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第1 衝動事件 5.

5.


 朝八時五十五分。

 大分県警本部の四階、エレベータを降り突き当りの会議室に『府内あかね公園幼児殺人事件本部』看板が掛かった。県警本部四階に捜査本部会議が設置され、帳場が立った。

 両腕を組み、眺め頷く男がいる。少しニヤついているように見えるが。突き出て腹、禿げ上がった頭頂部に廊下の照明が反射する中年の男、県警本部捜査本部長の上妻警視監。

 老人などの殺人より、子供の事件、それもとんでもない事件の方が嬉しい。子供の事件は話題性があっていい。ここ最近殺人らしい事件もなく、平和安泰なことに満足を感じておらず、ここでパッと打ち上げ花火のように派手な事件が起きてよさそうなタイミングだ。世間の注目を浴びる。

 どうやらこの男、とても馬鹿げたことを腹の中で、本心で願っているとんでもない人物だ。地方のマスコミどころか中央のメジャーな報道局までもがここ大分を注目している。この事件の行方、いやこの結末を期待しているようだ。

 ただ、気にかかるのは私のテリに今朝も中央のえばり腐った警視庁までもが捜査人員を送り込ませようと懸命だ。本庁の奴らがドタドタと踏み込まれ、でしゃばり、事件解決を掻っ攫っていかれてはとてもじゃないが困る。堪ったものじゃない。あいつ等に横取りされたさまるか。

そんなことを考えたが、又、すぐに自己満足に浸る。

 長引いて劇的な事件の終焉を迎えれば間違い無く世間から注目されるが、それも悪くない。単に長引かなければ、面倒な事件ほど図らずも私もテレビに出演する回数と時間が多くワクワクしてウンウンと事件解決の指揮を自分がフラッシュを浴びながらマイクに向かって話をしているのが頭に思い描かれた。

 両腕を交差させ腕組みを解き、顎を撫でるとウンウンと頷く。一人悦に入っている。

「上妻本部長、如何なされましたか?」

 会議室の入り口の側を通り過ぎる時、上妻と気づくと知らん振りは出来ぬとみて、声を掛けた黒田課長。

「うほん」咳払いも空々しい。「いや、なんでもない」

「本部長。そろそろ会議ですが」

「ああ、分かっておる」口をへの字にし、険しい顔へと引き締める。

 上妻本部長の後ろに続き、本間部長と黒田が会議室へと入っていく。

「全員、揃っているようだな」入るなり黒田が会議室の隅々まで見渡す。

 上妻本部長と本間部長に続き、黒田課長が会議室の上座に座る。

「起立! 礼!」柳井の声で全員が一礼をする。

「座ってくれ」黒田課長が目だけ動かし、指示する。

「着席」

 総勢六十名の担当刑事等が席に着く。

 上座には捜査本部責任者の上妻捜査本部長を筆頭に本部長補佐の本間部長。進行役兼捜査現場責任者の黒田課長三名が見下ろすように座る。県警捜査部一課、殺人犯捜査第一係から第五係までの刑事達が総動員して会議室に所狭しと着席している。

「では、早速『府内あかね公園幼児殺人事件』の初動会議を行う。先ずは上妻捜査本部長、お願いします」

 上妻は左右、辺りをゆっくりと見て一呼吸おく。すると席を立ち、たくし上がった背広の裾を引く。目を細め、いかにも遺憾な表情を作る。

「――ふぅ」溜息をつく。少し芝居かかったようにも見える。

「諸君、起きてはならぬ事件が起きた。この大分で安全を脅かす事件だ。いたいけな子供の殺人、それも絞殺だ」右手に拳を握る。「――いいかね、この犯人を決しては許してはならぬ。警察の名誉にかけて絶対に県警本部で完結するように。長引いても良いが、必ず警察の手で確保することだ。それもこの管内でだ。決して自首なんてざまはいかん、あくまでも逮捕だ。諸君、頼んだ。以上だ」

 とにかくこの男は手柄が欲しいのだ。自分の指揮するこの部署でホシを挙げる事が自分の地位と名声を確たるものに出来ると確信している。

 上妻が席に着くことを確認してから「本間部長、どうぞ」黒田が気を使う。

「いや、私はいいよ。本部長の言われるとおりで結構」

「分かりました。――それでは早速、現段階でわかっている状況の報告をしてもらう。それから各担当を班毎に決める。山崎警部補、まずは害者の情報を早速頼む」黒田は山崎警部補に目を遣る。指名された山崎は黒田のすぐ向かいの位置に座っていた。小さく頷くと席を立ち、その場で手帳を広げた。

