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第二話 プロローグ

「なあ、おさむ


 最近冷たくなってきた空気とは裏腹に、あたたかな夕日に包まれた帰路を二人は歩いていた。この町の商店街は数年前までは栄えていたが、今呼ばれた彼にとってはその光景は朧気おぼろげに母に手を引かれて歩いたのを覚えているのみで、今では見事なまでのシャッター街になってしまっている。

 駐車場は猫のたまり場になり、公園の遊具は去年からずっと使用禁止のラミネートされた紙が貼られ、すずらんテープでぐるぐる巻きにされている。商店街の車が通らない道に日本の影が伸びる。


「どうした、大和?」


 身長も体格もいい彼がスクールバッグを無理やり背負いながら、眼鏡の青年が聞き返す。見た目ではどうにもちぐはぐな組み合わせに見えるが、二人は中学からの友人だった。理は彼の名前を勝手に日本史に出てきそうな名前だと思っていたが、少なくとも理が知っている限りでは出てきたことがない。


「進路希望調査になんて書く? 提出は明日だよな」


 二人が通っているのはそれなりの進学校だからなのか、気が早いと文句を言いたくなるほどに、受験を見据えている。その為に高校二年生の十二月には大まかな進路の希望を取る調査が行われていた。

教師たちはみな口をそろえて「そんなだと志望校に合格できないぞ」と言っている。ちなみにこれは一年生の段階ですでに行われていて、二年生からは理系と文系に分けられている。


「僕はもう出したよ。選択はもちろん物理の一点押し。それが一番やってて楽しいし、もっと勉強したいって思う教科だから。別に医者になろうとも思わない。なろうとしたらしたで親に物凄く迷惑をかける事になるからな」


 医者という職業に特に魅力を感じないし。と、理が最後に付け足す。


「良いなぁ、それだけ選択肢があって。俺なんか文系科目しか選べないのに学校では教師と二者面談で、家に帰っても母さんに小言をグチグチと言われる始末なんだけど」


 つまり、こいつは馬鹿なのだ。いや、学校を間違えたのだ。中学の頃はそれなりに成績を取れていたが、高校に入急降下している。なんで無理をしてまで、同じ所に通い続けているのか。理には時々分からなくなっている。

 これを理由に理がこめかみに手を当てるのは、これで何度目か。


「大和はもっと勉強しろよ」


「それは分かってるんだけどできないもんは出来ない! 」


 こんなことで偉そうな返事をされても、結局は赤点を取るのは自分自身だった。


「ま、別にいっか。僕には全然関係ない事だし。」


「ふざけんなよ無情者、また勉強教えやがれ! 」


 テスト前になるといつも勉強会などと称して理の家に泊まりに来るのだが、すぐにゲームをし出して彼の邪魔をして、無理矢理一夜づけで頭に押し込もうとする、意味の無いどころか、理には不利益しかない勉強会なのだ。


「やだよ、だって大和が赤点を取って追試を受けたとしても、その追試すら落ちたとしても、単位が足りなくて退学になっても僕の知った事じゃないし、僕も成績を落としたくないから」


「酷くない……親友を捨てるの? ねぇ、勉強教えてって言っただけなのによ、しかもその話は俺が赤点を取るどころか追試も落ちる事前提の話になってるんですが」


 慌て過ぎて大和まで敬語になってしまっているようだ。


「知ってる? うちの学校では余りにも酷い点数を取ると、赤点を通り越して青点ていうのがあって、取ったら一発で退学なんだって」


 もちろん真っ赤な嘘だ。理のジョークだったが、真にとらえてしまう大和。流石に進学校でもそこまで生徒に鬼じゃない。そもそも、このシステムがあったら名前を書き忘れたり、病気でテストを休んだら学校からさようならになってしまうので、あるわけがなかった。


「マジ?  やばいかも、このままじゃ……」


 顔面も真っ青になり思わず歩調が止まる。理は笑いをこらえるのに必死なのか、頬がわずかに引きつっている。


「クッ……。じゃ、頑張れよ勉強。一人でな」


「どうかお願いします! 自分に勉強を教えて下さい! 」


「え~、どうしようかな?  あ、でも僕は理系で大和は文系だからな」


 理は一年の頃に理系を選択したが大和は文系を選択している。そのため内容が違いすぎてて大和の為に地理や公民の重要なところを纏めるのが面倒だった。


「そこのところをどうかお願いします! 」


 理は結局は大和の事を見捨てられない、お人好しだった。それだけの長い付き合いなのか、どちらにしろ彼にとって大和はこうして気軽に軽口をたたき合える、唯一の相手で大切な友人だったから、やっぱり見捨てる事は出来なかった。


