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Please!!  作者: 友紀
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act04

 だって、まさかあんなことが起こるなんて思ってなかったから。

 災難って、いつどこで降りかかってくるかわかったもんじゃない。




   act04.記録会は災難




「部活入るの? どこにするか決めた?」

 そう、クラスの女の子たちに聞かれて「陸上部」と答えたら、一斉に奇妙な顔をされた後、それは同情の色に変わった。

 別にあたしは強制されて陸上をやっているわけじゃないのに、そんな顔をされるのが不思議で理由を尋ねたけれど、はっきりとした回答は得られなかった。

 ただ、「頑張って、負けないでねよりちゃん!」とエールを送られてしまった。


 そんな話を舞にしたら、「その子達の言いたいこともわかる気がする」と笑われた。

 これまたなぜ? と首を捻っていたら、

「だってそれが原因で、昨日は入部とか見学希望の女の子がいっぱい来たんだよ」

 舞がそのときのことを思い出したのか、うんざりした顔で言った。

 あたしは昨日、放課後はずっと図書室に居たから、全然知らなかったけど。

「そうなの?」

「すごかったよな」

「十人以上はいたよな、絶対」

「あんまり陸上には興味ないみたいだったし、普段から運動やってるようには見えなかったな」

「なのになーんにもしようとしないで、ただ校庭に座ってるだけなの」

「ウザくて邪魔だった」

「大変だったよな」

 二組の男の子三人も、みんなあんまりいい顔はしていなかった。

 あたし以外の四人は顔を見合わせると、はぁ~と重たいため息をついた。

「……なんでまた」

 はっきり言って、陸上部は、メジャーなようでマイナーな部だ。

 個人競技が多いし、テニスやバスケみたいな球技ほど華があるわけじゃない。ただ走るか、飛ぶか、投げるか。それだけだから。

 よっぽど好きじゃない限り、陸上部に入ろうと思う人は、意外と少ないのが実情だ。

 ましてや、普段は運動をやってなさそうな子ばっかりだったなんて、余計に信じられない。

「昨日流れてた噂、依子ちゃんは知らない?」

 頭の上に「?」マークをたくさん並べて首をかしげるあたしに、舞は逆に不思議そうに訊ねてきた。

「うわさ?」

「うん。…男の子たちはあんまり知らなかったみたいでびっくりしてたけど、女の子たちの間ではけっこう盛り上がってたよ」

「そうなの? ごめん、あたしそういうの疎くて」

 というより、何の裏づけもない勝手な話が嫌いだから、クラスの女の子たちがそういう話で盛り上がっていても聞かないだけなのだけど。

「女の子って噂話好きだよね」

 早川くんがはは、と困ったように笑った。

「それだけで一日語れるぐらいにはね。それで、昨日の噂なんだけど…」

 舞から話を聞いてあたしは仰天した。

 うちの部長―――篠田瑞樹は、陸上部のエースで成績もトップでそのうえ格好いい。

 そんな噂が、昨日、一年生女子の間で流れたらしい。

 話を聞いて真に受けたり興味を持ったりした子が、実際に部長の顔を見るために陸上部になだれ込んだらしい。

 確かに、篠田先輩は格好いい部類に入るのだと思う。さすがに陸上部のエースだとか、成績がトップだとかいうのは知らないけど、まあ、女の子に人気がありそうな感じの人だと思う。

 性格はあんまりよくないけど。

「よく見ると校庭の周りで部活見てる女の人、多いよね」

 舞はそう締めくくった。

「あー…確かに?」

 言われてみて周りを見ると、校庭の周りにあるフェンス越しだとかベンチだとか、色んな場所に女の人が立っている。

 陸上部の活動場所は校庭の隅のほうで、野球部やサッカー部なんかを見るには向いていない。

 なのにわざわざこの付近に見に来ているということは、やっぱり陸上部の誰かが目当てなのだとしか思えない。

「けっこう怖いよ、周りで見てる先輩達の目。昨日とか、陸上なんてやる気のない女の子ばっかり来てたから、その子たちのことすっごい睨んでたし」

「女って怖いな」

「ほんとにね」

 途中で口を挟んできた水島くんに、本気で返事をした。

 彼女ならともかく、そうでもない、自分に振り向いてくれるかどうかわからない人のためにわざわざ毎日部活を見に来て、少しでも抜け駆けらしい行動をしようものなら敵とみなす。

