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 気づいてみれば、校舎には放課後のチャイムが鳴り響いていました。

 午後の授業はなんとなく受ける気にならず、高校の広大な図書室をうろうろしていたらつい時間が経ち過ぎてしまったようです。


 「何してるんでしょう、私……」


「授業をサボろう」と人生で初めて心に誓った時はあんなにもワクワクしていたのに、いざ振り返ってみれば全くの無駄に終わった午後の数時間が惜しくてたまらなくなります。


「ウサギさんウサギさん。次元の管理者とかいうふざけた役職のあなたなら、もしかして時間を戻せたりしてしまうのではありませんか?」

「まず人にものを頼む態度を覚えようか……と言いたいところだけど、ボクには時間を操るなんて大それた事は出来ないんだ。時間に携わるのは四次元の領分だよ。ボクの担当は、二次元と三次元の境目だけさ」


 本気で頼んだ訳ではないのですが、ウサギさんは生真面目にそう答えます。


「……じゃあもしかして、私を三次元に連れて行くことは出来るんですか?」

「そんな万一の事が起きないようにボクがいるんだ」


 深めたくもない交流を深めるうち、私はウサギさんに対する認識を段々と改めるようになっていました。

 彼には私を痛めつけようとか、人間が慌てる様子を眺めて悦に浸ろうとかそういった考えは一切無くて、ただ純粋に自らの任務を果たそうとしているだけなのかもしれません。

 ……多少口は悪いですが。


「で? 何か『シナリオ』に逆らうためのヒントは見つかったのかい?」

「いえ……まだです。図書室に行けば何か分かると思ったのですが」

「そうじゃなくてさ。ほら、あの子」


 そう言って、ウサギさんはメガネ少女の方を鼻で指し示します。

 放課後のチャイムを気にも留めず読書に耽るその姿は、文学少女という言葉そのものがピタリと当てはまります。


「放っておいて良いのかい? 彼女を説得すれば、何か手がかりが見つかるかもしれないよ」

「いやいや、それがあり得ないんですよ! 放課後まで図書室でずぅーっと二人きりだったっていうのに、彼女、一言も話してくれなかったんです!」


 そうなのです。

 午後一番に私が話しかけようとした途端彼女は読書を始めてしまい、それから午後の授業開始から放課後までのおよそ三時間少々の間、私はメガネ少女と一切言葉を交わす事は出来ませんでした。

 おかげで私は、未だに彼女の名前すら知りません。


「そんな事で悩むなんてキミらしくもないなあ。いつもの調子で、『わぁ~すご~い♡ 何読んでるの~?♡』とか訊けばいいじゃないか」

「あなたは私を何だと思ってるんです……? いやそれはともかく、私は本なんか一切読んだ事は無いんですよ」

「知らないならそれこそ訊けばいい。話題は作れる」

「人間様の世界では、話を広げる知識も無いのに人に話しかける輩をコミュ障と呼ぶんですよ」

「そうだったっけ……?」

「いいですか、そもそもコミュニケーションとは——」


 首を傾げるウサギさんに私のコミュ障論を叩き込もうとしたその瞬間、異変が起こりました。


(これは……まさか……!)


 喉が締め付けられるかのような感覚に教われ、口から出そうとした言葉は吐息にすらならないまま私の中で消滅したのをはっきりと自覚し、私は今確かに『シナリオ』の中にいるのだと静かに悟りました。


「あれっ、アリス?」


 ガラガラと引き戸が開かれ、まず姿を現したのは当然のように兄。

 そして――


「あっ、ほんとだぁ! アリスちゃん、どうしてこんなところにいるのぉ?」


 頭痛がするような甘ったるい声が図書室の静寂を壊し、姿など見なくとも私は相手の正体を察します。

 由布山ゆふやまくるみ、高校二年生。

 家が私と隣同士で、いわゆる兄の幼馴染にあたる女性です。

 

「いえ、そのっ……ここにちょっと用事がありまして……」

「ほえぇ……アリスちゃんが高校にいるとなんだか変な感じがするねぇ」


 気持ち悪――もとい、ぽやぽやとした少々特徴的な喋り方をするのが特徴で、私が高校までわざわざやってきたのも彼女に会うのが目的でした。

 天然ドジっ子で料理上手、不自然なほどの巨乳(決して妬みではありません)と、明らかに『特徴的すぎる』プロフィールから、ヒロインの一人であると踏んでいたのです。

 こうして『シナリオ』に会話が用意されているところからも見て、私の予測はやはり間違っていなかったようでした。


「アリス、用事って何? 僕も手伝おうか?」


と、兄がにこやかに訊ねてきます。


「……たまには兄さんと一緒に帰りたくなっただけです」

「え? 何て言ったの?」

「な、何でもありませんっ!」


 心底どうでもいい茶番劇に身を任せながら、私は兄たちがここに来た理由を思案しようとしますが、私はすぐさまそれに気づきました。

 いつの間にかメガネ少女が音もなく立ち上がり、蔵書の整理を始めたのです。

 恋愛シミュレーションの主人公が場所を移動するのは、そこに関連するヒロインと出会うため。

 つまり兄がここに来たのは、図書室に関連するヒロインと関わるため――


「じゃあ僕は本を探してくるから、そこで待ってて」

「わかったぁ。じゃあアリスちゃんとお喋りしよぉ♡」

「あの……図書室では静かにした方がいいんじゃないですか?」


 このシナリオライターも少しはまともな意見が言えるじゃないか、と感心しましたが、その間に兄は自然な足取りでメガネ少女に近づいていきます。

 ちょうど彼女は脚立を利用して高い所にある書籍を入れ替えているようでした。


「きゃっ⁉――」


 案の定、と言うべきか、彼女はバランスを崩して転倒します。

 当然倒れた先には兄がおり、彼女を優しく受け止めたその腕の中から「ありがとうございます」とメガネ少女がモゴモゴと言うのが聞こえます。


「大丈夫⁉ 怪我は無い⁉」

「へ、平気です……」

「…………」

「…………」


 その間私とくるみさんはといえば、終始無言のまま棚でいちゃつく二人をずっと見つめていました。

 ライターさん。こっちの世間話もちょこっと書いておいてくれるとありがたいです。すごく気まずいです。

 

 まあその後の展開は、要約すると「私も抱っこしてほしい」と私とくるみさんが嫉妬するような描写があったのですが、その辺は省略しておきましょう。

 私は自分の醜態を晒すのが何よりも嫌いなのです。

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