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第十話 頼むから、そういうのやめて

 そこはこの世界の贅沢を集めた場所だった。次々と運び込まれてならべられてゆく料理はすべてが儚い芸術品とでも言うべきもので、ただ今夜のためだけに作られたものだった。

 そしてその芸術品を囲んでいるのはこれまた絵になるような景色だ。談笑し合う人々のとその見に纏う衣装は仮装とでも言いたくなる程に贅を尽くし、その事に意味を見出し相当な自信が表情から溢れてしまっている。


 そんな景色の中で隠れるようにしているが、明らかに浮いている存在が居た。もちろん、理だ。

 広間の隅にあるカーテルの影でさっさと取ってきた料理を食べていた。今はフォークで一口大に切り分けたミルミルの肉を葉野菜で器用に包みながら食べていた。フォークの使い方一つとってもその所作は一目瞭然だった。理も丁寧に使おうとしているが、若干手も震えてしまっていてどことなくぎこちない。教養や常識が違い、人種も産まれた世界も違う。

 ブレザーだから彼はネクタイを締めていたが、この世界にはそんな常識はない。理は速く時間が過ぎてくれればいいなと思っていたが、そんなに簡単にはすまなかった。


 そもそもだ。理は自分がここに来れば疎外感を味わう事は予想していた。初めて会った時の王の態度がその推論の裏付けにもなった。

 しかし同時に舞の誘いを無下にすることも出来なかった。彼にとって舞は唯一と言っても過言ではない味方だった。その相手を怒らせてしまっては今後の自らに生き死に直結してしまうと考えていた。けれども

 そんな悪目立ちしている理に話しかける人がいた。


「なにやっているんですか。そんなところで」


 紺のエプロンドレスのレースなどの装飾はついさっきまでよりもわずかに増えていて、明らかに日用使いの服ではなかった。その赤髪にもオイルを使ってつやを出し、丁寧に縛ってある。

 そしていつもと違うのはその胸元に空色の鉱石でできたロケットが下がっていた。


「やっぱり、僕はここに来るべきじゃなかったんだなって思ってた。なんというか、ここにいると胸の中で何かがつっかえている感じがするんだよ」


 ルミステルが周りにたくさんの女性を侍らせながら談笑している姿を遠い目で見ながら理は答えた。


「そう……ですね。私も侍女になってそこそこ経ちましたけど、今でもこの光景と私の間に果てしなく透明で固いガラスでもあるのではと思います。聞こえてくる話も小さなころお母さんに読んでもらったお話の一節のように聞こえます。……一体、何が本物で何を信じていればいいのでしょうね」


 たった二人だけの小さな世界がそこに生まれた。同情、傷のなめあい、仲間意識。そんな見苦しいもので作られた小さな空間がぬるま湯のようにとてつもなく、居心地がよかった。

 しかし、今度はそこに闖入者が現れた。それは大広間の扉を開けた瞬間から人目を惹き、一瞬で世界の中心の存在になった。


「これは舞殿。来ていただけて光栄です。相も変わらず気高くお美しい」


 この国の王子、ルミステルは女性の海を割って現れ、舞の前でひざまずいた。


「そんなことない。わたしはただの女子高生だから」


 そう短く返事をすると、あたりをざっと見まわして目的のものでも見つけたのか、王子を無視してズカズカと歩き出す。

 その目標が自分だとすぐに理解した理は逃げ出そうとしたが、ミレーナにブレザーの裾を掴まれてしまい、それはかなわなかった。舞は両手を強く握りながら乱暴に振りながら歩き、顔を伏せている。

 そのあからさまな怒気はさすが勇者と言うべきか、周りの人間を全く寄せ付けなかった。

 あの王子に至っては自分に対してはほとんど無視に近いというのに、すぐに別の存在に怒っているのに頭が追い付かなかった。


「ざ~こ~お~さ~む!」


 ここで理はそもそも逃げる必要がないことに気が付く。そうだ、僕は舞に怒られるようなことは何一つしていないのだと。約束を破ってなどいないのだし、嫌がるようなこともしていない。だから堂々としていればいいのだ、と。