 刑事達全員が一斉に山崎へ目を向ける。

「それでは早速、府内あかね公園幼児殺人及び、遺棄の現在までの報告をいたします。えー、マル害は米沢真治。よねは、米。さわは、さんずいへんで尺。しんは、真実のしん。じは、さんずいへんの台でおさめる。九月九日産まれで年齢は十歳。大分市立大洲小学校の五年生です。住所は大分市崎浜二丁目三十五番地××号。

父親は米沢隆志、四十二歳。大分市白埼六丁目三番地一号にある『大分なぎさ総合病院』に勤めています。事務部に所属で責任者、事務長職です。お分かりだと思いますが以前、診療報酬の過剰請求で新聞沙汰になり、問題になったことのある病院です。院長も勤める理事長、疋田恵三。その後も金の絡む噂話が耐えないですね。

母親は米沢貴子、三十四歳。大分駅向い、シロカワ百貨店の中にある婦人服、レオーヌの店長を任されています。母親は殺害された少年の実の母親ではなく後妻です。米沢隆志氏は三年前に離婚し、家庭裁判所での調停で養育権を得ており、息子を引き取ったようです。調停書によりますと、前妻の浪江婦人は借金を拵えてようで、サラ金、ヤミ金融からの借金が旦那にバレたのが引き金のようです。元々金遣いが荒かったようでそのことがきっかけとなり、夫婦の縁を切ることになったようです。前妻はお金にだらしなかったようです。現在、福岡市内の実家で家業の手伝いをしているようです。言い忘れましたが、マル害の少年は一人で、兄弟も居なかったようです。近所の話によりますといつも一人か、友達と遊んでいるのをよく見かけるようです。学校を終えて習い事はないようですが、学習塾には火、土曜日の週二回ほど通っておりその日は十九時に頃帰宅。それ以外近くの公園や友達と遊んでいるようです。親の帰りが遅くなるようでそれまで暇を持て余しているようです。以上がマル害の現在分かっている情報です」

 山崎は顔を上げると上座に向かって一礼して座る。

 黒田は資料の書類に目を落としたまま顎に手をやり、撫でながら「害者の発見当時の詳しい情報は? どうだ?」

「いえ、それは、そうですね……」と山崎が戸惑う。

 チラッと視線を山崎に向けた赤松が「はい」と手を挙げる。

 その声に黒田が顔を上げ、その声の主を探す。

 もう一度、赤松が「はい」と答える。

「赤松警部補、どうした」

 赤松は席に着いたまま「その内容に近い報告は私の方からで宜しいですか?」承諾を黒田から得ようとしている。全員のいる前で自分が誰よりも先に情報を掴んでおり、適任である、と周知させる魂胆なのであろう。やはり、犯行現場で誰よりも一等先に到着し、現場を仕切っていた。その目的は毎度のことだ。

「いいのですか? それで」柳井警部補が口を挟む。

 チラッと柳井警部補を見遣るがすぐに正面を見る赤松。

「では、頼む」こめかみを人差し指でグリグリする黒田。

 柳井はすでに手帳に目を落とし、やれやれといった顔をして何やら頁を捲っている。

 黒田も赤松には少し手を焼いている。他の職員と捜査に対して協調性を持って欲しいところがある。だが、大きな失態と言うほどの穴を開けない為、あまり無碍にできないところもある。まあ、いい、といったところだ。

 柳井をもう一度チラッと見る赤松。それも嗜めるように。

「はい、えー、では、私が調べた報告です。まず、第一発見者は老夫婦です。住まいは――」如何にも自分ですべてを調べたといった口調で赤松は声を上げて話し始めた。

「十月十四日、早朝六時十分。府内あかね公園内で公園へ散歩に来た老夫婦からの通報です。自宅から公園まで徒歩十分くらいで到着する大分市舞浜三丁目二十二番地一号に住む夫婦です。老夫婦はこの公園を散歩することが日課であり、いつもの散歩ルートでこの公園の正面入り口から駐車場の脇を抜け、公園内に聳え立つ楡の木の下を通過した時、設置してあるベンチに横たわる子供を発見、すぐさま交番へ通報。以上が発見での内容です」

