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第十二話 思いがけない誘い

 ガラス瓶の中には透き通った水と数枚の丸みを帯びた葉が入れられていて、窓から入ってくる朝日に照らされて鮮やかさを増している。理はその瓶を軽く揺らして中の光の変化を楽しむ。少しするとぎゅっと握りしめて目を閉じた。


「錬金……」


 彼の手から柔らかな白い光がもやのように出てくる。それは瓶の口から入っていき、水の中に入っていき葉に触れた瞬間に輝きを増す。その光はどんどん大きくなっていき、三十秒ほどして臨界点に達したのか今度は弱くなっていく。

 その時、葉の色素は抜け落ちて瓶の中の水は透き通った若葉の色に染まっていた。


「一応、成功しましたね。ものすごく、遅いですが」


「なんか、やけに疲れた。倦怠感というか全身に力が入らない感じ。これが魔力を消費するってことなのか……普通の人はどれくらいの速さで作るの?」


 理は水差しから自分でコップに水を注いで飲む。ちなみにミレーナは勝手に持ってきたティーセットを使って自分の分だけお茶を入れて飲んでいた。

 理は朝起きた時のに昨夜の二人で踊ったことを思い出して、恥ずかしさとこの後どんな顔で会おうかと悩んでいたが、これまでと変わらないミレーナの態度にほっとしていた。

 現状から抜け出したくて、変化を求めているというのに、変わっていないことに安堵してしまっていた。そんな自己矛盾が理の心で燻ってしまっている。


「薬屋さんでは毎日その瓶を百本ほど用意するそうですが、夜には全て売り切れているので、需要はあると思います。けど、オサムさんの今作った時間を百倍してもかなりの時間になると思いますし、薬屋に並んでいるのはこの傷を治す為の薬だけではないので、必然的に薬を作るのにもっと時間を割かなくてはいけません。これで大体わかりましたか?」


「良く分かったよ。僕の錬金術だと、、とてもじゃないけどお金を稼ぐ為には使えないって事がね」


 理は自嘲するような笑みを浮かべた。自分でも何か役に立つ技術が欲しい、生きる為の術が欲しい、そう思って挑戦してみたのだったが、結果は振るわなかった。

 だからなのか、どうやれば改善できるか、もっといいものを作れるかを考え出した。が、結果は振るわなかった。


「けど、あの古井戸のところに薬草が生えているだなんて思いませんでした。私も昨日の夜に見つけたんですよね」


「昨日はなくて困ってたけど、あそこに生えてる草の大半が薬草だったんてね」


「あそこは私がくつろげる唯一の場所なので全部引き抜かないでくださいね? 薬草は割と早く育ちますが。しかし新しい部分は回復力が低いと本に書いてありましたので、大丈夫だとは思いますが」


 ミレーナの目線が理を射抜く。理が考えていることはミレーナにお見通しだった。なぜこんなにも男は一つのことにのめりこむストイックさがあるのかと、心の中でため息をついた。


「魔力もほとんどないというのに、どうやって数を作る気なのですか……。そんなオサムさんに朗報ですよ」


「え!?」


 理が目を輝かせながらミレーナに視線を向ける。そしてミレーナはたっぷりと間をもって、笑いをこらえながら完璧な笑顔を張り付けていた。


「マイ様から一緒にダンジョンに行こうと誘いが来ていますよ」


 その時の理の表情をミレーナが忘れることは、ない。


――――――――――――――――――――――――


 理が舞に呼び出された第三武器庫まで来たが、手前で思わず足を止めてしまった。昨夜、舞のことをこっ酷く言って邪険にして、折角の好意を無下にしてしまった。

 ほんの数日前まで赤の他人だった相手が、あそこまで言ってくれたのに、自分が要らないと言ってしまったことから来る罪悪感もあったが、それは、ここに来る前からあったものだ。それなりに覚悟は出来ていた。しかし、ここに来て改めて悟ったのだ。


 舞は明らかに怒っている、と。制服に似た赤いスカートに、白いインナー。そして、所々金属があしらわれた防具を身につけていた舞は腕を組み、爪先だけでリズムを取っているかのような地団駄を繰り返し、眉根を寄せている。

 余りにも怒気が剥き出しな為か、傍らにいるエリスとガーランドが近付けずにいた。更に、彼女は帯剣していた。理は一度ギュッと強く目を瞑って覚悟を入れ直すと、倉庫の前に進んだ。