「わかった。まとめるのは手伝ってやる、でも後は一人でやれよ」


 大和は地獄で仏に会ったような表情をした。茶化されただけだというのに。


「ありがとう、このご恩は一生忘れません」


「僕は文系の授業を受けてないから、ただ勘で山をはるだけだからな」


 理は大和が授業で半分寝ながら何も考えずにとっているノートを元に、赤で書かれた場所をまとめて赤シートなどで一気にインプット出来る様にする気だった。


「それだけでも助かる。それじゃ、次のテスト前日は泊まりに行くからな。忘れんなよ! じゃ、また明日〜」


 丁度、駅に着いたところなのでさっさと去ってしまった。大和は逃げるように路地を曲がって行った。大和は家と駅の距離がかなりあるので高校からは下宿している。そのため理のように毎朝電車に揺られる必要がないのだ。


「帰るか」


 そう呟やくとずり落ちてしまった眼鏡のブリッジを押し上げる。駅の改札口へ繋がっている階段を上がると、人はあまりいなかった。静かというよりも、閑散としているや寂れているという表現の方がしっくりくる駅だった。

 そんな駅だからかエスカレーターが付いていないのでわざわざ自力で上らなくてはいけない。エレベーター使うのはお年寄りが多いので、高校生には心なしか使い辛い。窓から外にはバスロータリーに一台のバスが入ってきた。


 階段を上がりきったところでポケットに手を突っ込んで黒いレザー素材で出来た手帳型のケースにおさまったスマートフォンを取り出して、改札に押し付けて通り抜ける。

 中には非接触型の定期が入っている。そしてそのままケースを開き、インターネットに接続してブックマークから適当に、ニュースを見る。


「ん、どれも面白そうなニュースはないな……。とりあえず電車の中で出来るだけ、大和に必要そうな事を調べておくか」


 ニュースは大手の企業の大量リコールでもちきりで、他のニュースは明後日の所に行ってしまっていた。最近は注意喚起がうるさくなっている歩きスマホをしない為にポケットに入れようとするが、なかなか入らない。

スマホの角がポケットの中にある、さらに小さなポケットの口に引っかかってしまった。なので仕方なく少し歩くペースを落として確実に仕舞おうとする。


 けれども、運のないことは重なるもので後ろからバスから降りてきた人々が意思を持った塊のように押し寄せてきたので、このペースで歩いていると理が邪魔になってしまう。

 仕方なく手に持ったまま降りようとするが、丁度前から一人の女子高生が登って来ている。右と左、どっちに避けようかな。と理は思ってしまった。たった一瞬。されど一瞬。そのわずかな時間の逡巡のせいで階段の途中で止まってしまったのが失敗だった。


「あっ!」


 理は後ろから来た人にランニングシューズのかかとを踏まれるのと、歩き出すタイミングが完全にかぶってしまった。左足が空気を踏み、そのまま五段ほどの段差をスルーして、落ちていく。空気を切る音が耳に響きブレザーの裾がはためく。


「えっ!」


 前から人が突っ込んでくるのに女子高生は驚きの声を上げる。しかし、それはもう殆ど落ちていると言っても差し支えないくらいだった。それに気がついた相手は、身を固くして動けなくなってしまった。彼にはもう避ける術はなかった。


「避けっ」


  せめて避けて、と叫ぼうとしたが言い終わる前に理は女子高生に突っ込んだ。舌を噛まなかっただけ、まだ運がよかったのかもしれない。


 そのまま二人一緒に階段を転げ落ちて行ったのだが、理は回りつ続ける視界の中に一瞬だけ妙なものを見た。普通でないものとも言えた。


 それの大部分は直径三メートル程の円なのだが、その中には幾何学な模様やら記号やらが、たくさん書いてあり青白く発光している。


 明らかにこの場にあるのはおかしなものなのだがこの時に理が思っていたことは、この謎の発光についてではなく、彼女に対しての心配でもなく、入院したら高校の単位は大丈夫だろうかと考えていた。この一瞬に起きた異常だらけの事態に頭が追い付いていなかった。


 思わず目をぎゅっと瞑る。


 そのまま二人は共に謎の光の中に落ちていき、光に吸い込まれるように包まれて消えていった。


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