 通報を受けた警官と県警本部で老夫婦の調書をもとに代弁しているだけだが、それも簡潔で要所を押さえた要領のよい行動をしている。

 もう一度、柳井を見ると席に着く。柳井は黙々と手帳に赤松の報告を書き込んでいるようだ。

 赤松の話が終わると黒田が会議室の後方窓際に座る田辺に目を遣る。

「では次、現場の状況を鑑識から、田辺係長頼む」

 首を伸ばし、黒田へ視線を向ける鑑識班で係長の田辺が「はい」と答え立ち上がる。

「はい、鑑識からの報告をいたします。まず、最初に死因は絞殺による窒息死ではないかと今のところ思われます。薄っすらですが索条痕が残っており、遺体の顔がうっ血もしていました。その痕は子供か女かで締め付けられたような感じですね。大人の男ですと、もう少し大きい痕になると思われます。それと後頭部に軽い打撲痕とズボンの尻の辺りに薄っすらと泥がこびり付いていました。他にこれらしい致命傷となる外傷や打撲は見当たりません。さて、おおよそですがマル害の死亡推定時刻は昨日の十六時から十九時の間ではないかと思われます。詳しくは明日午後に司法解剖を大学医科付属病院で法医学の真鍋医師で行う手筈の予定になっております。えー、ベンチに横たわるマル害の横にあった缶ジュースですが恐らく公園駐車場の自動販売機で購入されたものと思われます。缶ジュースには指紋が三つありました。一つはマル害の指紋、それと大人の男と思われる指紋、小さい指紋もありました。被疑者か、関与した人物か、販売機に詰めた業者か、現在、照合追跡中です。携帯電話も所持していました。発信、着信履歴やメール履歴等も拾い上げているところです。履歴の電話番号やメールアドレスも現在照合中です。それから付近一帯をくまなく調べておりますが、足痕跡も前夜の雨により、現認では物的証拠を得ることが難しく困窮しておりますが、引き続きくまなく調べていきます。マル害の現在状況報告は以上です」書類から目を上げ、上座にいる黒田へと目を向ける。

「そうすると、首の痕からして犯人は女か、子供という可能性が大きいのか。手の小さい小柄な男でも可能性があるな。――断定はできないが、わかった。携帯電話の履歴は漏らさず、販売メーカーとも協力要請し、記録の照合を纏めてくれ。――それから他に報告はあるか?」

 刑事達は一様に黙っている。

「当然だが今のところ何故、殺害されたかは判っていない。絞殺の可能性が強く、自殺ではない事は明白だと思うが、犯行が計画的なのか、偶然なのかだな。計画的であれば目的は何なのか? それに何も人目につきそうな公園の場所を態々選びはしないだろう。出来れば人目につかない場所で少年に手をかけるだろう。殺害に及ぶ動機も今ひとつだな」

 黒田は会議室にいる刑事に問いかけるように見遣る。

「マル害の少年は公園に遊びに来たと考えるのが普通ではないでしょうか。そこで通り魔などによる衝動的殺人が大きいのでは」赤松の横にいる陣屋が手を揚げながら発言する。

「何故だ?」

「いえ、サッカーボールが犯行現場のベンチ下に転がっていた事を結びつけても妥当な線ではないでしょうか。それは誰かと遊びに来たのか、遊んで帰る時なのかは、わかりませんが」

「それは害者の所有物と何故、言い切れる?」

「いいですか?」田辺が手を揚げ、発言の許可を貰おうとした。

「なんだ?」黒田が視線を走らせる。「田辺主任、何か」

「は、その遺留品サッカーボールの指紋照合を行いました。結果は少年の指紋が沢山ありまして、他に指紋はありませんでした。よって本人の所有の可能性大です。但し、犯人が手袋などして犯行現場に置いたとしたら、本人の者とは断言は出来ません」

「確かにそうだな」黒田は陣屋を一瞥する。

 眉を顰める陣屋は目を背け、左手の小指で額を掻く。

 横にいる腕を組んだ赤松が目を細め、陣屋を見遣る。何墓穴掘るような発言をしているのだ、と言いたげな目をしている。

「いい気味だ」赤松の視線と陣屋の背中を見て、小声で菊池が呟く。

「今のところ定かではないが、その辺りの前後の状況で目撃者の聞き込みも違ってくるとも思われる。それにもし公園に遊びに来たのなら誰かに呼ばれたのか、若しくは呼んだかだが。何れにせよ、公園に来る目的があったことには間違いなさそうだな。陣屋巡査長の言うのも一理あるが」黒田は田辺の発言を補足するが、陣屋のフォローもした。

 その場で参加している刑事たち全員からの発言も報告もない様である。ひたすら、報告を手帳に書き込んでいるようで、これからといった感じである。

「他に意見はないか?」

 黒田は刑事達を一様に見遣ってから一拍間をおく。

「それでは引き続き、今後の捜査方針と役割担当を発表する。まず、害者のより細かい正確な情報を掴んでくれ。両親、祖父母、親戚を含む情報、当然前妻もだ。怨恨などないか、徹底的に洗ってくれ。

