チュートリアル1
「では、いってらっしゃい。良い冒険を」
定型句の言葉を口にしながら、小屋の入口とは違う扉を手のひらで指し示すフードを被った占い師。フードの中にちらと覗く銀の髪は虹色に光を反射する。
腰に短剣を差した冒険者風の若者がにこにこしながら扉へ手をかけて
「いってきます!」
と元気よく出て行く。
扉が開いた時に差し込んだ明るい光が遮られると元のひんやりと暗く沈んだ室内。
手元のタロットをまとめ、トンと一つの山にする占い師の白い手は指が長く、少し節の目立つ男の手である。
占い師の座る机の左手には、大きい水晶球が台座に置かれ、机の中央にはタロットを広げるための縁に蔦のような飾り刺繍、中央に魔法陣が刺繍されたビロードのマットが置かれていた。
占い師と同じフードを被った人影が、占い師の右手の机の空いたところに、カチャリと紅茶の入ったカップの載ったソーサーを置いた。
「ありがとう」
「いえ。マスター」
と会話を交わし、ふと占い師は前方を見る。
(まだ声をかけてこないのか・・・)
そこには順番待ちの人の為の大き目のソファーと、ローテーブルがあり、そのソファーの中央に一人の男が座っていた。
(あの人にも紅茶を出してあげてください)
(かしこまりました。マスター)
声に出さずに支持を出すと、見越していたのかポットからカップに紅茶を注ぎ、静かに移動してローテーブルにカチャリと給仕する人影。その時にさらりとフードからこぼれた髪は、マスターと呼ばれていた男と同じ銀であり、手指もよく似ている。
「どうぞ」
「っ・・・どうも」
びくっとしたソファーの男は、恐る恐る紅茶に口をつける。
ここは、今日から始まったVRMMORPGの新ゲーム----------------のチュートリアルの最後にたどり着く占い師の小屋。
このゲームは、同じ運営会社から出されていたゲームのユーザーは、他のVRMMORPGのゲームで使っている装備をレベル制限なしで一つ、あるいはホーム、或いは所持金のいずれか一つを選んでデータ持ち込みができる。
ゲームの戦い方は、他のゲームと同じなので、他のゲームのもともとのユーザーは、このチュートリアルを飛ばすことが可能だった。
しかし、新規のユーザーの場合は、チュートリアルを飛ばせない代わりに、この占い師の小屋での占いの結果によって、占い師がタロットカードから生成する装備品を支給されることになっていた。
占い師の小屋自体は、他のフィールドにもあり、一日一回、占い料金を払い占ってもらって、装備品を得ることはできるが、他のフィールドの装備品は使用時間制限があるのに対し、このチュートリアルの小屋でもらえる装備品は、廃棄しない限り(販売、譲渡は不可)使用制限がなく、ある程度のレベルに達するまでは強力な装備である。
新規ユーザーの為の救済措置、あるいはベテランユーザーなのに真面目にチュートリアルを行う者へのご褒美として用意されていた。
ただ、当然のことながら、占い師にまず話しかけ、自分のキャラクターネームと、チュートリアルを通じて最終決定したジョブを伝え、このゲーム世界で何を目指したいか話す必要がある。
初日の今日、何人ものユーザーの相手をした中、人見知りは何人かいたが、今、ソファーに座っている男ほど、長く話しかけてこない人物はいなかった。
3人ほど他の者に順番を譲り、時々ちらりと占い師の方を見てはテーブルをにらむ男に、
(今日はNPCのフリしてあまり自分から動くなと言われているんですけどね・・・。もうしばらくしたら、話しかけましょうか・・・。先ほど、水晶球で確認した所、あと5名ほどのお客さんで、今日の所はチュートリアル終わりそうですし・・・時間的にも・・・)
と、思いつつ男を見たその時、バタン、と小屋の扉が大きく開かれた。
「社・・・魔王様をどこにやりました?!」
と、鋭い声を上げながら入ってきた魔族の男。
人ではありえない青黒い肌に、黒い短髪に捻じれた角を一対生やし、赤い眼をした文官っぽい優男が、これまた黒色の文官服を着て立っていた。
「・・・・・・」
ほんの少し呆れた目で見やりつつ無言の占い師と、大きく見開いた目で驚愕に固まり同じく無言の冒険者の男。
そして、我関せずで無言のフードの男。
「・・・返答は?」
と魔族の男が言うのに、
「・・・今日は(NPCのふりして)余計な事は話すなという指示を(貴方から)受けていますが・・・今日開始のこの世界の為に魔王様は宴(という名の製品発表会)に出席されているのではないのですか?」
「・・・途中で実演に移って魔王城に転移された後・・・気づいたら玉座にはダミーが置かれていて、魔王様が消えていたんです!!貴方の所に来て、匿っているでしょう!!」
(・・・現実世界じゃないのにこの人は・・・)
