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「待った待った。くるみから隠れてた時と今回とではワケが違うんだよ」

「ほぅ? あの状況で私を見捨てておきながらよくもそんな事が言えたものですね……」


 放課後に学校から私たちはくるみさんの家へと場所を移し、いつもと変わらぬ舌戦を繰り広げていました。

 ウサギさんに触れることが出来さえすればとっくの昔に乱闘へと発展しているところなのですが、人様の家で派手に暴れる訳にもいきませんので、今日も手加減しておいてあげましょう。

 

「いったい、くるみさんの時と何が違うんです?」

「くるみから隠れた時は単にキミを見捨てただけだ。ボクも痛いのは困るからね」


 くるみさんの両親は共働きで毎日夜遅くまで家を空けているという、中学生の私にしてみれば大変羨ましいご家庭で、彼女が料理上手なのはその辺に原因があるのだとか。

 それはともかく、ご両親がいないのなら少しぐらい家畜の血が飛び散ってもお掃除すれば問題ないかもしれません。

 そう考えた私がすっかり常備するようになった大きなハサミを取り出したところで、くるみさんが呆れたように苦笑を浮かべます。


「お前ら……本当に仲良いな」

「はい? 誰がこんな獣風情と」

「冗談もほどほどにしてほしいね。もはや絵面が暴力的どころか殺人鬼スレスレじゃないか」

「はいはい、その辺にしとけよ。で、今日はそんな話をしに来たんじゃねェんだろ?」


 くるみさんのその言葉に私は「そうでした」とポンと手を打ち、ウサギさんに向き直ります。


「話が違うじゃないですか。自我を持たない人物は、もう二度と私を認識できないのでは無かったのですか? あの三人組はともかく、先生までもが普通に話しかけてきたのですが……」

「あれはイレギュラーでも何でもない。体育倉庫での出来事も間違いなくシナリオの一部さ」


 ウサギさんはちょろちょろと歩き回りながら、最終的に手に顎を乗せて胡座あぐらをかいているくるみさんを盾にするような位置取りに落ち着きました。

 虎の威を借る何とやら、ということわざが頭をよぎります。


「例えばシナリオ内で『アリスは一ヶ月前に比べて2キロ太った』という描写があったとする」

「別に太ってないです」

「そこはどうでもいいんだよ。で、『アリスが太った』という設定だけ存在して、『太る過程』が文章で描写されてない場合、その設定に辻褄が合うようにNPCが自然と動く場合があるんだ。クラスメイトが突然お菓子を勧めてきたり、とかね。そしてその間キミは自由に喋る事が出来る。シナリオに台詞は書いてないわけだからね」


 ウサギさんの言葉を、私は脳内で反芻します。

 シナリオで定まっている事に事実を合わせるためNPCが勝手に動き、そしてその時だけはNPCが私に干渉できないルールの例外となる……。


「……それと三人組が絡んで来た事に何の関係が?」

「……はあ」 


 ウサギさんのため息と同時に、くるみさんがニヤっと笑います。


「……読めてきたぜ。いかにもなストーリーじゃねえか」

「いかにも、とは?」

「思い出してみろよ、これはお前の兄貴とヒロインが繋がるためのエロゲーだぜ? 要は『アリスが兄と付き合う』っていうこのゲームの目的のために、NPCが勝手に動いたんだ。『主人公がイジメを受けているヒロインを助けて恋に落ちる』……なんて、ありがちすぎて逆に新しいぜ」

 

 なるほど、と私は肩を落としました。

 要するに私に絡んで来た彼女たちは、私と兄の恋愛をサポートするためのかませ犬なのです。

 きっと度重なるイジメで危機に陥った私を助けるために兄が現れ、ボコボコにされるためだけにあてがわれた存在——。

 もはや自分の現状を憂うより、あの三人組に同情してしまうほどです。


「これからずっとあいつらに付き纏われるだろうなあ。お前の兄貴が助けに来るとしたらエンディング間際だろうし、それまでは我慢するしかねぇぜ」

「……不登校なんかで対策を講じても無駄なんでしょうね。兄が助けに来てくれるまでは、私はあの方々と仲良しこよしってわけですか。いつ頃までそれが続くかは教えてくれないんでしょう、ウサギさん?」

