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「あーあ。気付いちゃったか」


 おかしなデジャヴに頭を悩ませ、自室のベッドで悶えていた私の下に、声の主は唐突に現れました。


「やあ。初めまして」


 字面だけ見れば紳士のような挨拶でしたが、絵面の方はそれとはまるでほど遠いもの。

 座布団の上にちょこんと腰掛けているのは、紛れもなくただの白ウサギでした。


「……どちら様です?」


 喋るウサギという奇妙な図に混乱させられた私は、逆に落ち着いてそう尋ねることができました。


「見ての通りウサギだね。名前はまだない。役割を訊いてるなら、『次元の管理人』って事になるけど」

「……はい? 今なんと?」

「だから『次元の管理人』だって。二次元と三次元の境目を管理するのが、ボクの仕事なんだ」

「……畜生の分際で中二病まで患ってるなんて可哀想に」

「……もしかして信じてない?」

「今のところは、まだ夢だと思ってます」


 そう正直に申告すると、ウサギさんはう~ん、と頭を悩ませました。

 いや悩んでいるかどうか肉眼では確認しづらいのですが、私にはなんとなくそう見えました。


「それじゃあ、キミは自分が美少女だっていう自覚があるかい?」


 ウサギさんが唐突にそう訊ねたので、私は多少面食らって答えました。


「え、ええ。知ってますよ。学校では結構モテますし、自覚するのは結構早かったですね」

「性格はまるでモテそうにないね」

「何か?」

「いや別に。そういえば、キミのお母さんも綺麗だよね。人によっては中学生のキミよりも若く見えるかもしれない」

「綺麗っていうか、もはや異常ですね、アレは。父は逮捕したほうがいいと思います」

「よかった。異常っていう感覚は残ってるみたいだ」

「……どういうことです?」

「ボクが言いたいのはね。現実には『年齢詐称じゃないかっていうぐらい見た目が若い母』と、『それに負けず劣らず可愛い娘』。そんなモテない男の妄想みたいな家族は、実在しないってことなんだよ」


 そのこちらを見下すような言い回しに、私は苛立ちを募らせます。


「結局何が言いたいんです? 現に存在してるんだからしょうがないじゃないですか」

「ごめんごめん。今からボクが言う事はたぶん信じてもらえないから、まずは順番に解説していこうと思ってね」


 腕を組み、嫌な表情を隠す気もなくなった私に、ウサギさんは楽しそうに続けます。


「キミは二次元の人間なんだよ。平たく言えば、ただのデータなのさ」


「……は?」

 何を言われたのか、一瞬では理解が及びませんでした。

 二次元の人間? 二次元とは、あの、ゲームや漫画の中といった世界? ……私が?


「今からその証拠を見せよう」


 ウサギ氏がそう言った瞬間、部屋がコンコンとノックされ、私の心臓は跳ね上がりました。


「は、はい!」

「アリス、今大丈夫? ごめんね、誕生日会行けなくて……」


 声から察するに、私の兄のようです。


「プレゼントを買ってきたんだ。開けてくれないかな……?」


 女の子のような弱々しい声。外見も中性的で、頼りない風貌のくせに肝心なところで優しい、兄らしい気遣いでした。

 しかし今の私には、プレゼントなどどうでもよいのです。

「あー、はいはい。今忙しいのでそこ置いといてください」


 と、私は言うはずでした。


 しかしどうしたことか私は口さえ開くことができず、思い描いた言葉が喉から漏れることはありません。


「……兄さん、どこに行っていたんですか。寂しかったんですよ」


 代わりに出たのは媚びるような、涙ぐんだ声。

 自分で自分の台詞に鳥肌が立ちました。


「本当にごめん。アリスが欲しがってた熊のぬいぐるみ、手に入れるのに時間が掛かっちゃって……」


 いやネット通販使えよ。


 試しに思いついた文言を口に出そうとしてみますが、不可視の力が働いているのか、どうしても私の口は動いてくれません。

 すると突然、私の足が勝手に立ち上がりました。

 必死に布団に戻ろうともがく私をあざ笑うように、私の制御を離れた体は自動で扉の前まで歩み寄ります。


「無駄無駄。キミは三次元の人間が決めたシナリオには逆らえないんだから、大人しくしてなよ。ま、このゲームの主人公――つまりキミのお兄さんが離れれば動けるようになるから、それまで頑張ってね」


 ウサギさんの方には、助ける気がまったくと言っていいほどないようでした。

 私は扉を少しだけ開きます。

 ウサギさんの言葉を信じるなら、これもシナリオで定められた行動なのでしょうか。

 上目遣いになるように腰をかがめ、扉の隙間から目だけを覗かせました。


「お誕生日おめでとう、アリス」

「……兄さん、その目の隈は?」

「えっ? ああ、なんでもないよ」

「もしかして……プレゼントを買うためにアルバイトを……?」

「あはは……バレちゃったか。僕のお小遣いだとちょっと厳しくて……」


 どうでもいいですが、このポーズで会話を続けられると腰が痛いです。

 早く終わってくれないものでしょうか。


「もう……無理はしないでくださいね」


 薄っぺらい微笑を浮かべ、私はドアをゆっくりと開いていきました。


「プレゼント、ありがとうございます」


 兄からぬいぐるみを受け取ると、一刻も早く扉を閉じたいという私の思惑に反して、私はなぜか兄に抱きついてしまいます。やめろやめろ。


「ちょ、アリス!? 何してるの!?」

「ふふっ、せめてものお礼です♪」


 このときばかりは私も兄とまったく同意見で、心の中で頭を抱えたものでした。

 本当に、私は一体何をしているのでしょう……?

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