「・・・私はずっとここで占っていましたが、お見かけしてませんよ・・・。魔王様、ここに来たりした?私が席を外した時とかに?」
「・・・いえ、いらしてません。」
「じゃあ、どこですか?!」
「知りませんよ・・・。というか、良いんですか?ユーザーの前で繋がりバレてますけど、初っ端から。」
「それより魔王様です!」
(相変わらずですね・・・。)
飲み終わった紅茶のカップを下げようと背後に立ったフードの男が、ふと水晶球を見て、
「マスター、水晶を見て下さい。」
「ん?・・・あれ?小屋の手前の森にいる者?が増えてる?緑が5、さっき濃い青だった点が水色?赤黒が1に赤が5?緑と同数の橙じゃない?」
「はっ?見せなさい!それ!」
「いや、固定されているので、こっちから見てくださいよ」
ドタバタと隣に来る魔族の男に、水晶が見えやすいように場所を譲りつつ立ち上がる占い師。
「魔王様!こんな所に!」
「・・・どれですか?」
「赤黒です!赤は強い魔物です。水・・・水色?あ・・・あの娘、殺されちゃいましたね・・・」
「・・・良いんですか?それ」
「・・・魔王様の所に行きます!貴方も来なさい!」
「何で私が・・・」
「あの娘とユーザーを守る為です!」
「は?・・・ところで、彼は・・・」
と、ソファーの男を見ると、
「そこに座っている貴方も一緒に来て下さい。念の為、このフィールドは、魔王様の居る所を除いて一旦閉じます!」
と魔族の男が言う。
「何故?」
「チュートリアルにあるまじき強い魔物がそこのフィールドに居るからですよ。」
「・・・そうですか・・・」
よくわからないながらも、占い師の男が返事をする。
小屋の入口の扉を魔族の男が開けて出て行くので、ソファーに座っていた男に、
「巻き込んですみませんが、一緒に移動していただけませんか?」
と、疑問形ながら強制しつつ、フードの男を振り返り、
「貴方は奥で待機していて下さい。」
「はい、マスター」
速足で、チュートリアルの森を逆行し、戦闘訓練用の草原へと向かうと、見えてきた大型の魔物。---------が3体と------が2体。
その5体の手前には、大きな黒い翼を背に、捻じれた大きな一対の角を頭に生やした長い黒髪で赤眼の魔族の男。丈の長い軍服の様なものを纏い、赤い裏地のついた黒く長いマントを羽織っており、腰には禍々しい気を纏った剣を差している。硬質な鋭い目の整った顔立ちのガタイの良い男だった。
「魔王様!」
短髪の魔族の男が声を上げると、魔王と5体の魔物、5人の青ざめた冒険者、1人の半透明になって、足が消えかかっている背に透明な羽のある妖精族の小さい女がこちらを見た。
「ふぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・ん。ケイさぁぁぁぁぁぁぁぁん。もう嫌だ、この魔王ぉぉぉぉぉぉ、嫌いぃぃぃぃぃぃ」
と、叫びながら飛んできて、ケイと呼ばれた占い師の肩口にしがみつく妖精族。
「・・・どうしました?」
「うー。いきなり魔王が来て、『チュートリアルをきちんとやるなんて偉いぞ、褒美に鍛えてやる。』って言って、私が召喚できる魔物よりも強いボスクラスのを5体もいきなり出すんだもん。『戦闘方法は、お前が教えるんだろ』って、こっちのレベル無視で、安全対策無しの戦闘開始で、私、瞬殺。今ここ!!」
ぐすっぐすっっと泣きながら訴える。
「あぁ・・・お疲れ様です・・・」
「何でいきなり来るのー。チュートリアルは、簡単なお仕事だって言うから、引き受けたのにー。私は、キャラクリの人なの!!戦うのは専門外なの!!」
「あー、まあ、落ち着いて、どうどう」
と、宥めている先では・・・
「魔王様!チュートリアルでは、ボスクラスを出したら、瞬殺されて、ユーザーキャラデータが消えちゃいます!!」
「えー俺が出せるのボスクラス未満のは出せないし、しょうがないだろ。」
「いえ、だから、貴方がここで出しちゃうのがダメなんです。」
「うー、でも、出しちゃったし、倒せば良いだろ?」
「・・・私と魔王様だと、味方になるので、現状では倒せません。冒険者の方は、レベルが足りてません。そして、彼女は瞬殺でしたね・・・」
「え、あれ?やばい?」
「そこで、貴方!」
と、ずびし、と指さす魔族の指の先には占い師。
「・・・はい?私ですか?」
「はい。貴方のそのフードの下、腰のポーチの中に、銀と黒の市松模様のカードの入ったケースと、銀のカードの入ったケースと、黒のカードの入ったケースがあるはずです!」
「・・・ありますね」
「今回は、銀のカードの入ったケースと、市松模様のカードの入ったケースを、腰のホルダーに移して下さい。」
「・・・私のチュートリアルですか・・・?」
ぼそっと占い師がため息まじりに言う。