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 午前の授業を上の空でやり過ごし、待ちに待ったお昼休み。私は計画を実行へ移すことにしました。

 私が見上げた先にあるのは、兄の通う高校です。

 私の中学校から歩いて三分程度というこの好都合な立地は、今にして思えば『シナリオ』に必要な要素だったのでしょう。以前兄にお弁当を届けたような覚えもありますし、あれもイベントの一つだったと思えば合点がいきます。


 ウサギさんが言うには「キミ以外の『ヒロイン』が集まる場所がその高校だよ」とのことで、「まずはこのお昼休みを利用してヒロインたちと仲良くなろう」、というのが私の計画でした。

 なんだか自分が恋愛シミュレーションの主人公になったようで、少しワクワクします。

 

「愚直にもボクの言う事を信じるなんて、お人好しというかなんというか……。やっぱりキミは馬鹿だね」


 意気込んで突入を試みた私の気鋭を削いだのは、やはりあの癪に障るけだものでした。

 彼は私のバッグからひょっこり顔を覗かせ、鼻をひくひくとさせています。


「……どうしてここにいるんですか」

「キミのいるところなら、ボクはどこにでもついていくよ」

「気持ち悪い自白をどうもありがとうございます。……あと人前ではあまり喋らないでくださいね」

「大丈夫大丈夫。ボクらは『心を持ったキャラクター』にしか見えないし、声も感知できないようになってるから」

「それは兄との一件でなんとなく分かってます。そうじゃなくて、あなたの声についうっかり反応してしまったら私が周りから馬鹿だと思われるじゃないですか」

「ふはは。冗談が上手いね。もう後の祭りなのに」

「殺しますよ?」


 ウサギさんをバッグの奥深くへと埋めてファスナーを閉じ、守衛さんに挨拶をしてから私は校舎を目指します。

 広大なグラウンド、あり得ないほどメニューの充実した食堂、非常にキャラの薄いモブキャラの皆さん等々を横目に通過しているうち、バッグの中からもごもごと声が聞こえます。

 

「キミにはヒロインのアテがあるのかい?」


 甘く見てもらっては困ります。

 こんな状況になってしまった今、その人が「ゲームのヒロインかどうか」を見極めることなど私にとっては容易な事でした。

 要は、他より一際キャラの濃い女性を訪ねればよいのです。なんという名案。自分の頭脳が誇らしいです。

 まあ目星をつけている『あの人』は性格は良い――というか良すぎるぐらいなのですが、不思議な言葉遣いをするので個人的に少し苦手な方です。しかしこうなってしまっては、背に腹は代えられません。

 

「ねえねえ聞いてる? お話してくれないとボク寂しいな~」


 もはやわざとやっているのではないかというぐらい腹立たしい毛玉を華麗に無視し、階段を登って兄のクラスへと直行します。

 ここで気を付けるべきは、主人公である兄に絶対会わないようにすること。

 もしかしたら、今の私だって『シナリオ』に操られているとも限らないのです。

 これからの行動は出来る限り兄を避け、外で自由に動ける時間を増やすのが得策でしょう。


「まあボクを無視するのは別に構わないけど、前はしっかり見た方がいいんじゃない?」

「え?」


 今度は、無視するわけにはいきませんでした。

 考え事をしながら歩いている私の前に、突然現れた人影が立ち塞がります。


「きゃっ⁉――」


 ドンッ、と真正面からその人とぶつかり、か弱い私の体は吹き飛ばされ、おしりから床へとぶつかってしまいました。


「あのっ、ごめんなさい。前方不注意で――」

「いてて……」 


 謝りかけた私の目に飛び込んできたのは、あろうことか私の兄、その人でした。

 絶対に果たしたくなかった邂逅。私は慌てて目を逸らしますが、もう手遅れでしょう。

 兄と連れ立って歩いている、いかにもお調子者タイプの友人さんがゲラゲラと笑います。


「何やってんだよ。『何もないところで』転ぶなんて、年寄りじゃねぇんだから」


 彼の台詞に、私は耳を疑います。

 自分の体をぺたぺたと触って、その存在を確認して安堵しました。

 私は、今確かにここに存在しています。

 

「おかしいなあ。確かに何かにぶつかったような気がしたんだけど……」

「おいおい、真っ昼間から怪談とかやめてくれよな~」


 彼の冗談に周りから、あはは、と嘘くさい笑いが起きます。

 兄は首を傾げつつ、彼らと共にどこかへ行ってしまいました。

 その中に私のお目当てのヒロイン候補もいましたが、もう追う気にもなれません。

 床にぺたんと座ったまま、私は覚束ない動作で自分のバッグを開きました。

 

「……やっと分かりましたよ。あなたの先ほどの言葉の意味が」

「やれやれ、だから言ったのに。『ボクらは』心を持ったキャラクターにしか感知できないって」


 最初、私はそれを、ウサギさんのような『次元の管理人』を指した総称だと思っていました。

 しかし今の一件で、それは全くの勘違いだったことを悟ります。


「……朝に母と話せたのは、『シナリオ』の内だったという事ですか?」

「ああ。キミのお母さんはあの会話をきっかけにお兄さんとの交際を真剣に考えるようになる、っていう設定だ」

「常識も何もあったものじゃないですね」


 私は乾いた笑いを発します。

 シナリオライターを恨む気力さえ起きませんでした。

 これが私に与えられた運命。否――これはもはや運命というよりも、私たちのような心が芽生えたキャラクターを縛るための足枷。


「……私はもう、『シナリオ』の外では人と話すことさえ出来ないんですね」

「そうだよ、アリス。キミはもう二次元世界の住人じゃない。かといって三次元に行くことも出来ない。言うなれば幽霊みたいなものさ。生きてもいないし、完全に死んだわけでもない。そんな中途半端な存在が、今のキミなんだ」


 ウサギさんの淡々とした説明が、私の耳を通過していきます。

 自分よりも強い者に反旗を翻す――二次元が三次元に逆らうなんて、いくら前人未到の偉業と言われても、それは実感のない響きとして私の中に印象づいていました。

 心のどこかではなんとなく、「私になら出来るのではないか」と、全く根拠のない自信が宿っていたのです。


 大前提として、私はシナリオには逆らえない。

 私の望みは「シナリオに逆らう事」。

 しかし私は三次元はおろか、二次元に干渉することも許されない。

 それはつまり、特別な力も何も持たない私が、自分ひとりの力だけでこの事態をどうにかしなければならないということ。


「一応もう一度だけ言ってあげようか? ボクは親切だからね」


ウサギさんは冗談を言う素振りでもなんでもなく、いつもの、静かな口調のまま言葉を続けました。


「『もう後の祭りなんだよ』。何もかも、ね」

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