#2 「昼下がり、ジャノヒゲ・デパートで - 2」
「ここは、結構古いお店?…みたいです」
やや要領を得ないシノブの説明によれば、ここジャノヒゲ・デパートは、このタカサキの街で最も歴史がある百貨店らしい。
時間は正午を少し回ったあたり。腹はペコペコ。
エスカレーターで、レストラン街があるらしい最上階へ。
最上階に上がると、火を通した食べ物のにおいが漂ってきた。
立ち並ぶ店のラインナップは、中華料理屋、ファミレス風の店、和食屋…などなど。
グンマー圏にも、いわゆるフツーのデートスポットはあったんだな、と思った。
少し悩んで、ファミレス風の店に入った。
店内には他に客が2組、どちらもグンマーの圏民らしい。店の活気はないが、ゆっくり過ごすのには快適そうだ。
しかめ面をした色黒の男性店員―これまた、グンマー圏民のようだ―が、人差し指を一本立てて首を傾げ、俺の目を見てくる。
(一人か?)
そういうことだろう。精霊の姿は、主たる俺以外には見えないというのは本当のようだ。
テーブルに置かれたメニューのヨレた表紙には、そっけない書体の黒色で「日本語版」という印字。
若干不安な気持ちでメニューを開く…が、メニュー名の横の写真を見る限りだと、まあ美味そうだ。ハンバーグ、カレーライス、オムライス…バリエーションも、俺がよく知るファミレスとそう変わらない。
「セットでドリンクバーがお得」
なんと、こんなサービスまで。
感心してカウンターの脇のコーナーを見やると、ウォーターサーバーのような機械がガウンガウン、と音を立てていた。ガラス容器の部分には、形容しがたい色の液体を湛えているのが見える…
「アレは、飲まない方がいい…かもです…」
シノブが所在なさげな声で言った。全く、その通りだ。
色黒の男性店員に声をかけ、オムライスを注文した。
店員はグンマー圏民のようだが、デパート内では「瘴気」の影響が薄いせいか、日本語での意思疎通はできた。
…注文から20分ほどは経っただろうか。料理の到着がなかなか遅い。
もう5分ほど待って、オムライスが運ばれてきた。
「いただきます」
自分は早口で言うと、スプーンを手に取ってオムライスを口へ運んだ。
期待していたよりは口に合う味だった。可もなく不可もなく、スキー場や観光施設で食べる料理の味、といった趣。
オムライスを食べる俺をしげしげと見つめてくるシノブ。…落ち着かない。
「食べてみる?」
「…」
無言。
食べたいのか食べたくないのか、判断しかねる表情の彼女。
「ずっと見てるからさ」
「ごめん、なさい…」
「…謝らなくてもいいけど」
精霊であるシノブは、人の形をしてはいるが食事を必要としない。
ただし、口に含むことで何となくの味を感じることはできるそうだ。
「…どう?」
「……」
またしても無言。
もどかしくなった俺は、机上の小さなカゴから新しくスプーンを取り出してシノブに差し出す。少し、照れ臭かった。
「…ほれ」
そう促すとシノブはスプーンを手に取り、一瞬躊躇した後でオムライスを一口取り、口に運んだ。
「お味は?」
「…オツな味、です」
「なんじゃそりゃ」
シノブのよくわからない感想を聞きつつ、俺はスプーンを動かす。
「ありがとう…ございます。…ニンゲンさん」
「モリオ」
「…モリオ、さん」
たどたどしい口調でシノブが返す。自己紹介、初めてじゃないんだけどな。
「ニンゲンさんがごはん?食べるのって、なんだか、不思議だなって」
「不思議?」
「…はい。食べるものも、食べ方も、みんなそれぞれ、違ってて…」
人間と、自分との違い。
入圏者の力となる精霊という立場で、彼女なりに熟慮してきたのだろう。
精霊は、自身の内的なものと強く呼応した結果として召喚される…カッパピアに足を踏み入れた日、入圏者からそんな話を耳にした。
―俺の中の、どんな部分が彼女を呼び寄せたのだろうか。
◆◆◆
「う~~ん…」
タカサキ・アーケードの下。カッパピア方面へ向けてシノブと歩きながら、小さく唸った。
昼食を食べ終わった俺たちは、デパートを出てタカサキ・エイガカンへ向かい、ちょうど上映が始まる直前の劇場に飛び込んだのだった。
会場内にあった作品紹介のポスターからすると、先ほど観たのはかなり前の映画だったらしい。
話自体が難しかったのに加え、フィルム状態の悪さのためかところどころ映像が乱れたりしたため、ストーリーの流れがわからなくなってしまう場面もあった。
だけど、シノブの表情はなんだか満足気に見える。
「楽しかった?」
「…たぶん、そう、かも?」
相変わらず、ハッキリしない答え方。それでも…初めて聞くんじゃなかろうか、彼女の「一応」肯定的な意見。
「どうでしたか…?えと…モリオさんは」
いつの間にかきちんと名前で呼びかけてくれている。
…今日一日でちょっとは、打ち解けられたのかな。
「ちょっと、ナンカイだったかな。でもアレは良かったよね。ほら、あのシーンの…」
なんだか嬉しくなった俺。
先ほどよりも饒舌にシノブに話している自分に気づいた。