とある居候の話
ある日、恋人の浮気が発覚した。
実家から勝手に抜け出して、初めて自分を理解してくれたと思っていた恋人は、お前なんてただの金づるだと笑い、残りわずかになっていた財布を奪い、外に放り出した。
家出して、頼る友人もいなかった自分に行く当てなどあるわけもなく、ただたださ迷い、マンションの植え込みでうずくまっていると、親切な人間が現れた。その人間は食べ物を分け与えてくれたものの、食べ終わったら帰れと言外に訴えていた。行く当てもなく世間知らずの自分一人では、今再び放り出されたらどうなるか分からない。
考えた末に、恋人にしてくれないかと持ち掛けた。顔が好みだったし、あげられるものは自分の身一つ。断られる可能性がほとんどだっただろうが、この人間は断らないという確信があった。同じニオイがした、理解者を求める自分と同じニオイ。そして彼は受け入れた。こうして新たな生活が始まった。
彼と自分は互いに名前を明かすことはせず、『居候』・『家主さん』と呼び合うことに決めた。そして、家主さんが不得意な家事を一手に引き受けた。覚えたのは前の恋人の元だったけれど、思い出しても何とも思わなくなった。むしろ、彼のために役立てる術を学ばせてくれたことを感謝さえした。確実に、家主さんに惹かれていく自分がいた。
毎週末の恋人の時間で、家主さんの色々なことを知った。
幼いころは女の子とよく間違えられた事、家庭教師の時間が嫌で抜け出して木に登ったら降りられなくなった事、高校の時の友人がアウトドア好きで一緒に行ったら遭難しかけた事、そして実家の敷いたレールに唯々諾々と従うのが嫌で、家業とは別に事業を起こした事。
家主さんはとても立派な人だった。自分とは比べ物にならないくらい、輝いている人だった。自分と同じニオイをしているのに、こんなにも生き方が違う。自分は家主さんに相応しいのかと悩むようになった。
正直に言ったら家主さんは怒るだろうか?それとも受け入れて、笑ってくれるだろうか?抱きしめてくれる家主さんの腕は、優しくて温かかった。
しばらくして、この家を出ることに決めた。
ちょうど実家から連絡があったというのもあるし、家主さんにふさわしい相手になりたかった。家事が不得意な家主さんのために色々と準備をして、最後に手紙を書き記す。
涙は出なかった。必ず会えると確信があった。家主さんが帰ってくる前に荷物を詰め、実家の車で長いようで短かった数か月間を過ごした場所を後にした。
毎年、とある巨大グループ企業の総裁の家で行われるパーティーに、両親と共に参加した。総裁の長男は現在は実家から離れているものの、携わっている事業ではその名を知らぬ者はいない程の手腕を発揮しているらしく、彼との繋がりを求めてか大勢のご令嬢たちが爛々と目を光らせている。その時、中庭へと降りていく背中を見て、思わず挨拶もそこそこに追いかけた。声をかけて振り向いたその顔は、やはり自分の愛する家主さんだった。久しぶり、と言った次の瞬間、家主さんは何も答えず、ただ自分を抱きしめてくれた。他人に見られるかもしれないと焦るも、家主さんは抱きしめる腕を強めて、自分に永遠を誓ってくれた。
それから更に時が経ち、桜の花が咲き乱れる頃、再び二人で住み始めた。今度は居候と家主ではなく、共に歩む対等なパートナーとして。首から下げた銀の指輪が、重なりながらキラリと光る。
もうままならないことに腹を立てて、同情してくれる人間を求めて飛び出した自分はいない。今度は敷かれたレールから逃げ出すのではなく、一から道を作っていく。一人ではなく、二人で。