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Please!!  作者: 友紀
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act03

 思いもしなかった形でそれが起こったら、どうする?




   act03.再会は必然?




 あたしは人の名前とか顔を覚えるのが苦手なほうだ。

 さすがに友達の顔や名前や性格はすぐに覚えるけど、クラスメイトのほとんどは、悪いけど顔すらおぼろげだ。

 なのに、昨日、図書室で会った先輩のことは一発で覚えてしまった。というより忘れられなかった。

 篠田瑞樹。

 図書室にはよく来るような感じだったな。

 司書さんの名前も知ってたし、本の貸し出し方法だって覚えてた。

 わりと常連なのだろうけど、そのわりには、図書室に長い時間いるのは好きじゃなさそうだった。放課後、いつの間にか来て、本を借りたらすぐに帰ってしまったから。

 神経質そうなのに、インテリっぽく色白ではなかった。むしろ綺麗に日焼けした肌色だったし、体つきもがっしりしているようだった。

 何か部活をやっているのかな?

 って、何、あんなやつのことばっかり考えてるのあたし!?

 しかも体つきって、どんなエロい視線で人を見てるんだ。

「どうしたの、依子ちゃん? 赤くなったり青くなったり」

「うわ!?」

 席のすぐそばまで、悠美が来ていた。

 きょとんとした顔で、首をかしげてあたしのほうを見ていた。

「あ、おはよう悠美ちゃん」

「おはよう。……大丈夫? 変な顔色してるけど、図書委員の仕事そんなに大変だった?」

 疲れがたまっちゃったのかな? なんて、心配そうに顔を覗き込んでくる悠美に、あたしは笑って否定した。

「違うって! 当番はそんなに大変じゃなかったよ。本借りに来る人もほとんどいなかったし、あたしはカウンターに座ってぼーっとしてただけ」

「そうなの? あんまり暇なのも、ちょっと寂しいね」

 悠美の当番日は木曜だから、明日だ。

 経験者の悠美よりも、あたしのほうが先にカウンター当番をやってしまったことになるのだが、そんなことはどうでもいい。

「それよりも聞いてよ。一緒に当番やるはずだったもう一人の人が、昨日来なくてさぁ。司書さんも用事あるとか言ってすぐ帰っちゃったし、あたし初めてなのに一人で図書室に取り残されたんだよー」