 どこのアイドルの追っかけだよ、と思う。

 昨日の初対面から面倒くさい人だと思っていたけど、まさかここまで面倒を連れ歩いてる人だとは思わなかった。

 絶対、ぜったい、あの人との関わりは最低限にしておこう。


「一年生、おいでー。記録会始めるよ」

 向こうから先輩の呼ぶ声がする。

 話しながら体も十分ほぐしたし、さて、久しぶりに思いっきり走りますか。


 事故が起こったのはそれから間もなくのことだった。



 記録会といっても簡素なものだった。

 あたしたち一年生のうち、誰がどの競技に適正があるのかを判断するために、実際に競技をしてみようというものだ。

 陸上といえばただ走っているだけと思う人も多いけれど、砲丸や槍を投げる投擲種目や、幅跳び・高飛びなんかもあって、意外と多種多様だ。

 ちなみにあたしが得意としているのは、中距離。だいたい800メートルぐらいを走る種目だ

 短距離を走るほどの瞬発力もなく、かといって何キロもの長距離を走りきるだけの持久力にも自信がない。

 中途半端なようだけど、これはこれで奥が深いし面白いと思ってる。

 そんなあたしに反して舞は短距離が得意だと言っていた。

 ほんの十数秒で勝負が決まってしまう厳しい世界。だからスプリンターって格好いいと思う。

 あたしが今から短距離に転向するのは、ちょっと難しそうだけど。

「女子はまず100メートル、走るからね」

 先輩にガイドされ、あたしたちは男子と女子に別れた。

 男子は、あたしたちが走っている間、先に他の種目を行うらしい。

「はい」

「ちゃんと体、ほぐしたよね。じゃあ位置について」

 あたしと舞は並んで、スタートラインに片膝をついた。

 短距離専門の舞になら、タイムで負けてもしょうがないや。

 けれど、この記録が、これからのあたしたちを評価する指針になるのだ。

 もちろん全力で挑む。

「用意、スタート!」

 先輩があげる旗の合図で、あたしたちは一斉にスタートをきった。

 数メートルもいかないうちに、あたしは舞にどんどん引き離される。さすが、瞬発力は比べ物にならない。

 先を走る舞にこれ以上置いていかれないように、あたしも懸命に足を前に繰り出した。

 けれど。

 そこで事故が起こった。

 あと数メートルでゴール、という場所で、舞が何かにつまずいたのか、突然転んでしまった。

「っ!」

 どしゃ、という音を横に聞きながら、あたしは走っていた勢いのままゴールしてしまった。

「大丈夫!? 菅原さん!」

 タイムを取ってくれた先輩の後から、あたしも慌てて舞に駆け寄った。

 これが本当の競技会なら、走者のもとに誰かが走り寄ったり、手を貸したりしたら失格になってしまう。

 けれど、今はただ腕試しのような気持ちで記録を取っていただけだから。

 それでも舞は、すぐに立ち上がると、残り数メートルを走ってゴールした。

 でも。

「…血がでてるじゃない」

 舞の両膝は真っ赤に染まり、そこから血が流れていた。

 ふくらはぎの半ばまである、白い靴下は、血でどんどん赤く染まってゆく。

「大丈夫です」

 はぁ、はぁ、と荒く息をつく舞は、それでも顔を上げて微笑んだ。

 けれど舞の足を見る限り、とても大丈夫そうには思えない。

 確かに転んで膝をすりむいただけだけど、それだけではすまないような量の出血量だ。

「すみません、心配させちゃって。水道で洗ってきます」

 そう笑って歩き出そうとしたのだが、制止の声がかかった。

「駄目だ。ひどい出血じゃないか。ちゃんと保健室に行こう」

「篠田部長…」

 たまたま近くで見ていたのだろう、部長はズカズカと舞に歩み寄ると、そのままひょいと肩に担ぎ上げた。

 校庭のフェンスの向こうからいくつか黄色い声が飛んだようだけど、部長は気にもかけずに舞を担いで校舎の方へ歩いていった。


 篠田先輩が、まさか怪我をした女の子を自分の手で運んでいくとは思わなかったから、少しびっくりした。

 しかも、あんなに優しい顔で、心配そうにして。

 ちょっと意外だった。

 それとも、これが本来の姿なのだろうか。昨日、あたしに接していた時はたまたまイライラしてたとか。

「……」

 ちょっと考えて、やっぱりそれはありえないと思った。

「葛西さん、それじゃ、菅原さんが戻ってくるまでは男子に混じって別の種目やろう」

「はい」

 女の先輩が近づいてきて、あたしの手を取った。

 確か、二年生の長野雅美先輩。笑顔だけど、一瞬、歩いてゆく篠田先輩のほうを睨む顔も見てしまった。

 この人も、部長のことが好きなんだ。

 内心、あーあと思いながら、あたしは男子が競技している高飛び場へと、先輩達と一緒に向かった。

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