act07
自分の立ち位置を正しく理解しておくって、必要なことだと思うんだ。
act07.篠田先輩は謎
篠田先輩について話していても、あれだけ噂が飛び交い話題が豊富な人だ。尽きることはない。いつのまにかあたし達四人は、篠田先輩の話で盛り上がっていた。
「そういえば、菅原さんは大丈夫なのかな」
「え?」
早川くんが突然、思い出したように舞の名前を出した。
「ほら、この間、怪我をして保健室に運ばれただろう。篠田先輩に」
「あー、そんなこともあったな」
「それ! それが心配になって話してみたんだあたし!」
どこで切り出せばいいのかタイミングを失っていたところだったから、早川くんが言ってくれて助かった。
「先輩が、舞ちゃんのこと抱き上げた時、フェンスの向こうからすごい悲鳴だったから。今日の話を聞いて、それを思い出してさ…」
「それについて、菅原さんは何か言ってたか?」
「ううん。ただ、近くで見るとやっぱり篠田先輩は格好良かったーとかって喜んでたけど」
植村くんがすかさず質問してきた。やっぱりこの人も優しいなぁ。皆、紳士だよ。
「でも、もしかしたら時間の問題かもしれないね。舞ちゃんもこういう噂は知ってるだろうから、気をつけるだろうけど」
明日、舞にあったら注意するように言っておかないと。
あの子も篠田先輩のこと好きになりそうとか目をハートにして言ってたし。危険だ。
「それにしても、なんで女子はそんなに篠田先輩のことが好きかね」
ぼやくように言った植村くんに、あたしは内心で激しく賛同した。確かに顔はいいかもしれないけど、内面があんなに嫌な奴のどこがいいのかさっぱりわからないもんね。
そうは言うものの、翌日は図書委員の当番だった。
本当に面倒くさい。今日ももう一人の当番の人、来てないし。司書さんは早いうちに帰っちゃうし。本を借りにくる人も、勉強してる人もいないし。こんな場所で一人で座ってても暇でしかないのだ。
悠美に言わせれば「そうやって静かに過ごす時間が楽しいんだよ」ということだけど、それはあの子みたいに本好きな人にしか言えないことだと思う。あたしなら、こんな場所に座っていないで校庭に出て走りたい。
「ちゃんと仕事してるか?」
どうせ誰もいないから、と、仏頂面でカウンターに頬杖をついていたら、斜め後ろから声が掛かった。声は、もう覚えてしまった。みんなのアイドル、篠田先輩だ。
毎日毎日、部活の始まりと終わりの号令で張り上げている声を聞いていれば、覚えたくなくても覚えてしまう。
見れば見るほど謎の人だ。部活があるのに、わざわざ放課後に図書室に寄るなんて普通ならしない。昼休みにも図書室は空いているのだから、そのときにくればいいのにと思う。そうすれば、あたしが当番の時にまで顔を見なくてもいいのに。
「ちゃんとしてるように見えませんか?」
「見えないな、葛西さん。返却本はきちんと書棚に返せよ」
慌てて取り繕った表情はきっと見られていないけれど、篠田先輩はこちらを一瞥するとやっぱり命令口調でそう言った。
初対面の時から人を見下すような態度の人だと思っていたけれど、それは部長であり生徒会長だった彼についてしまった癖のようなものなのだろう。
「返却本って、どれですか?」
「大久保さんに教わってないか?」
「全然。貸し出しと返却の処理の仕方だけしか」
呆れたように見返してくる目を、あたしも負けじと見上げる。
どんなに怖い顔をされても、教わっていないものは教わっていないし、だいたい図書委員なんて初めてだから仕事内容もきちんと掴んでいないのだ。わかるはずがない。
知らないのはあたしが悪いわけじゃないから、堂々とする。
それに対して篠田先輩は、横を向いて盛大にため息をついた。
「あの人は、これだから……。返却本は、その箱の中に入ってるやつ。背表紙に張ってあるラベルを見て、元の本棚に戻すのも図書委員の仕事だ」
「えーそうなんですか? 初めて知りました。結構溜まってるから、戻してこないと……」
指差されたダンボール箱を見ると、そんなに小さくない箱の半分ほどが埋まっている。
嫌だなぁ、重たそうだ。とりあえずわかりそうなのだけ選別して戻しに行ってみよう、と箱に手を伸ばした。
「おい、待てよ。葛西さん。俺のほうが先。これの返却とこっちの貸し出し処理して」
「へ? あ、はい」
ずい、と差し出された本を見て、無条件に返事をしてしまった。
そういえば、ここに来る時の篠田先輩はいつも不機嫌そうだ。
「はい。返却は二週間後になります」
言われたとおりに返却と貸し出しの処理をして、貸し出す本を先輩に戻した。
先輩は少し驚いた顔をしたあと、あたしに微笑んだ。ふわりと、わずかにだけど。
「前よりも手際よくなったな」
「そりゃ、前回あれだけ言われたらさすがに。同じ図書委員の友達にどうすれば効率よくできるか聞いたんです」
「仕事熱心でいいことだ」
先輩がこんな笑い方をするなんて知らなかった。
体のどこかが一瞬ざわっとしたけれど、そのときのあたしは気がつかなかった。
一週間の仮入部期間も終わり、あたしたち一年生は正式に陸上部員として先輩たちに混ざって練習を始めるようになった。
と言っても、記録会の後はほとんど正式部員扱いで走ったり飛んだりしていたんだけど。やっぱり仮入部のときよりも練習に気合が入る。
校庭のフェンスには相変わらず怖いお姉さんたちがたくさんたむろしているけれど、それだって、あたしが篠田先輩に近づかなければ特に害のないものだし。最初は異様だと思っていた光景も毎日見ていればそれなりに慣れるものだ。
特に実害がないから、なんとも思わないのであって。
そうでないのなら話は別だ。