「えー、ひどいね。初日から来ないなんて」

 話し始めたら、篠田先輩の話もしたくなった。

 たった一度、数分だけ話しただけの人なのに、あんまり好印象とは言えない人だったのに、どうしても気になる。

 何と名前をつけていいのかわからないこのもやもやした気分が、誰かに話してしまえばスッキリするかもしれない。

「本当だよ。そんな時に本、借りに来たのがひっどい人でさぁ」

「? どんな?」

「あのね……」

 そのとき、ちょうど始業のチャイムが鳴ってしまった。

 続きは休み時間に、といって、悠美は自分の席に戻っていった。


 結局、悠美に篠田先輩のことを詳しく話せたのは昼休みになってからだった。

「でも、依子ちゃん。そんなにいらいらしててもね」

 一通り話し終わると、真剣に(でも可笑しそうに)話を聞いてくれていた悠美はくすくす笑い出した。何が可笑しいのか全然わからない。

「ちょ、なに笑ってんのー」

「だって。きっと依子ちゃん、近いうちにその人と再会すると思うよ」

 目じりに軽く涙をためて笑いながら、悠美は、断言した。

「えぇー? 嫌だもう、そんなこと言わないでよぉ。本当に再会しちゃうかもって思っちゃうじゃん!」

 来週のカウンター当番はサボり決定。と、心の中で強く誓った。

「たぶん、来週のカウンター当番で図書室で会うよりも早く、別の場所で会うよ」

「そんなのわかんないよー。だいたい、一年生と三年生だよ? 接点なんてないし」

 会うよ、と言われると、余計に会いたくなくなった。

 あんなに神経質で強引で高圧的な人とは、少しでも一緒に居ると疲れる。ひとつの失敗も許されないような気がして緊張するし。

「そうかなあ?」

 意味深に微笑む悠美の話など、そのときのあたしは単なる冗談だとしか思っていなかった。

 けれど、結果として、悠美の予言は当たっていたのだ。



 ホームルームが終わると、あたしは真っ先に教室を飛び出した。

 カウンター当番だった昨日の分まで走りたかったから。

 とはいえまだ正式な部員にはなっていないので、陸上部部室の更衣室は使わせてもらえない。昇降口の近くにあるトイレで手早く体操着に着替えて、昇降口で靴を履き替えていると、同じ陸上部に仮入部した一年生の女の子に会った。

「依ちゃん、昨日来なかったけど、どうしたの?」

 隣のクラスの菅原舞が首をかしげると、ショート丈にそろえられた髪がさらさらと揺れる。

「あぁ、昨日ねー。あたし図書委員になっちゃって、昨日カウンター当番だったの」

「そんなのあるんだ、大変そう。そうだ。今日、一年生だけで記録会するって。昨日先輩たちが言ってたよ」

 舞はおしゃべり好きで、いつも笑顔が絶えないから、ついつい話し込んでしまう。そのまま校庭まで話しながら歩いていくと、何人かの先輩たちはもう来ていて、各々ストレッチやウォーミングアップを始めていた。

 その中でもひときわ体が大きい、いかにも陸上やってます! というように全身真っ黒に日焼けした男の先輩(たしか二年生だ)が、あたしたちに気づいて近寄ってきた。

「おー一年生、来た来た。今日は一年の記録会やるからな。ストレッチでもしながら、とりあえずこの辺で集まって待ってて」

「はい」

「いいお返事」

 先輩はにっと笑うと、他の先輩たちのほうへ戻っていった。

 あたしたちが一年生では一番乗りだったんだ。ちょっといい気分だ。ホームルームが早く終わってよかった。

「とりあえず、体ほぐそうか」

「そうだね」

 何気なく楽しそうにやっているようで、ストレッチとかウォーミングアップのための軽い運動というのは、本格的にスポーツをするためにはどうしても必要だ。

 きちんと筋肉をほぐして、ある程度体を温めておかないと、急に激しい運動をしたときに体がついてきてくれずに、怪我や事故の原因になってしまうから。

「他の子たち、遅いね」

 地べたにすわったあたしの背中を押しながら、舞が周りを見回して言った。

「そう、だねっ。けっこう、人数、いたはずなのに」

 グッグッとかなり強くリズムをつけて押されるので、言葉が変なところで切れる。

「ねー。あ、部長だ」

「えっどこ!?」

 あたしも舞も、一昨日から陸上部に仮入部した。

 仮入部初日は、部長は用事があるとかで部活を休んでいたし、昨日はあたしがカウンター当番で部活を休まなければならなかった。

 そんなわけですれ違い、あたしはまだ部長の顔も名前も知らない。

 いい加減、部長の顔も知らずにいるのはまずいと思っていたから、部長、という言葉にやたら反応してしまった。

「ほら、あそこ。顧問の先生と話してる」

「あぁ、あの人……」

 見た瞬間、少し、かなり嫌な予感がした。

 舞が指差してくれた方向には、顧問である体育教師と、もう一人、運動着を着た男の人が話をしている。

 あの背格好には見覚えがあった。

 背は高いけど細身で、でも筋肉はきちんとついていて、まっすぐな黒髪。

「どうかした?」

 食い入るように「部長」をみつめていたあたしに、舞が心配そうな顔を見せる。

「うん、ちょっと」

 そのとき、顧問のほうを向いていた部長が話を終えたのか、こちらを振り向いた。

 げ、目が合っちゃった。うわぁん眉間にシワ寄ってるし! と思ったらこっちに向かって歩いてくるし!!