 目撃者についてもより精査に洗いなおしてくれ。死亡推定時刻の前後半日くらい、不振な人物、車両、バイク、自転車、ありとあらゆる者を拾い出してくれ。犬、猫、鳥、動物に至るまで拾い出すんだ。それら諸々の捜査に徹してくれ。

 では班組だが、三班に分ける。

 第一班、両親から身の回りの人物を洗う班長の赤松警部補班以下四名。それから、第二班、マル害の犯行現場を中心に行う地どりとして班長の後藤警部補班以下六名。第三班、子供という観点から怨恨と言うより、虐めの線で学校、塾関連などを洗う班長とする柳井警部補班以下五名。それと、山崎警部補も害者の身辺を洗ってくれ。その他、鑑識班と割り振りで捜査を進めてくれ。まだ不明な点が多いのでしっかりウラをとってくれよ、その為、無闇に軽はずみな行動しないことと、憶測や推測で判断をしないように注意してくれ。私情や感情は排除して的確な裏が取れる物的証拠や証言は漏れがないように。いいか! 勝手な真似をしないようにすべてこの会議で報告するようにしてくれ」しつこく念を押すように話す黒田。各班にはだいたい六名くらいが班に分けられている。後藤の班は後藤を係長とする以下六名。山下巡査長と郷地巡査、倉田巡査長と吉川、それに菊池。後藤は菊池巡査と組んでだいたいは行動している。その他、赤松も柳井もだいたい四から五名くらいで構成されている。柳井班のメンバーの機動力は定評があり、いつもチームワークが群を抜いている。その点、赤松率いるメンバーだが、赤松は陣屋とわりと行動している。それでも同班のメンバーとも連携上手くしている。

 黒田がチラッと赤松を見た。

 やはり、赤マムシは一番うまい担当を得たようだ。

「これで捜査会議を終了する。次回の会議は明日正午に行う。少し早いが、一旦戻って状況報告をしてくれ。明日朝一番から各自担当の持ち場で任務遂行のこと。当然、夜二十時にも現状報告してくれ。では、散会」

「起立、礼、解散」

 参加した刑事たちは会議終了すると一息ついたのか、その場で雑談をする刑事、会議室の出口に設置してあるコーヒーメーカに向かう者、別室の喫煙室へと足を向ける者、鑑識班のメンバーはそそくさと会議室を退室していった。

 朝一番で現場入りを終えている刑事等にとって連日の公務に続く事件だが、ドタバタしないようだ。捜査初日から疲労を抱えている者も少なくはないからだ。


「黒田課長、お話があります」席を立ち、上妻と一緒に出て行こうとする黒田へと近寄る柳井が険しい顔をして訴える。

「なんだ、柳井警部補」柳井へと振り返る黒田。

その黒田を気にも留めず「後で私の部屋に来てくれ」上妻はそう言い残し、二人を一瞥して黙って会議室を出て行った。本間もいそいそと出て行った。黒田は上妻と本間へ向き直り、二人の背中を見送り一礼する。

「あんな真似、野放ししても良いのですか? あれでは示しがつかないと思われますが」

 黒田は肩で小さく溜息を落とすと振り返る。

「何のことだ?」

「赤松警部補のことです」視線を逸らさず柳井は云いつける。

「それがどうした?」

「いえ、それは……」柳井が言葉に詰まる。

「ああ、そうだな、わかってる。――だがな、命令は命令だ」鼻で短く溜息を着き、言葉を返す黒田。

「係長、あれじゃ柳井さん、引き下がれないんじゃないですか」

 出口付近でコーヒーメーカの側で紙コップに注いだコーヒーへミルクを傾ける後藤へ菊池が訴える。

「まあな」スプーンでカップを混ぜると、ずずっとコーヒーを啜る後藤。

「だいたい、赤マムシは虫が良すぎるんじゃないですか。だってそうでしょ、あの時だって柳井さんの追っていたホシを勝手に確保したのも――」

「菊池!」

 小声で一喝し、菊池を睨む後藤の細い目。

「おまえ、カッカするの、何とかならんのか」

「へぇ」

「いつもいつもすぐに頭に血を上らせて――。本当にまったくそんなんじゃ、冷静な捜査できんぞ。刑事失格だぞ」

「はぁ、すみません」

 菊池が言う赤松警部補を良く思っていない刑事たちは少なくはない。柳井警部補が黒田へ食って掛かるのも致し方ない。それに他の刑事とは違い柳井警部補と現場責任者の黒田警部は警察学校の同期だからか一言を申し立てることは多いのも言えることだ。それより何より柳井は赤松を敵対意識して犬猿の関係は誰もが知っていることだ。

