ようこそ謎だらけの現代へ
現在、時刻は十九時五十分。
大きな雨粒がしきりに降り注ぐ山道を、一つの自動車が走り抜けている。ライトの光を頼りに四十以上のカーブを曲がるシルバーの自動車は、その色合いから都会的な印象を感じさせるも、不思議な事に周りの草林の雰囲気に馴染んでいた。
今、レオン達の乗っている自動車が走っているのは「三郷スカイライン」と呼ばれ、終点には安曇野を一望できる展望台がある。また、このまま進むと県道495号線へと道路標示が変わり、山を抜けると集落が見えるのだが彼らはそんな事は知らない。
ただひたすらに明かりを求めて自動車を走らせていた。
「うわぁ……びっしょびしょ……げぇ! 下着も……あ――――‼ もう、気持ち悪―――い‼」
サラはそう言い放つと、自分の着用していたトップスとキャミソールを脱ぎ捨て、その後できつめに付けていたブラジャーさえも放り投げた。すると透き通る様に美しい肌をのぞかせ、それと同時に十分すぎるほどに成熟した胸が露わになる。
「おい、だらしがないぞ。」
「え――いいじゃん、今更でしょ? それにレオンはそんな調子だしさぁ~」
ハンドルに手を当てながらバニティミラーを覗くジュンに、助手席に腰を掛けている人物を指さして答える。
そのサラの言葉通り、助手席には不気味に何かを唱えているレオンがいた。その手には、先程ジュンに渡された先人の書が持たれている。
この自動車に乗り込んでからというもの、レオンはずっと先人の書とにらめっこをしていた。本来なら我々に「この本で英語をすぐに話せるようになれ!」と言われるのと同じくらいに無茶な事だが、レオンはこの無茶を少しだが実現させかけていた。
――――伝能、またの名を『ワード』と呼ぶ技術。それは、レオン達のいた世界でごく一般的に使われていた物だ。
人にはそれぞれ得意不得意がある。それは勉強でも運動でもだ。絵筆や裁縫、料理に関しても出来る人は「凄い」と言われる。
そして、レオン達にとってのそれが『ワード』であった。
人それぞれの個性によって特徴の現れる『ワード』は、力が強くなったり、空を飛んだりすることもできる。また、『ワード』はレオン達のいた世界では必修科目であり、この分野で才能の有無が見極められていた。
さらに『ワード』を使った勝負を行う大会も催され、その大会では皆が熱く盛り上がる程
に『ワード』は欠かせない物になっていたのだ。
ちなみに、勝負を始める前スポーツマンシップにのっとり自分の伝能を「言葉」にして宣言することから『ワード』と名付けられたという。
そしてある少年・レオンが見出すことの出来た『ワード』が、世間には『波導』と言われるものだった。
『波導』とは人の心、体の状態、土地の持つ エネルギー状態などが知ることができたり、テレパシーで人の思いを知る事が出来る事を言う。
しかし、レオンの『波導』はそれとは異なっており、振動を操るものだった。高く精妙な波と、低く荒い波を操り、人体や周りのものに様々な影響を与える。
レオンはそれを使い脳の機能を最大まで活性化、全てまでとは言えないが先人の書の約半分を覚えるに至っていた――――。
「そんな事を言っているんじゃあない。リリィに悪影響を与えるなと言っているんだ」
ジュンはもうすぐ十三になろうとしているリリィに、サラのだらしない部分がうつってしまうのではないかと心配していた。
しかしレオンと同様、リリィにもその光景は全く見えていなかったらしい。その幼い顔に青ざめた表情を浮かべている。
「どったの? だいじょーぶ?」
「う……ん、は、はい……」
サラがそう言って顔をのぞき込むと、リリィは心配をさせまいと引きつった笑顔を見せた。
「どうしたんだリリィ。顔色が悪いぞ」
「……なんでも――」
「さっさと言え」
「うぅ……」
リリィは数秒の間視線を泳がせた後、頬を染めながら言った。
「お……ぉトイレ……」
リリィが小さくそう言うと、その場に沈黙が流れる。しかし、そんなものは気にせずジュンは「そうか」と冷静に言葉を返した。
「な、ならリリィ! すぐにペットボトル開けるからちょっとま――」
「あそこを見ろ」
何故か異様に目を輝かせるサラの言葉に割り込み、フロントガラスの外の光景を指さした。
それを、頬を膨らませながらサラは前かがみになりのぞき込む。そこには相も変わらずに降り注ぐ雨の嵐、それにも負けずに懸命に働くワイパー。そして、遠くに縦にぼんやりと並ぶ光が見えた。
「お? なにあれ、家かな?」
「大きさを考えると屋敷か城……だろうな。あそこにトイレを借りに行くぞ。そしてできればだが、泊めてももらいたい」
「だねぇ~~でもこの世界にはきちんと「人」がいてくれるかな?」
「この自動車も俺達のいた世界と変わらないんだ。恐らくいるだろう。リリィそれでいいか」
ジュンの問いかけに、リリィは力なく「はいぃ……」と答える。
それを確認すると、ジュンはアクセルを強く踏み、目的の場所へと自動車を走らせて行った。
しかし、彼らはその建物が現代にあるはずのない物だとは知らない――。
土砂降りの時の車の中ってテンション上がります。