 やっぱり、紛れもなくあの人だった。

 篠田瑞樹。

 近づいてきたコイツは、昨日とは打って変わって優しげな微笑を見せている。

 明らかに、あたしではなく、舞に。

「一年生?」

「あ、はい」

 さすがに先輩、しかも部長の目の前で座り込んでいるのはまずかろうと、あたしたちは立ち上がった。

「まさか、今日来るの二人じゃないよね。今日は一年生たちの記録会…って言っても軽い腕だめし見たいな感じだけど、やる予定だったのに」

 心配そうに腕を組む姿は、やっぱり部長らしい。

「これから何人かくると思いますよ。あ、二組の前川先生ってホームルーム長いんですよね? 確か、二組の子、多かったですよ」

「じゃあそのせいかな。もう少し待っててみよう」

 舞の返事を聞くと、ちらりと腕時計を確認しては頷いて、篠田先輩は向こうに行ってしまった。

 すぐ隣にあたしもいたのに気づいてないわけがないのに、あの男、あたしのことまるっきり無視して行った。

 いちいち起こす行動がむかつく。

「……あー…」

 先輩があたし達に背を向けて、他の先輩たちと話し始めたのを確認してから、あたしは地面にしゃがみこんだ。最悪。ほんっとに、最悪だ。

 まさかあの人がうちの陸上部の部長だなんて。

「依ちゃん?」

「うん、なんでもない! ごめんね、ストレッチの続きしよっか」

 舞はそれでもやっぱり不思議そうな顔をしていたけれど、すぐにストレッチを再開してくれた。

 地面に足を伸ばして座った舞の背中を押す。と、思っていたよりも曲がるのでびっくりした。

「体、柔らかいね舞ちゃん」

「あはは、これだけが取り柄。それよりもさぁ依ちゃん」

「ん?」

 ストレッチ中なのに、舞はなんだか興奮しているようで、顔は見えないけれど声が上ずっている。

「さっきの部長、篠田先輩、格好いいよね!」

「は……」

 とっさに、はあ? あんなののどこが格好いいの!? と言おうとして、やめた。

 人の審美眼は人それぞれだし…いやいや、篠田先輩は決して不細工じゃないしむしろ格好いいほうだけど、単にあたしの中での第一印象が最悪なだけだ。

「そう…だね。うん。格好いいよね」

「だよねぇ。大人っぽくて穏やかで、格好良くて。…彼女とかいるのかな?」

 あぁ、この子、完璧に心酔してる。

 とりあえず悪く言うのはやめておこう。それから昨日、図書室で会ったことも、言わないでおこう。

 これから三年間、おなじ部活で過ごしていく貴重な友達と、出会って数日で険悪になりたくないし。

「どうかな。今度聞いてみたら?」

「えーそんなの恥ずかしくて聞けないー」

 きゃー、と言って舞は頬を赤くした。なんか女の子って感じで可愛いなぁ。

 そう思ったところでバタバタと数人分の足音が聞こえてきた。

 見た感じ、顔はよく覚えてないけれど、陸上部に仮入部した一年生のようで。こちらはあたし達と対照的に男の子ばかりだった。

「あーもう、前川信じらんねー。ホームルーム長すぎ」

「最悪だよな」

「遅くなって本当、ごめん! …これって遅刻かな」

 三人とも口々に担任の愚痴を漏らしつつ、それでも急いで着替えて走ってきたのだろう。みんな息が上がっていた。

「ううん。今日は一年生の記録会だから、一年生が来ないことにはって言って、待っててくれてたよ」

「前川先生のホームルームが長いの、先輩たちも知ってるし」

 先に来て待っていたあたしたちがフォローすると、三人はほっと安堵の表情を見せた。

「これよりも遅く来る人は、いないよね」

「じゃ、行こうか」

 これが、今年の一年生。三年間、部活で苦楽を共にする人たち。

 委員会は最悪だけど、部活は、どうか、楽しくありますように。

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