 二年前のある事件でのこと。

 赤松は地元の中古車センターを張っていた。当然、捜査本部も設けられ、大掛かりな自動車窃盗団を追っていた。

 主に外車と高級車の夜間盗難が多発。窃盗犯の一味と思われる中古車センター。その工場の一角で盗難車両の塗装処理を行い、ナンバープレートを偽造。その作業は一夜にして国外へ送り出すほど犯行の手際よさで警察は手を焼いていた。不用意にガサ入れすると現場を抑えきれず取り逃がしてしまう。

 今夜こそは、と赤松と相方刑事二人で行確の為、中古車センターの通りに面した雑居ビルで張っていた。毎夜毎夜の行確で疲労も重なっていた。疲れが増す中、事件に終止符を打ちたい。その役目は自分であると、気が急いていた。

 相方の刑事がしょんべんに行っている間、赤松もついうとうと、しかかった。その時、柳井から携帯電話へ連絡が入る。

 柳井からのクレーム。その言い方についカッとなり赤松はその場で口論となったらしい。一瞬目を離した隙に中古車センターの職員が居なくなっていた。その犯行現場を押さえることが出来なかったが、幸いにも他の刑事たちに確保された。欲しかった手柄を別の班に持っていかれた。

 手柄をとり損ねた赤松は、署に戻るなり、電話をしてきた柳井を見つけると一発殴りをいれた。

後になって訊いた話だが、その電話の内容は、手柄を奪われ、先を越されまいとがせネタを掴ませられた柳井が抗議の電話をしたらしい。

 本当は赤松のほうが悪いのだが、二人は三ヵ月間の停職処分となる。

それ以来、事あるごとに二人は牽制し対立している。元々、二人の刑事としての捜査の考えや仕方違っていることもある。当然、黒田課長も二人の事が悩みの種だ。柳井警部補が突っかかることや同期であることはさほど影響はないが、赤松警部補は県公安委員会の委員長の従兄弟に当るのもやり難いことの一因である。

 遠目に柳井が一礼して会議室を出て行く黒田を見送り、踵を返し自分の居た席に戻る。

 首を傾げる柳井の背中を見て菊池が言う。

「あの話、どうみても赤マムシが悪いに決まっているのに。だいたい、大人気ない」コーヒーカップを手に取りながら菊池がぶつぶつと言い放つ。

「でもな、がせネタかどうかを判別できなかった柳井警部補も落ち度はあるんだ。お前も気をつけろよ。情報には裏づけがあって本当の情報となる。証拠にも必ず裏付けを必要とする。それを怠ってはいるようじゃ駄目だ」菊池の態度を指摘する倉田。年嵩でデカ年期のいっている分、動じない口ぶりで言う。

「倉さん」

「でも、仲間じゃないですか。それに同じ刑事じゃないですか。警察には目に見えない身内意識があると思います。それに絶対的な信頼が自分たちの根底にあるのでは。そんな人を蹴落としてまで出世したいなんて思いませんよ」

「菊池、なに甘っちょろい事いってんじゃねーよ」山下が突っ込む。

 こいつにはこれだけは言っておきたい。後藤が横で菊池と山下のやり取りを聞いていた。自分の目で確認したことが真実だ。分別を弁え、翻弄せず真実のみを追うのが刑事だ。

 後藤は温くなったコーヒーを飲み干し、カップをゴミ箱に放ると「いいか、自分の目を信じて、人の意見に惑わされるな。どうもまだお前は流される帰来がある。まだまだだ」後藤は首を横に振る。それから菊池の額に人差し指を突き当て念を押す。

「じゃあ、もうひと回りするか」

「ええ、これから、ですか?」

 昨晩からの公務が続いている。

「人より少しでも先に行きたかったら、自分の足で稼げよ。頼るな、自分で情報を獲ってこい」菊池の後ろ頭を小突く山下。

「あちちっ、山下さん」啜るコーヒーを溢しそうになる。菊池は舌を火傷したようだ。

「先に行ってるぞ。PCを回しておいてくれ」後藤が菊池に言う。

「あ、は、はい」

 慌てて啜るコーヒー、飲みかけのまま一瞬悩んだが、そのままゴミ箱の蓋を開け、そっと中へ置いた。手に付いたコーヒー、そのまま擦って乾かし後藤を追いかける。

「係長、待ってください」

 会議室を飛び出てエレベータのボタンを押したが、待ちきれず廊下を走り階段へと向かった。

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