 だからもがくのをやめた。言い方を変えると諦めともいえた。


「舞、どうしたの?」


「どうしたの? じゃないわよ! あんた、ここの侍女さんに養ってもらうつもりなんだって? このクズ。すけこまし。わたしが旅に出たとしても付いてこずにここにいることは別にいいよ。だって雑魚理だもん。けど、ひもになるだなんて、どこまで成り下がるつもり!? せめて自力で生きるくらいの苦労をしなさいよ」


 舞は理の胸元を掴みいとも簡単に持ち上げる持ち上げる。その手を理はタップして降伏を告げるが、舞はそれを無視した。

 その拍子にお皿を落としてしまったが、ミレーナが器用に受け止める。


「昨日はわたしがお風呂に入ってる間にいなくなってるし、どこにいるか聞いてもみんな知らないっていうし、初日から何かあったのかな? って心配してた私がばかみたいじゃない。あんた、昨日の夜はあの後何やってたのよ!」


「し、知らな……」


「それで、最初は宴に呼ぶのを断ってたけど丁度使えると思って、仕方なく呼び出してみれば今日の夜会に平然と参加してるし、どんだけ顔の皮が厚いのよ!」


 ギリギリと理の首は締まり、舞はヒートアップしている。今二人はどんな場所にいるかすっかり忘れて。人々は談笑も踊りもやめて、あっけにとられながら二人の行く末を見守る。

 というよりも舞に圧倒されてこのやり取りに加わることができずにいた。そして、この場でそれができるのはただ一人だった。


「勇者様、安心して下さい。勇者様が居ない間は理様の身の回りの事は私がやりますので、貴方様が危惧するほどの堕落した状態にはさせません」


 その言葉に舞は錆びついたブリキの様に首を向ける。それはまさにグギギと音をたてていそうなほどだった。そして、その声の主が赤髪赤目でスッと通った鼻筋や自らよりも女性らしいプロポーションを突きつけられてしまった。


「あなたが、あなたがこの雑魚をこの世界に引き留めようとするの……。悪いけど、いつか絶対に私達は帰るから」


 そう自信満々に舞は言い切ってやったと言う清々しい面持ちだったが、そんな事に動揺するミレーナではなかった。


「ええ、どうぞ。私はあくまで侍女ですのでその範囲を越えることはいたしません。なのでお二人がどこへ行こうと引き留めることは出来ないので」


「え……え? いやだって、聞いてた話と違う」


 想定していなかった答えに、舞はおろおろとしだして思わず理の襟首を離してしまった。


「勇者様、僭越ながら他人から又聞きなされた内容と本人が言っている内容のどちらを信じられるのですか? 私は理様の身の周りの生活を一時的に手伝っているだけです。それだというのに勇者様は私と理様がまるで男女の関係だとおっしゃられるのですか。まだ出会って一日経っていないというのに。申し訳ありませんが、私は身持ちが固いほうですので」


 ミレーナは、一瞬で舞を言い負かしてしまった。口をパクパクさせて理とミレーナを交互に見る事しかできなかった。

 しかし、それはミレーナも似たような感じだった。目上の人物に対してつい言いすぎてしまったと、冷や汗をかいている。悲しいことに女性関係に疎い理にはこの事態を収める方法は思い浮かばなかった。

 そしてそのまま三者が膠着しているところに運よく、悪く言えば空気を読めない人が近づいてきた。

 銀色の髪をサラサラと流し、磨き抜かれた白銀の甲冑はこの国の騎士団の紋章である、剣と盾が交差しその奥に女性がいるエンブレムが描かれていた。


「勇者舞様。歓迎の宴を楽しんでおられですか? そんな端のほうではなく、あなた様に似つかわしい場所へ行きませんか? それとも、この自分と一曲踊ってはくれませんか?」