「遅い!」


 理が挨拶をする前に、舞は内に溜め込んだ怒りを開放した。その様は正しく勇者、と言うよりも般若の類だった。


「い、いや、ごめん」


「言い訳は時間が勿体無いから聞かないわ。それよりもこの雑魚、昨日は良くもわたしのことを袖にしてくれたわね!」


「いや、ほんと、ごめんなさい」


「わたしはわたしの為に雑魚理を守るって決めたの。だけど、あんな事を言うからわたしは、仕方なく守り方を変えることに決めたの」


「えっと、ごめんなさい」


「なんでまた謝るのよ。ともかく、あんたにはわたしが必要ないって言うのなら、自分の身は自分で守ってもらう事にしたから」


「ご、ごめ……」


 舞は理に人差し指を突きつける。


「そこまで! 謝るのはもうやめて。わたしが悪い人に思えてくるから。いい、これはわたしの勝手で、わがままなの。それに口出しされる謂れはないわ」


  理は言われたとおりにする。すると、今の自分か謝罪を取ってしまったら、何を口にすればいいのか分からなくなってしまい、黙る。


「取り敢えず、これを適当に振ってみて」


 そう言って、舞は理がここまでごめんなさいとしか言えなくなっていた理由の一つである、腰に差している細身の剣を抜いて理に渡した。

 そうして受け取ったが、結果として理はなんとか持ち上げられるが、振ることは愚か、腰より上に持って来ることすら出来なかった。その危うげなさに怖くなった舞が、すぐさま取り上げる。


「え、これが持てないの……。こんなに、軽いのに」


「こんなにって……鉄の塊だよ?」


「確かに鋼鉄だって言われたけど。ああ、そっか。ステータスの差がこんな顕著に現れちゃうのね。ガーランドさん、この雑魚にも使えるような武器はなにかないですか?」


 ここまで壁に背中を預けていた筋骨隆々の兵士と言うよりも、戦士と言った方が相応しいガーランドが閉じていた目を開けた。


「細剣が使えない奴に、使える武器は殆ど無い。その数少ない武器でも、実際に戦いで使えるものは限られてくるぞ」


 舞はその事実に肩をすくめた。


「仕方ないじゃない、こいつが弱すぎるんだから。わたしの知った事じゃないわ。でも、何も持ってないよりはずっと良いでしょ?」


「勇者様がそう言うのならば、仕方ないか。少し待ってろ」


 ガーランドは頭をかくと、傍らにあった鉄の扉の鍵を開けて中に入って行った。暫くガチャガチャという音が響いていたが、数分で手に木箱を持って出てきた。その中から茶色で光を鈍く反射する布を、切って適当に、繋げて要所に銀色の金具が付いたものを取り出した。


「短剣でも良いかと思ったが、それで無理して腕を痛めたら話にならない。それと皮でできた軽い防具。ほら」


 そして、ガーランドが理に投げて渡したのは武器と言うには余りにも小さくて、如何にも貧弱なものだった。


「危ない! 鞘から出なくて良かった……。えっと、これってもしかしてナイフ?」


「飯用のやつじゃないぞ。れっきとした投げナイフだ。一応、使おうと思えばそれで近接戦闘も出来るがな。俺はやらんが、ファーレンハイトの奴なら出来るかもしれん」


 理の内心はそんな事よりも、なぜここで投げナイフ、つまり他人を傷つける為の道具を持たされるのか。もちろん、自分が昨夜に舞を拒絶してしまったから、無理矢理持たされようとしている事は分かっていた。しかし、このナイフでどうしろと言うのか。


「見た目で襲われないようにするには、剣の方が良いかもしれないけど、いざって時に荷物になったら仕方がないもんね。雑魚はその小さな武器を持って、さっさと皮鎧を着て準備ができたのなら行くわよ」


「行くって、どこに?」


「あれ? 言ってなかったっけ?」


 舞は隠し事を披露する幼子おさなごの様に無垢な笑みを浮かべた。


「ダンジョンに行くんだよ。わたしが強くなるためと、ついでに雑魚も鍛えるために。ちょっと不安があるんだけどね」


 その不安は舞が強くなれるかどうかなのか、それとも自分がなのか理には分からなかった。

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