「その通り。ようやくこの世界のルールに慣れてきたみたいだね」


 これは……くるみさんに助けてもらったのが良かった、とは一概には言えないようです。

 イジメの程度がシナリオに明記されていなかった場合、私の身に何が降り掛かるかは定まっていない事になります。

 あの一件で彼女たちの怒りを助長してしまったのは間違いありませんし、大きな厄介事が増えてしまったのはこれで間違いないでしょう。

 こんな事なら挑発なんかするんじゃなかった、と私は頭を抱えます。

 いっそ早く兄が助けに来てくれれば、シナリオの力によって確実に私は救われるのですが……。


「あっ……」


 ここで私は大切な事に気がつきます。

『イジメが終わる』タイミングとは、すなわち『私が兄を好きになる』タイミングと同じ。 

 もし私がシナリオに逆らって兄との恋愛を避けてしまったとしたら、イジメは絶対に終わらない。

 つまり彼女たちの追跡から確実に逃れるためには、私は兄の救出を受け入れるしかないのです。


「八方塞がり……みたいですね」

「だーから諦めちまえってんだよ。シナリオに身を任せればそもそも全部解決するんだって」

「ボクの仕事も一つ片付くしね」


 皆さんが他人事のように好き勝手言う中、私は記憶を必死にたぐり寄せます。

 

「くるみさん。確か……今夜天体観測があるとか言ってませんでしたか?」

「あ? ああ、そうだな。もう時間はそんなにねぇ」


 全員の視線が自然と掛け時計へと向かいます。

 午後六時。日は既に山の向こうへと沈みかけ、夜の始まりを告げていました。


「……つまり今すぐ選ばなければいけないわけですね。イジメか、兄か」

「あのさあ、何か勘違いしてないかい? キミに選択の権利なんか無いんだ」


 ウサギさんが身の安全を確信したのか、私の前にノコノコと姿を現してそう言います。

 

「それに……ほら、来たみたいだよ?」

「来たって……誰がですか?」


 訪ねた瞬間に私の体に電流が流れ、その直後、窓に何かがコツコツと当たる音がしました。


「くるみ? アリスが帰って来ないんだけど、どこにいるか知らない?」

「ふぇっ!? ○○くん!? あ、アリスちゃんならここにいるけど……」


 兄が自宅の窓から身を乗り出してこちらに呼びかけているのが見えました。

 先ほどのコツコツ音は隣家の兄が何かを投げていたのだ、と気づくと同時に、くるみさんの口調から『シナリオ』の開始を悟ります。

 

「ああ、そこにいるのか。ちょうど良かった。そろそろ出かけようよ。古澤さんも来てるし」


 古澤さん? と頭に疑問符を浮かべましたが、兄の後ろに隠れるようにして立っている詩織さんを見て、そういえば彼女はそんな名字だったなと思い出しました。


「タイムオーバーだね。もう取り返しがつかないから言っちゃうけど、ここから天体観測での告白イベントが終わるまでキミはシナリオの中だから何も出来ないよ」


 シナリオに操られているはずの私の体に、脂汗が伝うような感覚がしました。

 待ってと叫ぼうとする私の口は当然のように閉ざされたまま、兄の方を向いて微笑みを浮かべています。

 私には何も出来ませんでした。

 遂に何ら有効な対策を一切打てないまま、この時を迎えてしまったのです。


「じゃ、次会うときは非処女だね。ばいばーい」


 身の安全を保証されたウサギさんはそんな捨て台詞を残して、煙のようにどこかへと消えてしまいました。

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