違いなく安全だろう。…でもそもそも、精霊が主をわざわざアブなそうなところへ…。

あれこれ考えている内に彼女の勢いに押し切られ、わたしはついに、引き戸の中に足を踏み入れた。


◆◆◆


カビの匂い。


玄関の引き戸は部分的に割れて、土間にガラスの破片が散らばってる。

底に金属の入った安全靴を履いてきたのは正解だったな、と思った。

とても、靴を脱ぐ気はなれないので、仕方なくそのまま…靴で玄関に上がることの罪悪感。


長く続く木の廊下。埃が溜まっている。

古びたカレンダーが落ちている。書かれた西暦は、今から20年ほど前の7月。

ところどころに書き込みが見られる。ある日付の下に、赤い字が見えた。


【おわり】


終わり。この旅館はこの日で廃業した、という意味だろうか。

廃屋は平屋だがなかなか広く、活気があったころの様子をしのばせる何かしらの雰囲気があった。

かつてはこの廊下を、従業員の人が忙しく走り回っていたのだろう。

…ここの主だった人は、どんな気持ちでその日を迎えたのだろうか。


◆◆◆


「さて、こんなところかな~?」

ミーナが満足気に言う。…内心、少しほっとする自分。


廃屋の中には、ミーナが期待していた通りのスリリングな世界が広がっていた。

客間は10室ほどあっただろうか。どれも和室で、中には畳が腐って抜けた部屋も。

大浴場の跡まで残っていた。浴場の屋根は腐って落ちていて、外でうっそうと茂った雑木林がよく見える。

屋根の穴から圏域に特有の強い日差しが差し込み、浴槽や洗い場のタイルに照り付けていた。

ミーナの言う、こんな探検の「ロマン」。その良さを少し、理解できたような気がした…あくまで、少しだけね。


最初の廊下を、玄関へ向けて引き返していたそのとき…気付いてしまった。

廊下に面した障子戸―その上には、「控室」という札が付いている―の向こうに見える、黒い影。

人の姿によく似た形。

ゆらり、ゆらりと、微妙に揺れているようにも見える。


「み、ミーナ…これってもしかして、ユ…」

「ほりゃさっ」


ミーナは、事もなげに障子の引き戸を開けた。


「うわッ…!!」


思わず、目を手で覆ってしまうわたし。恐る恐る手をどかすと…。

そこには、和風の着物がぶら下がっていた。

着物は女性もののようだ。豪華で洒落た模様が刺繍されたその見た目は、なんとも美しい。


「…なんだ」

「わぁ、キレイだねぇ」


ミーナの呑気な感想。

…違和感。しばらく考えて、その正体に気付いた。

グンマー圏に来てから、こんな様式の和服を見たのは…これが初めてだ。

冷静に顧みれば当然である。グンマーの、この炎天下の中だ。

圏外から来た入圏者たちはさておいて、圏民たちに関しては長袖はおろか、七分袖の姿すら見かけない。

この和服の持ち主は、誰だったのだろう。この民宿の主だった人か、あるいは…。


◆◆◆


「いや~、なかなかのオテマエだったねぇ」

例の細道を引き返し、カッパピアへ向かういつもの坂道へ戻ってきたわたしたち。

坂道を登りながら、ミーナがよくわからないことを言う。彼女的には、今回の探検は満足。要はそういう意味のようだ。


「ミーナはさぁ」

「うん?」

「こういう、廃墟探検?が好きなのは、なんでなの」

「うーん…」


考え込むミーナ。


「やっぱ、スリルとサスペンス?」


聞き覚えのある言葉を返してきた。


「そういうのじゃなくてさ」

「え~?…じゃ、しずくはどう思うのさ」

「えっ」

「今日が初!"ハイキョたんぼー"でしょ?聞かせてよ~」

「……」


この地が「圏域」になる前の人々の暮らしぶりについては、はっきりとは分からない部分が今は多い。

こうして入圏を果たした今でさえ、だ。まるでひた隠しにされているかのようだ。何かが、誰かの手によって―。


廃屋巡りは危ないし、仮にも人様の家に上がり込むような行為には、やはり抵抗がある。でも、彼女とこんな探検を続ける内に、自分の知的好奇心の対象…圏域グンマーの民俗について、何かわかるかもしれない。

…といったことを、取り留めなく彼女に話した。


「…なるほど、うぃんうぃん、ってヤツなのかな?」

「…フフッ」


知った風なことを言うミーナ。わたしは思わず吹き出してしまった。


「あ、笑った~!」

「ごめんごめん。でも、悪くないなって思ったよ…ちょっとだけね。それに…」

「それに?」

「…なんでもない」

「えーっ、なんかヤダ~」

「……」

「ね~ったら~」


それに、ミーナの「力」があれば、安心だしね…。

なんだか照れ臭くて言えなかった言葉を飲み込んで、わたしはミーナと山道を登っていく。

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