#1 「昼下がり、ジャノヒゲ・デパートで - 1」
「あの…良かったら…一緒に行きませんか…?」
彼女は、自信なさげに喋った。これって、デート、というヤツでは…!?
…お相手は、人間じゃないけど。
俺の名前はモリオ。21歳。ご推察かもしれないが本名じゃない。こちらへ来てから名乗り始めた名前だ。彼女の名前はシノブ。この「圏域」の地から生まれた精霊の1人。
ここへやって来た目的は、一言で言えば「スリル」。ネットのアングラSNSで日々流れる、この土地に関する噂。その真偽の程を確かめることで、日常の退屈を紛らわせたい…そんな軽いノリで検問所から入圏したのが数日前のことだった。その日の内に、ある出来事がきっかけで彼女とパートナーになった。…それは恐ろしく、俺の心と身体に痛烈な印象を残した「事件」だったのだが…それについて語るのはまた機会を改めるとしよう。
今回のデートのきっかけは、一枚の映画のチケットだった。
「オウ新入り、これやるよ」
昨日の夕方、俺たちが常宿を構える「カッパピア」の広場でうろついていると、突然後ろから肩を叩かれた。こっちで知り合った「入圏者」のオッサンだった。
「オマエの精霊、女だろ?せいぜい仲良くしなよ~」
冷やかす口調でオッサンが言う。ややムッとしたが、まあ正直、嬉しくないことはない。
手に取った2枚のチケットを手にニヤけてしまったのだが…俺は正直、女の子が苦手だ。ここへ来るまでの生き方を詳しく語るつもりは今はないが、女性との接点はそう多くない生活だった。
「シ、ノブさ、いっしょに観…」
「あの」
たどたどしく話しかけようとする俺の声を遮って、彼女が切り出してくれたという訳だ。
そんな訳で、シノブと一緒にタカサキの街へやって来た。…厳密に言えば、彼女は地面から浮いているのだが。カッパピアから歩いておよそ30分。グンマーの炎天下の中、この距離を歩くのはやはり、なかなか骨だ。喉も乾いたし、腹も減った。まずは、腹ごしらえといこう。