「えっと、確かファーレンハイトさんでしたよね。せっかくのお誘いですがごめんなさい。わたしはダンスができませんし、今はほかに話をしたい相手がいるので」


 舞は何とか名前を思い出しながら本心を話した。そしてファーレンハイトはここでやっと気が付いたといわんばかりに理とミレーナに目線を向けた。


「お言葉ですが、その二人との談笑があなた様の役に立つとは思えません。立ち聞きをしていたのは申し訳ありませんが、先ほども全くにして実りのない話をしていました。そんなのは時間の無駄でしかありません」


「有益かどうかを計らなくては話をしてはいけない決まりなんてないわ。それにわたしが誰と話をしようか自由じゃない」


 舞はファーレンハイトのいうことに苛立ったのか、言葉遣いが崩れ始める。しかしそんなことも気にならないといわんばかりにファーレハイトは優しい笑みを額に張り付け続ける。

 しかし、まさか否定されると思っていなかったのか、ほんの一瞬黙ってしまった。そしてその不意に開いてしまった一瞬が問題だった。静かになったとたん、四人の耳に周りの会話が入ってきてしまった。


「ほら、あの黒髪の青年。勇者召喚の魔法陣から現れたにもかかわらずとんでもなく弱いんですって。なんて罰当たりなことかしら」


「しかも、今から険しい戦いをしなくてはいけない勇者様とお近づきになろうとするんだなんて……」


「もしも、わたくしがうわさで聞いた通りのステータスなら、すぐに自殺いたしますわ」


「あの赤髪の侍女……まだここにいたのか」


 全くにして隠そうとされていない悪意。人と人の間で成り立つ会話は果たして他人を貶める内容しかないのか。

 紳士や淑女、さらには少女と言ってよい存在でさえしゃべっている内容は似たり寄ったりだった。チラチラと理たちがいるほうに視線を送り観察動物のように眺める。

 理はその視線におぞましさを感じ、住む世界が隔絶していると思った。この人がたくさんいる広間、それだけでなくこの世界のまだ見ぬ場所、会ったことなない人たちでさえ、遠い存在なのだと。そもそも、この世界に来てしまった時点で自分は独りぼっちなのだと、理解させられてしまった。考えがどんどん負の方向に落ちていき、戻ってこれなくなる。


「聞いて!」


 その訴えにも似た大きな声が響き渡り、ローファーが床をコツンとたたく。


「わたしは確かに勇者としてこの世界に召喚されたわ。仕方がないっていう要素が大きいけど、その使命は全うしようと思ってる。もちろんそれは私自身のためでもあるの。だから力の限り戦うし、思いにもこたえる。わたしの力はそれだけのことが出来るもので、そのためのものだから」


 そこでいったん止めて、胸に手を当てながら深呼吸する。そしてこれから言うことの決心をする。その先を聞き逃さないために広間中の人たちが舞に注目する。


「私には血がつながってるわけじゃないけど、今この世界には身内って言える存在は一人しかいないの。それが誰だか、少し考えればわかると思う。だからわたしは二人で一緒に元いた世界に絶対に帰りたい。その為に勇者として戦う。そこを間違えないでほしい。その人がたとえ弱かったとしても、ふしだらだったとしても、その事実だけは変えられないの。だからその人に対する暴言はたとえ貴族だったとしても、王族だったとしても平民でも浮浪者でも、どこの誰だったとしても……」


 舞は大きく息を吸い込む。


「わたしに対する言葉として受け取らせてもらうわ!」


 その宣言は高らかにこの広間に響き渡った。人々はただただ圧倒され、ルミステルは憎々し気な顔で食いしばり、ファーレンハイトは呆然としてしまっていた。

 誰もが動きを止め、心にその内容を刻み込む。相手はこの世界を救ってもらう存在なのだ。その舞を敵に回すことが出来るわけがなかった。ただ、一人を除いて。


「舞」


 理は舞の肩に手を置くと通り抜けざまに呟いた。


「頼むから、そういうのやめて……迷惑なんだ」


 そうして理は静寂に包まれた広間に背を向ける。舞の想いも、この場に渦巻く疑念さえも無視して、舞の表情を見ることもなく、独りぼっちで逃げて行った。

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